第43話 夏の夜の夢⑩


その時は確実に迫っている。


人はいつか終わる。


人類だって地球だって宇宙だっていつかは終わる。


そんな事はしっているし、人間の一生なんて夏の夜の夢と同じくらい一瞬で過ぎ去るものだって事くらい知っている。


知っているけれど…受け入れがたいだけだ。


自分の命ならば今終わったってかまわない。


変わりにこの命を差し出せば彼女の死を猶予してくれるというのならば、こんな命は喜んで差し出す。


でも残念ながら、この世界にはそんな御伽噺おとぎばなしは存在しないという事もしっている。


もう苦しむ事なんてないと思っていたのに。


痛みも苦しみも絶望も感じない程に、この世界も自分すらもどうでもいいはずだったのに。


どうして君は現れた?


どうして俺の心は動かされた?


人間の世界にも宇宙の法則にも意味なんて無いのなら、何の為にこんな苦しみを受け入れなければならないんだ?


地獄ってやつは現世ここよりも酷い場所なのか?


現世ここより酷い苦しみなんてどうやったら作り出せるんだ?


最初から死をプログラムされて生まれてくる事からして残酷なのは当たり前だよな?


今日までこの世界を平然と生きてきて今更残酷だなんてほざくなよって話だよな?


わかってるさ。


そんな事は言われなくたってわかってる。


残酷な世界、残酷な人生、最期は何も残らない、全ては虚無の中に溶けていく。


わかっているよ、そんな事は。


でも知っている事と受け入れられるかどうかという事は全く別の話だろう?


現世ここが地獄じゃないのなら、現世ここはなんだ?


犯した罪もないのに罰だけ与えられているのか?


そもそも罪とは何だ?


ホモサピエンスが作り出した刑事訴訟法とは違うだろう?


六道輪廻に採用されている罪の基準はなんなんだ?


そもそも誰が作った?


誰が従うと合意した?


ルールも伝えずに罰だけ与えるなんてフェアじゃないだろう?


今からでもルールを教えろよ。


守ってやるから、彼女の命を助けてくれよ。


俺の命が必要だっていうならくれてやるから。


苦しみが必要だというのなら、命を奪った後で地獄に落としてもかまわないから。


だから、彼女を助けてくれよ。


運命だろうが、奇跡だろうが、神様だろうが、なんでもいいから。


彼女の命を助けてくれよ。


俺は初めて世界を憎いと思った。


何も出来ない自分の無力さを憎いと思った。


この怒りは何にぶつけたらいい?


これもカルマの結果なのか?


ならば俺はまたしてもこの猿に生まれ変わって、このふざけた世界を生きなけりゃならないのか。


勘弁してくれ。


もう、十分だ。


無に帰したい。


涅槃した。


でも、無限地獄のその先で、また彼女にあえるのなら…。


まったく、俺はどうしてこんなヘンテコな生き物に生まれてきちまったんだろう。


彼女と残された日々があとどれ程のものかわからない。


俺が絶望してる暇なんかない。


だから切り替えろ。


今を生きろ。


今のこの瞬間に命の炎を燃やし尽くすんだ‼︎

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