第42話 夏の夜の夢⑨
どうしたんだ?
美雪のやつ、明らかに体調悪そうなのに、笑顔で美味しいと言いながらクレープを頬張っている。
時折吐きそうにしながらも、美味しい美味しいとクレープを頬張る。
どうした?
何をしているんだ君は?
何かと戦っているのか?
自分の中の何かと。
死を目前にした者にしか理解出来ない何かと戦っているのか?
軽い気持ちでそんな事やめろよとは言えない。
でも、出来る限り苦しんで欲しくないし、痛いなら痛いと、苦しいなら苦しいと、辛いなら辛いと言って欲しい。
だってさぁ、その為に俺は君の隣にいるんだぜ?
「なぁ美雪」
「ばび《なに》?」
「あぁゴメン、クレープを口いっぱいに頬張ってるのに話しかけちゃって」
「っん。ぷはぁ~大丈夫、もう全部飲み込んだから。でっ何?」
美雪が明らかに苦しそうな顔で無理矢理に作った笑顔を向けてくる。
「なぁ、さっきハンバーガー食べたばっかだし、やっぱりクレープはやめておいた方が良いんじゃないか?残りは俺が食べるよ」
「はぁ?何言ってんのぉ?聞いてなかったの?甘い物は別腹。このクレープは私の物。全部私が食べるのよ。欲しいんなら自分で注文しなさいよね」
突然ヒステリーを起こした様に叫び出した美雪は手に持っていた残りのクレープを口に詰め込む。
「うめぇ~。あぁ~生き返るぅ~。うめぇ~よぉ~。まったくさぁ、女の子からクレープを取り上げ様なんて、君は本当にうっ………、うっぷ…、ゔっぶぼっ………」
びちゃびちゃびちゃ~。
美雪の口から黄色やピンク色のドロドロとした物が溢れ出し、テーブルがゲロで塗れる。
「………食えよ。」
うつむいたままの美雪がつぶやく様に言う。
「えっ?」
「食えよ食えよ食えよ食えよ食えよ食えよ食えよ喰えよぉ~残りはテメェ~が喰ってくれるんだろぉ~?なぁ~、さっきそうほざいたよなぁ?」
美雪は自分が吐き出した嘔吐物を掴むとそれを俺の口へ押し込む。
「うめぇだろ?私のお汁のついたクレープうめぇだろ?注文しても出てこない世界にひとつだけのクレープ、うめぇだろ?なぁ?なぁなぁなぁなぁなぁなぁ?」
「………。」
「ねぇ………私の事、嫌いになった?」
「いや、好きだよ。」
俺はテーブルにこびりついた残りの嘔吐物も全てたいらげる。
「じゃあ、いこっか?」
そういいながら、美雪は俺の顔を覗き込む。
「あぁ。あのさ」
「なぁに?」
「もう無理すんなよ」
「わかった」
俺たちは手を繋いで仲良くクレープ屋を後にした。
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