第41話 夏の夜の夢⑧


何これ?


本当に私の体?


ちょっと歩いただけなのに、マラソンしたみたいに疲れる。


呼吸も苦しいし、気持ち悪いのと吐き気が治まらない。


食べるの大好きなはずなのに、食欲が湧かない、そもそも何をみてもおいしそうと思わない、興味が湧かない。


どんどんどんどん痛みと無関心の中に沈んでいって、心がなくなって、私じゃなくなるのかな?


もしかしたら、人は肉体が死ぬ前に心が死ぬのかな。


嫌だな。


絶対に嫌だな。


最期の最期まで、絶対に生きていたいな。


笑っていたいな。


楽しいと思いたいな。


世界は素敵だって、嘘じゃなくて、心の底からそう叫びたいなぁ。


余命を宣告されて、初めて気づいた。


今しかないんだって事に。


ここには今しかないんだ。


過去もなければ未来もない。


今しかないのに。


命のカウントダウンが始まって、ようやくそれに気が付くなんて。


私は本当に、今まで何を見て生きてきたんだろう?


今も見ないで、自分も見ないで、自分の事も何も知らないままで死んでいく。


いつか終わると知ってから、人は死ぬのだと理解したはずなのに、まるで命は永遠に続いていくとでもいう様にのんべんだらりと生きてきた。


自業自得って言うんだよね?


ことわざって良く出来ているんだね?


でもさぁ…、偉人の伝記を読んだって、悲劇のヒロインの物語を見たって、自分で経験しないと気付けなくない?


私がおバカさんだからなのかなぁ?


それとも、それがカルマってやつなのかなぁ?


私のこの思いも、きっと言葉にした所で他人には伝わらないんだろうな。


こんなに若くて可愛い女の子が死んでいくなんて可哀そうだなぁ、ぴえん。って感じなんだろうなぁ。


神様は意地悪だよね。


どうしたって人間は無い物ねだりをしてしまう様に世界を設計してさぁ。


人間も動物も虫も植物も微生物もウイルスも何もかもが満たされていてハッピーなパーフェクトな世界を設計してくれればよかったのに。


もしかして神様って全然全知全能じゃなかったりします?


私の疑問届いてますか?


届いてるんなら本気出して今すぐにこの世界をパーフェクトにしてくれませんか?


…………。


ハイやっぱ出来ないのね。


神様ってクソモタなのねん?


まぁ神様がクソモタだって事はなんとなく分かっていたけども。


それじゃあ、この不完全でバグりちらかした世界で、私は私なりの方法でこの命を燃やし尽く所存で御座候ござそうろう


「ねぇねぇ~、今度はあそこのお店のクレープ食べに行こうよぉ~、めっちゃ美味しいんだよぉ‼」


「まったく、さっきハンバーガー食べたばっかなのに、お前の食欲はどうなってるんだよ?」

私がこの世界で愛する人ランキングの圧倒的No.1が私の後ろ姿に呆れた様に問いかける。


「甘い物は別腹って聞いた事ないの?」


「聞いた事はあるけど、実感した事はない」

文句を垂れながらも私の気持ちを尊重してくれるNo,1。君は本当に尊いなぁ。死ぬ前にちゃんと出会えてよかったよ。


大丈夫。


私はまだ大丈夫。


私に限っては、肉体が死ぬ前に心が死んだりなんかしない。


命を燃やせ。命の炎を燃やし尽くせ。


いざ、クレープ屋へ出陣でござる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る