第40話 夏の夜の夢 ⑦

「はっ?何言ってんの?」


「だからぁ~食べて欲しいのぉ~」

美雪が上目遣いをしながら甘えた声で懇願してくる。


「そんなの無理に決まってるだろ」


「なんでよぉ~、食べてよぉ~、きっと美味しいよ。生じゃなくてもいいから、塩コショウで美味しく味付けしてもいいからさぁ~」


「そんなの出来る訳ないだろう、人間を食べるなんて」


「なんでよぉ~、死んだ私を君が食べたら、私は君の血肉となって一緒に生きていけるじゃない?君が死ぬまで一緒にいられるんだよ、素敵じゃない?」

相変わらずの上目遣いで美雪が俺の表情を伺ってくる。


それは突然の事だった。


「人間のお肉って食べたらどんな味がするんだろうねぇ?」

全国チェーンのハンバーガーショップで食事をしている時になんて事のない様に美雪が質問をしてきた。


「食事中にする内容の話じゃないだろ」


「じゃあ何中にする話なの?お散歩中?」


「そもそも、人間の肉がどんな味がするのかなんて話あってどうするんだよ?」


「いやっ、もうすぐ食べてもらうからさ」


「えっ?」


「だから、私が死んだら、私のお肉を君に食べてもらうからさ、どんな味がするのか気になるかなぁと思ってさ」

バニラシェイクに刺さったストローを弄りながらとんでもない言葉を吐いた女の子がテヘッと舌を出して笑いながら俺の表情をうかがう。


コイツのヤバさは毎回俺の想像の遥か上をいくな。


「いやっ、食べないよ。食べる訳ないだろ?」


「食えよ‼食えよ‼食えっ、食えっ、喰えぇ~‼…アレッ?なんかチョコボールのCMソングみたいになっちゃったね」

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたかと思ったら、次の瞬間にはカラッと笑う。


彼女の情緒が不安定なのは余命がいくばくもないせいか、それとも本来の性格によるところか。


「とにかく、人間の肉を食べるなんて出来る訳ないから、無理だよ」


「お願い、マジだよ、私、冗談じゃなくて超本気だから、だからさぁ…まぁ私が死ぬまでに考えておいてよ、死ぬ直前までは性的な意味で私を食べて、死んだあとは物理的な意味で私を喰べて。それが私のお願い」

いつになく真剣な表情でそう言うと、≪ハイッこの話はおしまい。≫と話題は先程観た映画の内容へと移った。


人間の肉の味なんて想像した事はない。


まして自分が人間の肉を食べるなんて、考えられない。


でも、それが本当に彼女の望みだというのなら。


俺は…。


その日、家に帰ってからというもの、俺は人間の肉の事ばかり考えて眠れぬ夜を過ごし、気が付けば新しい朝がやってきていた。


よしっ、行くか。


あと何日彼女といられるのだろうか。


彼女といられるこの日々を全力で生きようと改めて俺は決意した。

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