第33話 牢の中の夏

 「あぁ、暑い。暑い、暑すぎるぅ」

 

 「おい裕二。暑い暑い言うのやめろよ。ただでさえクソ暑いってのに、余計に暑く感じるだろうが」


 うだる様な暑さにノックアウト気味の部屋の4番手、石田裕二いしだゆうじに、部屋の2番手である坂田さんが詰め寄る。


 「だってぇ、暑過ぎますよ、この部屋。御老人ならお亡くなりになってるレベルですって、マジで」


 「裕二、お前は若者なんだから耐え忍べ。そして立派な大人に成長して、胸張って娑婆で社会復帰しろよ、それが更生だ」


 暑さに耐えかねた裕二が、水道でタオルを濡らし、首に巻き付ける。


 「しかも、暑さ対策が濡れタオルって、どうなってるんですか?娑婆じゃあデジタルトランスフォーメーションとかやってるんでしょう?」


 「娑婆じゃあ、SDGsってのもやってるから、濡れタオルはSDGsなんだろ?CO2も排出しないし、ゼロエミッションだろ」


 あちぃ。と言いながら団扇をあおぐ坂田さんは、どうやら最近SDGsというワードにハマっているらしい。


 ここ、K少年刑務所は夏は暑く、冬は寒い。


 刑務所にも、処遇棟(受刑者が矯正プログラムを受けたり、懲罰を受けたり、資格試験を受けたり等する建物)等の限られた建物には空調設備が完備されているが、普段私達が生活する雑居房には、もちろんエアコン等は備わっている筈もない。


 「SDGsの為に、こんな辛い思いしたくないですよ、俺は」


 団扇で濡れタオルを扇ぐ裕二は、もうノックアウト寸前だ。


 「うるさいなぁ。ちょっと静かにしてろよ。ほらっ、ツッキーを見習えよ。濡れタオルも団扇も使わずに静かに読書してるだろ?これこそ本物のSDGsだ」


 団扇で暑さをしのぐ坂田さんが、私を指差す。


 「いやっ、SDGsしてるつもりは……。ただ、自分は娑婆にいた頃から痛みとか苦しみとかどうでもよくて、気にならないだけですから」


 暑さも寒さも空腹も怪我も体に異常をきたして機能が停止するレベルのダメージを伴わなければ耐える事が出来る。


 いや、耐えると言うと、我慢する様なニュアンスになってしまうので、やはり、私の痛みや苦しみに対する感覚を適切に表現する言葉は、やはり【どうでもいい】なのである。


 「ハハッ。やっぱりツッキーは面白ぇな」


 「天月さんって、なんか、所々イッちゃってますよね」


 楽しそうに笑う坂田さんと暑さに苦しむ裕二、無心に本を読む私と瞑想しているのか目を一点に集中して頑なに会話に参加してこない部屋の3番手である関根さん。


 クラブ活動で部屋を空けている部屋長の浅野さんを除いた4人は、灼熱の部屋で思い思いの余暇時間を過ごしている。


 燃え滾る様な刑務所の夏は、まだ始まったばかりだ。

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