第16話 第一工場一班班長中村昴

 中村なかむらすばるは、K少年刑務所第一工場一斑の班長、生産作業の立役たちやくである。


 比較的、人付き合いの得意な人間の多い立役の中で、しかし、中村 昴は、どこか昭和を感じさせる様な寡黙かもくな男だ。


 Z世代とは思えぬ程の貫禄かんろくを備え、何事も言葉でなく背中で語る。


 曲がった事が大嫌い。


 不言実行ふげんじっこう


 男の中の男。


 そんな彼は、このK少年刑務所第一工場の受刑者からはもちろんの事、工場のおやじ(工場担当の刑務官の事)を始め、金線きんせん(幹部クラスの刑務官の事)から助勤の刑務官まで、広く信頼を集めている。


 彼は誰よりも、自分の事を追い込む。


 まるで、国から与えられた懲役刑という罰では、自らの犯した罪は消し去る事は出来ないとでも言う様に。


 彼はただひたすらに、自分自身に罰を科し続けている。


 彼がどの様な犯罪を犯して、どの様な十字架を背負っているのか、私は知らない。


 彼が見た地獄を、私は知らない。


 ただ、私が知っている中村 昴という男は、心の底から自分の犯した罪を悔い、決して自らを許す事のない、胸の奥に深海の様に暗い悲しみをたたえた、一人の青年なのである。


 仲根さんからバトンを受け取った中村さんは、まるで競争相手の事など頭の中に無いとでもいう様に、ただ真っ直ぐ前だけを見据えて、快速を飛ばす。


 仲根さんが作り出した4工場との差を更に広げ、あっという間に100mを走り抜けた中村さんは、息も荒げず、相変わらずの無表情で、4工場との差を更に広げていく。


 殉教者じゅんきょうしゃの様に、日々淡々と受刑者としての生活をこなしていく中村さん。


 今、彼の目には何が映っているのであろう?


 彼の見据える未来には、何が待ち受けているのであろう?


 彼を見ていると、私は苦しくなる。


 自分自身を許せない。


 自分自身を愛せない。


 そんな気持ちが、痛い程分かるから。


 でも、それではダメなのだと、本当は分かっているのだ。


 彼も、私も。


 だから中村さんは、今、ただ真っ直ぐ前だけを見据えて、対戦相手には目もくれずに、トラックを全速力で駆けているのだ。


 いつかは、自分を許さなければいけない。


 いつの日か、自分を愛さなければならない。


 自分を愛して、この世界を愛する。


 そして、その愛を他者へと広げて、一人でも多くの人を笑顔にする。


 それが、本当の意味での更生という事だから。


 全速力でトラックを駆ける中村さんの姿が、急にぼやけて歪んだかと思ったら、次の瞬間、零れ落ちた涙が私の頬を濡らした。


 あぁ、そうか……。


 みんな、未来を見据えているのだ。


 心の痛みに耐えながら、地獄の底を這いずり回りながら。


 それでも、愛で溢れた世界を信じて、未来へ手を伸ばしているのだ。


 犯した罪に背を向けず、背負った十字架の重さをひしひしと感じながら、みんな未来を見据えているのだ。


 だからこんなにも……。


 歯を食いしばって見開いた私の目は、自然と中村さんの姿に引き寄せられる。


 私はもう、トラックを駆ける中村さんの姿から目を離す事が出来なかった。


 

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