第15話 200mリレー対決②

  我等が1工場と4工場の200m×5リレー。


 1工場の第一走者、仲根さんは、4工場の第一走者をみるみるうちに置き去りにする。


 4工場の第一走者も、特別足が遅いという訳ではない、むしろ標準よりも少し速いというくらいなのであるが、それに対する仲根さんの速力が、圧倒的に高過ぎるのである。


 相手の4工場の第一走者は、おそらく立役であろう。


 刑務所には、炊場すいじょう工場や洗濯工場、図書工場等の受刑者の為の仕事を行う経理けいり工場と、ひたすらに単純作業に従事するのみの一般(生産)工場がある。


 経理工場では、比較的自由に行動する事が出来るが、一般工場で立ち作業や業務に関する会話をおやじ(刑務官の事)の許可なく行う事が出来るのは、立役たちやくと呼ばれる、ごく少数の限られた受刑者達だけなのである。


 一般工場の立役は、座作業者に比べて報奨金ほうしょうきん(給料の事)が高かったり、食事の量が多くなったり(主食の麦シャリ及びパンのサイズが、B食【普通のサイズ】からA食【大サイズ】に変わる)と、様々な恩恵を受ける事が出来、その他大勢の座作業者からは、尊敬の眼差しを向けられる存在なのである。


 そして、このK少年刑務所では、比較的運動の出来る人間が立役に抜擢ばってきされる傾向にあり、それに加えて立役は普段、立作業に従事しているので、必然、立役は運動能力にいて、座作業者を圧倒するのが常なのである。


 しかし、今、私の目の前では、座作業者の仲根さんが、相手工場の立役を運動能力に於いて圧倒している。


 この後には、生産作業の立役や、衛生係(工場に関する仕事に従事する立役)、そして、K少年刑務所の生ける伝説、立花さんが控えているのだ。


 私の目から見たら、1工場のリレーメンバーに死角等まったくもって見当たらない様に思われるのであるが、立花さんが語る様に、訓練工場には我が1工場をおびやかす程に運動能力の高い受刑者が存在するというのであろうか。


 私は、自分の所属する1工場の事しか分からず、色々な工場をその目で見て来た立花さんが言うからには、間違いない事なのであろうけれども、それでもやはり、この1工場を脅かす程の運動能力を有する工場が存在する等とは、私は、にわかには信ずる事が出来ないのである。


 それ程までに、仲根さんの走りは圧倒的なのである。


 そして、その後に控える立役は、その仲根さんをも更に凌駕りょうがする。


 200mリレーの第一走者が、これ程までに圧倒的な差をつけられるものなのか?


 アンカーの立花さんにバトンが繋がる頃には、4工場を周回遅れにさせてしまっているかもしれない。


 4工場のオーディエンスは、早くも敗戦ムードを漂わせているが、そんな事は関係ない。


 我等が1工場が見据みすえているのは、あくまで体育祭優勝。


 そして、その前に立ちはだかる圧倒的エリート集団、訓練工場こと6工場なのである。


 仲根さんが、1工場の第二走者、生産作業の立役の中村さんへのバトンパスを完璧に決めて、4工場との差は更に広がる。


 盛り上がる1工場のオーディエンスとは裏腹うらはらに、遥かなる高みを目指す1工場のリレーメンバー達は、真っ直ぐ前だけを見つめているのであった。

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