第14話 200mリレー対決①

 1工場の第1走者は仲根なかねさん。


 立役たちやくの座を虎視眈々こしたんたんと狙う仲根さんは、国立大学出身で、元官僚という経歴の20代半ばの青年である。


 彼は頭脳明晰ずのうめいせきなだけではなく、運動も出来る超スーパーエリートだ。


 仲根さんは、対戦相手の事等まるで意に介していないとでもいう様に、ただ真っ直ぐ前だけを見据えている。


 彼の燃えたぎる眼差しには、一体何が見えているのであろうか?


 官僚という地位に就き、将来安泰、順風満帆の人生から、刑務所という人間社会のどん底へと落ちて来たのに、なぜ彼の心はまだ折れていないのであろうか?


 むしろ仲根さんの心は折れるどころか、マグマの様に燃え滾っている様に見える。


 その理由は何だ?


 彼を突き動かす原動力は何なのだ?


 自分の事を棚上げして言わせて貰うのであれば、刑務所という場所には、比較的人生が上手くいっていない人間が集まるものである。


 生活に困窮こんきゅうしている者や、人間関係が上手く出来ない者、楽して金を稼ごうと、リスクの高い犯罪に手を染める者や、家庭環境に問題を抱える者。


 もともと高い場所にいた者は、刑務所という世界に於いてはマイノリティであって、大多数の受刑者は、もともと低い場所にいた者ばかりなのである。


 なのに彼らの心は、犯罪者の烙印らくいんを押された事で、簡単に折れてしまうのだ。


 マグマの様に、熱く燃え滾る心を有する者は、この刑務所、いや、娑婆しゃばでもマイノリティで、マジョリティは社会に飼いならされ、ルールにひれ伏し、飼い犬の様な面白味の無い人生を送って一生を無駄にするのである。


 私も、間違いなく【飼い犬】の一匹に違いない。


 悲しいけれど、私の首には、頑強な首輪がはめられている。


 だが、仲根さんは違う。


 彼の目は、この刑務所という荒んだ世界の中に於いても、死んでいない。


 彼は、何も諦めていないのだ。


 仲根さんはどの様な理想を持っているのであろうか?


 どんな未来をつかもうとしているのだろう?


 どうして、あんなにも命の炎を全力で燃やし続けられるのだろうか?


 わからない。


 わからないけれど、彼の生き様を見ていたら、一つだけわかる事がある。


 それは、彼はいつの日かきっと理想の未来を手に入れるという事だ。


 それが、5年後なのか10年後なのか、はたまた彼の死の間際なのかはわからないけれども、それでも彼は、きっと夢を掴み取る。


 仮にその道の途中で息絶えたとしても、彼は、彼の人生に一片の悔いも残さずに死んでいく事であろう。


 だから、期待せずにはいられない。


 彼の生き様に。


 彼の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに。


 私の目は奪われてしまう。


 美しく燃え滾る青い炎は、くじけそうになった私の弱く醜い心を、何度でも立ち上がらせてくれる。


 『いけっ、仲根さん!!』


 スタートの合図と共に、仲根さんが飛び切りのスタートを切った。

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