第13話 四工場とのリレー対決

 今日の運動は4工場とのリレー対決。


 K少年刑務所では、一つのグラウンドを半分に分けて、2つの工場毎に運動を行うシステムになっている。


 私の所属する1工場が運動している時に、グラウンドのもう半分で運動をしているのが4工場なのであるが、ごく稀に合同で運動を行う事があるのだ。


 今日は、体育祭に向けて、1工場と4工場で200m×5リレーと400m×5リレーをする事になっている。


 ちなみに私は、400m×5のリレーに参加する。


 クラブ活動や舎房配食しゃぼうはいしょく等をしていなければ、他の工場の受刑者と接する機会などほとんどない。


 リレーに参加する者はもちろんであるが、それ以外の受刑者達も、刑務所ではめったに感じる事の無い非日常に、胸を高鳴らせている。


 いつも半分しか使えないグラウンドを全部使えるというのも、また、受刑者達の胸を高鳴らせる要因の一つであった。


 やはり、いつもの倍の大きさのグラウンドは解放感が段違いである。


 リレーを始める前のウォーミングアップでグラウンドを1周してみたが、いつもよりも直線が多いので、普段の様に減速する事なく、軽快な走りが出来る。


 もうすぐ始まる4工場とのリレー対決に胸を躍らせている私の横を、いつもと変わらぬ涼しい顔の立花たちばなさんが通り過ぎた。


 K少年刑務所の英雄、立花さん。


 400mを46秒で駆け抜ける彼は、K少年刑務所中にその名をとどろかせるスーパースターなのである。


 立花さんが職業訓練から1工場に戻ってきて2週間程経つが、未だに彼の走りには圧倒される。


 同じ工場の私がそうなのであるから、4工場の者達が立花さんに熱い視線を送るのも無理はない。


 いつも、半分に区切られたグラウンドの向こう側から、4工場の受刑者達が立花さんの走りを眺めているのは知っているが、遠くで眺めるのと、一緒に運動に参加して、間近でその走りを見るのとではまるで違う。


 立花さんの走りには、見る者の心を魅了する力がある。


 純粋に強大な力は、人の心の琴線きんせんに触れるのだ。


 ウォーミングアップを終えた立花さんが私の元へとやって来た。


 『おい、天月あまつき。バトンパス、確認しておくか?』


 400mリレーの第4走者である私は、アンカーの立花さんにバトンを渡す役目を担う。


 私の、ゴーッという掛け声で、立花さんは助走を始め、それに合わせて私はバトンを渡さなければならないのだ。


 立花さんと私の走力はあまりにもかけ離れているので、掛け声を出すタイミングを間違えば、助走をする立花さんに追いつく事が出来ずに、バトンパスは失敗してしまう。


 立花さんの加速を邪魔せずに上手にバトンを渡す。


 4工場相手なら、多少バトンパスに手間取っても勝つ事は可能であろうが、本番の体育祭となると、そう簡単に勝利を掴む事は出来ない。


 いくら立花さんが突出した走力の持ち主であろうと、リレーは5人一組で行う競技なのである。


 他の工場、特に訓練工場には、あらゆる刑務所やK少年刑務所の様々な工場、とくに経理工場けいりこうじょう(刑務所の中でエリートとされる受刑者達が就業する工場の事)などから優秀な人材が集まってくる。


 1対1の戦いならば、立花さんに敵う者はいないが、団体戦となると総合力で負ける可能性は十分にあり得る事なのだ。


 だから、今日の様にグラウンド全面を使って実践形式のリレーが出来る機会に、完璧なバトンパスを成功させておきたい。


 立花さんはいつだって運動に全力投球なのである。


 『いえっ、大丈夫です。いつもの練習の通り、完璧なバトンパスを決めますよ』


 『そうか、わかった』


 そういって私の元を離れると、立花さんは400mリレーの前に行われる200mリレーのメンバーの方へ向かって歩き出した。


 もちろん立花さんは200mリレーにも出場するのである。


 アップの時間が終わり、いよいよ4工場とのリレー対決が始まる。


 グラウンドのボルテージは最高潮。


 牢の中に入ってから久しく感じる事のなかった感情が、私の中から溢れ出す。


 早く走りたい。


 走りたくて堪らない。


 あぁ、ワクワクが止まらない。


 受刑者達の歓声と共に、200mリレーの第1走者がスタートラインについた。

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