第7話 不正という名のエンターテイメント

 今日は、ある免業日(工場就業がない日、要するに娑婆しゃばで言う所の休日である)の舎房でのお話。


 部屋責任者の浅野あさのさんは、舎房配食しゃぼうはいしょく(他の工場の受刑者達が生活している舎房に食事を配る仕事の事。自分の属する工場で配食を行うと不正が起こりやすいので、他の工場の舎房に配食するらしい)で舎房から出ているので、現在部屋に残されているのは私を含めて4人(この部屋は5人部屋だ)だ。


 『おいっユウジ、テン切れ』


 この部屋の2番手の坂田さかたさんが、部屋の4番手である石田いしだ裕二ゆうじに指示を出す。(ちなみにテンを切るとは、辺りを注視しろという様な意味の言葉である)


 『坂田さん、大丈夫です』


 『よしっ。じゃあ皆、このA180のメシ椀にバクシャリぶち込め』


 坂田さんの指示で皆がA180のメシ椀に麦シャリをぶち込む。(A180とは、A食【立ち作業に従事する囚人用の主食】でさらに伸長180cm以上の人間様の主食【刑務所では伸長の高さに応じて主食のサイズが変わるのである】の事)


 『じゃあツッキー(ツッキーとは天月こと私に坂田さんがつけた渾名あだなである)これ食い切れよ。食えなかったら昼飯俺達に寄越せ』


 『分かりました』


 坂田さんは不正が大好きだ。


 よくゲーム感覚で不正を行う。


 しかし、私が以前いた部屋の2番手とは違って、坂田さんは人を傷つける様な不正はしない。


 あくまで坂田さんにとっての不正はエンターテイメントなのだ。


 今回のこれも、皆から麦シャリ(麦と米を混ぜた刑務所の主食)をもらって、食べきれなければ昼飯を渡すという、子供のお遊びの様な不正だ。


 娑婆しゃばの人間からしたら、こんな事の何が面白いのか理解出来ない事であろう。


 しかも、もし不正がバレれば部屋の全員が懲罰房送りになるのだから、なぜそんなリスクを取ってまで、子供の遊びの様なくだらない不正をするのかと、きっと娑婆の人間は言うに違いない。


 しかし、この変化の無い刑務所において、不正とは、これ以上ないエンターテイメントなのである。


 この特殊な環境下に置かれなければ決して味わう事の出来ないスリルが、不正にはあるのだ。


 さらに、刑務所ではお腹一杯に食べ物を食べられる機会はない。


 もちろん、おかわりなんて出来ないし、もともとの支給される食事の量がとても成人男性用とは思えない程に少ないのである。


 だから、今回の不正は、私にとっても、お腹一杯食事をとれるまたとないチャンスなのだ。


 『いただきます』


 私は麦シャリを味噌汁にぶち込むと、さらにそこに牛乳をぶち込んで、それを勢い良くかきこむ。


 普段は食事中に音を立てるのはNGなのだけれど、今回ばかりは例外的にOK。


 なにせ刑務所の食事時間というものはビックリする程短いのである。


 娑婆での生活も合わせて、人生で初めてのフードファイト。


 刑務所に入って胃が小さくなってしまった私には正直辛いけれど、でも、なぜだかメシをかきこむ手の勢いは止まらない。


 絶対に負けたくない。


 娑婆では決して抱く事の無かった感情だ。


 大人になるにつれ、いつの間にか常識やルールに盲従もうじゅうして、気付けば私は戦う事をやめていた。


 理想と現実の妥協点を見つける、それが大人になるという事なのだと信じて疑わなかった。


 今になって思い返してみれば、私の人生はとてもつまらないものだったのだろうと思う。


 しかし、このK少年刑務所に入って、私は変わった。


 何事にも一生懸命。


 まるで、中高生の様に若い命の全部を燃やして今を生きる若者達に、私は感化されたのだ。


 負けたくない。


 無情な現実にも、どんな困難にも、私は誰にも負けたくない。


 『から下げぇ~!!』


 食後の食器を下げる舎房配食の合図が響き渡る。


 タイムアップだ。


 あと3口程。


 私は負けてしまった。


 食器を下げ、机を元の位置に戻し、暗い表情で掃除を始める私の肩を叩いた坂田さんは、


 『ツッキー、ナイスガッツ!!やるじゃん』


 太陽みたいな笑顔で私をたたえてくれた。


 ユウジをはじめ、他の部屋人達もうんうんとうなずいている。


 これだから不正はやめられない。


 私は、今、青春している。



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