第7話 不正という名のエンターテイメント
今日は、ある免業日(工場就業がない日、要するに
部屋責任者の
『おいっユウジ、テン切れ』
この部屋の2番手の
『坂田さん、大丈夫です』
『よしっ。じゃあ皆、このA180のメシ椀に
坂田さんの指示で皆がA180のメシ椀に麦シャリをぶち込む。(A180とは、A食【立ち作業に従事する囚人用の主食】でさらに伸長180cm以上の人間様の主食【刑務所では伸長の高さに応じて主食のサイズが変わるのである】の事)
『じゃあツッキー(ツッキーとは天月こと私に坂田さんがつけた
『分かりました』
坂田さんは不正が大好きだ。
よくゲーム感覚で不正を行う。
しかし、私が以前いた部屋の2番手とは違って、坂田さんは人を傷つける様な不正はしない。
あくまで坂田さんにとっての不正はエンターテイメントなのだ。
今回のこれも、皆から麦シャリ(麦と米を混ぜた刑務所の主食)をもらって、食べきれなければ昼飯を渡すという、子供のお遊びの様な不正だ。
しかも、もし不正がバレれば部屋の全員が懲罰房送りになるのだから、なぜそんなリスクを取ってまで、子供の遊びの様なくだらない不正をするのかと、きっと娑婆の人間は言うに違いない。
しかし、この変化の無い刑務所において、不正とは、これ以上ないエンターテイメントなのである。
この特殊な環境下に置かれなければ決して味わう事の出来ないスリルが、不正にはあるのだ。
さらに、刑務所ではお腹一杯に食べ物を食べられる機会はない。
もちろん、おかわりなんて出来ないし、もともとの支給される食事の量がとても成人男性用とは思えない程に少ないのである。
だから、今回の不正は、私にとっても、お腹一杯食事をとれるまたとないチャンスなのだ。
『いただきます』
私は麦シャリを味噌汁にぶち込むと、さらにそこに牛乳をぶち込んで、それを勢い良くかきこむ。
普段は食事中に音を立てるのはNGなのだけれど、今回ばかりは例外的にOK。
なにせ刑務所の食事時間というものはビックリする程短いのである。
娑婆での生活も合わせて、人生で初めてのフードファイト。
刑務所に入って胃が小さくなってしまった私には正直辛いけれど、でも、なぜだかメシをかきこむ手の勢いは止まらない。
絶対に負けたくない。
娑婆では決して抱く事の無かった感情だ。
大人になるにつれ、いつの間にか常識やルールに
理想と現実の妥協点を見つける、それが大人になるという事なのだと信じて疑わなかった。
今になって思い返してみれば、私の人生はとてもつまらないものだったのだろうと思う。
しかし、このK少年刑務所に入って、私は変わった。
何事にも一生懸命。
まるで、中高生の様に若い命の全部を燃やして今を生きる若者達に、私は感化されたのだ。
負けたくない。
無情な現実にも、どんな困難にも、私は誰にも負けたくない。
『から下げぇ~!!』
食後の食器を下げる舎房配食の合図が響き渡る。
タイムアップだ。
あと3口程。
私は負けてしまった。
食器を下げ、机を元の位置に戻し、暗い表情で掃除を始める私の肩を叩いた坂田さんは、
『ツッキー、ナイスガッツ!!やるじゃん』
太陽みたいな笑顔で私を
ユウジをはじめ、他の部屋人達もうんうんと
これだから不正はやめられない。
私は、今、青春している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます