第6話 中根京一の憂鬱
彼の名前は
私がこの工場に
年齢は20代半ばといった所。
なぜ仲根さんが浮かない顔をしているのか?
それは、立花さんがこの工場へ帰って来たからである。
なぜK少年刑務所のヒーローが工場へやって来たら、仲根さんが浮かない顔をするのか?
それは仲根さんが
仲根さんは国立大学を出ていて、元官僚、そして運動まで出来るという超ハイスペックエリートなのだけれど、上が詰まっていて、座作業者に甘んじているのである。
私の部屋の責任者を務める衛生係の
もう一人の衛生係である
仲根さんからしたら、たまったものではない。
もともと、衛生係になるには、生産作業の立役になってからという流れがあるのだが、それを飛び越えての座作業者からの衛生係抜擢になるのではないかとの期待に、密かに座作業者達は沸いていて、仲根さん自身もその期待に胸を躍らせていたのである。
だが職業訓練に行く前はこの工場で衛生係を務めていた立花さんが帰って来たのであれば、どう考えても、横溝さんが去ったあとの衛生係は立花さんで決まりだろう。
そういう訳で、今、仲根さんは浮かない顔で皿バネをプラスチックの中に詰め込んでいる。
『なんで今帰って来るんだよ』
溜息の混じった仲根さんの声が私の耳に届いた。
それはそうだろう。
彼の気持ちは痛い程分かる。
少年刑務所は、その名前の通りに若者が多い。
ピンク犯罪(性犯罪の事)を犯した受刑者が収監されるこの工場ともう一つの工場(性犯罪者用の工場は2つあるのだ)以外には一部の例外(他の刑務所から職業訓練を受けに来る者等)を除けば20代の若者しかいない。
彼らは皆純粋なのだ。
性犯罪を犯した者も、詐欺で人から金を騙し取った者も、殺人で人の命を奪った者も皆、一生懸命に受刑生活に取り組んでいる。
中には、仮釈放(模範的な受刑者が、条件付きで満期を迎える前に釈放されるシステムの事)が欲しいから一生懸命アピールいているという者も、確かにいない訳ではないけれども、大多数の受刑者達は若い命を燃やし尽くすとでもいう様に全身全霊、全力を傾けて受刑生活に取り組むのである。
そんな彼らが目指すもの。
それが立役。
男に生まれた者ならば、誰もが目の前に
だから必然、K少年刑務所で座作業に従事する受刑者達の多くは立役を目指して日々、真摯に受刑生活に取り組んでいるのである。
ここにいる若者達は、誰も全力を出す事を恥ずかしがらない。
指先までピンと伸ばして行進し、大声で呼称し、作業にも運動にも全身全霊、全力で取り組むのである。
仲根さんは、そんな受刑者達の中でも、一際命を燃やす人である。
国立大学を卒業し、官僚になった、エリート街道まっしぐら、人生でずっと勝ち続けて来た仲根さんは、刑務所に収監されても折れる事なく、ただひたすらに高みを目指している。
彼はまるで飢えた肉食獣の様に、勝利を渇望している様に見える。
『まだ決まった訳じゃない』
仲根さんの心の炎は、まだ消えていなかった。
そうだ、
ただ純粋に強い力を持った者だけが勝ち上がる事の出来る修羅の世界なのだ。
確かに立花さんは化け物だけれど、仲根さんに全く勝機が無い訳ではない。
面白くなってきたじゃないか。
早く私も、この高次元の戦いの登場人物になりたいと、単純作業に従事しながら、人知れず胸を躍らせる私なのであった。
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