第4話 英雄の帰還

 工場の受刑者達が色めき立っている。


 職業訓練を受ける為に、他の工場へ移っていた元立役が帰って来るのだ。


 その男の名は立花たちばな


 懲役生活も今年で5年目に突入するという立花さんは、あらゆる工場に名を知られる有名人であるらしい。


 クラブ活動や舎房配食しゃぼうはいしょく(工場での就業とは別に、受刑者に食事を配る仕事の事》で他の工場の受刑者と関わりを持つ立花さん。


 しかし、立花さんの名がこの刑務所中に知れ渡っているのには別の理由がある。


 立花さんの名が、このK少年刑務所中に知れ渡っている理由。それは、立花さんの足が、とにかくめちゃくちゃ速いからだ。


 どうして足が速いと名が知れ渡るのか?


 それは、足が速い者は体育祭で大活躍するからである。


 刑務所という場所は娯楽が少ない。


 慰問いもんで著名人がやって来たり、カラオケ大会や文化祭などのイベントも行われるけれども、少年刑務所の受刑者達が心の底から楽しみにしているイベントはやっぱり体育祭なのである。


 罪を犯した犯罪者は、どうせ刑務所の中でも堕落した生活を送っているのだろう。と娑婆しゃばで暮らす人々は思っているかもしれない。


 しかし、こと少年刑務所においては、受刑者達は作業にも運動にも精一杯、全力で取り組んでいるのである。


 もちろん、体育会系のノリについていけずに、仮釈放(模範的な受刑者が、満期前に条件付きで釈放されるシステム)を諦めて、自ら懲罰房に行き、そこで満期まで閉じこもっている者もいない訳ではない。


 しかし、少年刑務所の受刑者の大多数は、足がパンパンになる程走り込み、キツイキツイと言いながらも自らを追い込んでいくのである。


 そんな訳で、少年刑務所の受刑者達は、体育祭での優勝を目指して、日々運動に真摯しんしに取り組んでいる。


 そして、おやじ(刑務官)も、体育祭優勝には御執心で、体育祭が近づくと、受刑者達に発破はっぱをかけるのであった。


 そういう訳で、毎年体育祭で大活躍の立花さんは、このK少年刑務所のヒーローなのである。


 そして、そのヒーローが、今日この工場にやって来るのだ。


 皆が、おやじや助勤の刑務官にバレない様に、ペラを回す(お喋りするという事)。


 『立花さんが帰って来たら、今年の体育祭優勝はもらったな』


 『立花さんってそんなにすごいのか?俺、体育祭の直後に工場に配属されたから、立花さんの事、噂でしか知らないんだよなぁ』


 『凄いなんてもんじゃねぇよ。あの人はもはやアスリート。今日の運動で立花さんの走りを見たら、ぶったまげるぞ!!』


 あちらこちらで立花さんの帰還に沸き立つ受刑者達の声が聞こえてくる。


 私も昨年の体育祭が行われている頃は、まだ刑務所に収監されていなかったので、立花さんの事は噂でしか知らない。


 受刑者達の噂話というものは、往々にして2~3割程度大袈裟に盛られているものであるから、立花さんの噂もどこまで信憑性があるものか?


 そんな事を考えているうちに、立花さんが工場へやって来た。


 衛生台の前で荷物の整理をする立花さんを視線だけで見ると、190cmはあろうかという高身長に、刑務所の質素な食事でどうやったら維持出来るのかと思われる程の鋼の肉体。


 そして、そのたたずまいと、体から放たれる異様なオーラが、彼が只者ただものではない事を物語っている。


 どうやら立花さんは本物らしい。


 ありがたい。これは、受刑生活が益々楽しくなりそうだ。


 新たな仲間が加わって、今日も工場就業が始まる。

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