第2話 檻の中のスケープゴート
『番号』
『1・2・3・3』
『番号もとい、番号』
『1・2・3・3』
『番号もとい、番号』
『1・2・3・3』
『おい、小田ぁ~。3の次は4だろうがよぉ~!!お前いい年して数も数えられないのか?』
おやじの剣幕に、小鹿の様に足を震わせながら、小田さんが、
『ふぁい、すいまへん』
と答える。
『ばぁ~んごぉ~う』
『1・2・3・3』
『もういい、小田、外れろ』
小田さんが列から外れる。
『番号』
『1・2・3……58』
『イッチニッ、イッチニッ』
今日も工場就業が始まる。
最初は中々慣れなかったけれど、今では自然と行進が体に染みついている。
小田さんはもう1年半も工場にいるというのに、未だに行進の度に手と足が一緒に出てしまっているのだが、最早それを注意する人間はこの工場には存在しない。
小田さんの正確な年齢は定かではないが、見た目からして60歳は優に超えているであろう。
まさか、還暦を超えて少年刑務所に収監されてこの様なずさんな扱いを受ける未来が待ち受けているなどと、若き日の小田さんは想像だにしなかったであろう。
私も含め、中年以上の受刑者達は、この工場に1日も早く配属されたからという理由だけで、1回り以上も若い少年達が当たり前の様に向けてくる横暴な態度に、カルチャーショックを禁じ得ないのであった。
工場に着くや否や、衛生係(工場には衛生係が2人いて、私の部屋の責任者ではない方の衛生係)が、小田さんを衛生席の前まで呼び出して注意をしている。
衛生係は20歳そこそこ、小田さんよりは3回りも若い。
『ふぁい、ふぁい』
と、飼い主に怒られた犬の様な物悲しそうな表情で
犯罪者が、自らの犯した罪を償う場所である刑務所。
しかし、刑務所には社会復帰を促す為の施設としての側面もあるはずではなかったのではないか?
犯罪を犯し、刑務所に収監され、国から正式に社会不適合者の烙印を押されてもなお、受刑者達は、自らの歪んだ性質を正す事はない。
まぁ、受刑者に限らず、そもそも人間という存在が歪んだ生き物なのであるから仕方のない事なのかもしれないけれど、しかし、それにしても酷過ぎる。
刑務所という社会の最下層に堕ちてまで、人はヒエラルキーを作り出すのだ。
自分よりも弱い者、自分よりも劣っている者がいなければ自分の存在を定義出来ないなんて、一体彼らは虚しくないのであろうか?
衛生係からおむつを受け取る小田さんを、受刑者達がおやじにバレない様にあざ笑う。
小田さんは、この工場の受刑者達が自分の尊厳を保つ為のスケープゴートにされているのだ。
小田さんがこの工場に来る以前には、きっと別のスケープゴートが存在していたのであろう。
そして、小田さんがこの工場を去れば、きっとまた、新たなスケープゴートが生まれるのだ。
そうやって、この工場の平和は保たれている。
まったく、この工場の雰囲気にはうんざりだ。
はぁ~、と深い溜息をついて面白くもない作業に手を付けようとした時、それは起こった。
『あぁ~っ!!おっ、おではっ、あたまいいんだどぉ~!!あ~っ!!ゔぁ~っ!!』
我を忘れた様に叫び声をあげて小田さんが走り出した。
工場の出口へ向かって全力疾走する小田さんを助勤の刑務官が取り押さえる。
『あ~っ!!おではえらいんだぁ~!!おではすごいんだぁ~!!』
刑務官に取り押さえられた小田さんは、悲し気な表情で叫び続ける。
しばらくして小田さんは、刑務官に連れられて、懲罰房行きとなった。
何とも胸のムカムカする、ある日の工場就業の出来事であった。
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