第83話

 上役会は思ったものとは違い淡々と今まであった事を述べられて、それに関する証人などの証拠を照らし合わせるような事務的なものが続いた。


正直、妖同士の話し合いなどあって無いようなものだと思っていた紫苑はあまりにも冷静かつ無駄のない進捗に驚きを隠せない。


「……以上を持って我ら旧派閥は月天様にその責を負うのが妥当と考慮します」


会の内容は双子達が考えていた通りのもので、今回の不始末の責任をとって月天に尾を一つ落とすようにと迫るものだった。


「では、意義のある者は挙手されよ」


しんッと静まる部屋の中で勢いよく挙手したのは極夜だった。


「極夜様、どうぞ」


極夜は礼をして前に出ると、今まで証拠として出された物の曖昧さを指摘し月天に責がない証拠として証人を呼びたいと言った。


極夜の言葉に上役達の間に動揺が広がるが、それを鎮めたのはいつも通りの気味の悪い笑みを浮かべた黒子だった。


「いいではありませんか、もし証人とやらが本当にいるのならそれは非常に重要です。何せ我らの御当主の今後の進退にも関わる話ですから」


極夜は冷めた表情で黒子を一瞥すると、再び一礼し隣の部屋から証人となる人物を連れてくる。


極夜が琥珀を連れて広間に現れると、流石の黒子も面を食らったような表情をし言葉をなくす。


「こちらが証人の琥珀様です。皆様もご存知と思われますが琥珀様は妖猫の一族の御当主でもあられます。今回の件には深く関わっていると言うことで本日はおいでいただきました」


琥珀は上役達の前に出ると、いつもの無邪気な笑みを消し御当主らしい威厳のある振る舞いを見せる。


「では、琥珀様早速ですが此度の件についての証言をお聞かせください」


進行役の者がそう言うと琥珀はよく通る声で話し始めた。


「今回の一連の騒動に関しては全て仕組まれたものです」


琥珀の一言で先ほどまで静まり返っていた部屋は騒然とし、上役達は慌てるものや訝しむ者など三者三様の態度を見せる。


「静粛に!琥珀様、続きをお願いします」


「此度の件は、この妖狐の一族の中に内通者がいるという話が発端です。俄の協定に際して各一族で手続きを進めていたところ、どうも妖狐の一族の内情……それも他言無用のものまで流れていることが分かりました。当主である月天ももちろんそれは把握していたようですが、肝心の黒幕は巧妙に姿を隠しなかなか引きづり出すことができない。そこで我ら妖猫と鬼の一族の当主である白桜さんは一つ芝居を打つことにしたのです」


「そんなの出鱈目だ!」


琥珀の話を遮るように声を出したのは旧派閥に属する中堅どころの者だった。その者が声を荒げるのと同時にほんの一瞬だったが黒子が見たこともないような険しい表情をその者に向けたのがわかった。


「静粛に!証人の言を途中で止めることは許しません。琥珀様、続きをお願いします」


「芝居は単純なものです。みなさんがご存知の通り鬼の当主である白桜さんに一芝居打ってもらいこの妖狐の一族の中に亀裂を生み、そこで月天の仇となるような動きを見せた者が怪しい。結果的に今こうして月天は一連の咎として尾を落とせとまで言われている。本来であればありえないことだ」


琥珀がニヤリと笑みを浮かべ、上座に黙って座っている月天に視線を向けると審議官は月天に琥珀の証言は正しいのか確認をとる。


「……ぁあ。相違ない」


月天が琥珀を睨みつつも肯定すると、部屋の中は上役達の声で埋め尽くされる。


先ほどまでとは打って変わりあまりの興奮状態にこのまま審議を続けることはできないのでは?と紫苑があたりをきょろきょろと見回していると、まさに鶴の一声とばかりにこの状況を鎮めたのは月天だった。


「……騒々しいぞ」


たった一言。それだけだったが、この場を鎮めるには十分すぎるもので部屋の中は再び静けさを取り戻す。


「琥珀様の証言が本当であれば、月天様は内部の裏切り者を炙り出すために此度の一連の芝居をしていたことになります。そうなれば、本当に責を負うのは内部情報を流していた裏切り者ということになりますな」


旧派閥の者たちは先ほどまでの勢いを消しお互いを探るようにちらちらと視線を交わしている。


先ほどまで糾弾していた黒子は笑みを消し、表情が読めない顔をしている。


「それと、証拠はこちらに提出しておくよ、これが内部情報を横流ししていた証拠」


琥珀が数枚の手紙らしきものを懐から取り出すと、先ほどまで大人しく座っていた上役の一人が奇声を上げてその場から駆け出す。


「わぁあああああ!俺は知らない!俺はただ言われた通りにやっただけだ!俺はただ黒……」


男は最後まで話終える前に黒子によってその首を落とされた。


「何をしたんですか黒子様!この男は何か知っていたかもしれないのに!」


他の上役達が口々にそう言うと黒子は困ったように眉根を寄せ、今しがた殺した男の血によって濡れた自分の手を握る。


「すいません、あまりにも鬼気迫る様子で近づいて来たもので御当主様方をお守りしなければと思ったら体が動いておりました」


黒子の白々しいほどの態度を見て極夜だけではなく珍しく白夜も表情を歪める。


結局審議の場はこれ以上の続行は不可能となり、問われていた月天への責任も無罪放免ということになった。


審議が終わりこれで一安心とホッとしていたのも束の間で、すぐに双子と紫苑、それに琥珀達も月天の部屋へと呼ばれてしまった。


月天が何を言いたいのか大体は分かっている。あれほど夢幻楼の部屋から出ることを禁止されていたのに抜け出してこんな所までやってきたのだ。


双子も覚悟は決めているようでその表情に後悔は伺えなかった。



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