第82話

 食い入るような視線を足元から頭の先まで感じながらも、ぐっと堪えて自分の前に立つ琥珀の瞳を見つめ返す。


「こりゃあ、見事に普通の見た目だね。この娘の何がそんなに気に入ったんだ?この清純そうな見た目によらず床上手とか?」


琥珀が紫苑の事をじろじろと見ながら不思議そうにそう呟くと、紫苑は顔を真っ赤にして反論する。


「そ、そんな破廉恥な事を初対面の女性に言うなんて失礼です!」


紫苑が精一杯の勇気を振り絞ってそう言うと、言われた琥珀も側にいた双子もひどく驚いたようで目を丸くして紫苑を見つめている。


紫苑は慌てて何かまずい事でも言ってしまったのかと不安になり双子の方へと視線をやるが、双子が何か言うよりも先に琥珀が腹を抱えて大笑いする。


「あはははッ!遊女って聞いたからどんな娘かと思ったら、こりゃあ生娘じゃないか!月天がこういう娘が好みだったとは意外だったな〜、けど外見と違って気は強いみたいだからそこが気に入ったのかな?ま、約束は約束だからちゃんと月天の有利になるように上役会で証言してあげるよ」


琥珀は満足したのか、先ほどまでの態度を変えて紫苑たちを気にする素振りもなく屋敷の中へと歩いていく。


そんな琥珀を横目に見つつ、双子は周りに分からないよう目くばせすると白夜は紫苑を連れ、極夜は琥珀の後を追って屋敷の中へと入っていった。


◇◇◇


 屋敷の正面門で琥珀と鉢会ったのは幸か不幸か、結果的には紫苑たちに有利に働いた。


本来であれば、招かれざる客である紫苑を屋敷内に入れるにはそれなりに骨が折れるのだが、琥珀の急な来訪があったおかげで双子の居室のある離れにはほとんど屋敷の者たちがいない状態だった。


白夜に連れられて離れの双子の居室につくと、ようやく一息つくことができた。


夢幻楼の時もそうだが、この上ノ国にあるお屋敷は聖域と言われているだけあって、生身の人間である紫苑が過ごすには空気が軽すぎる。


双子の術によってこの上ノ国でも過ごせるように呪いまじないをかけてもらっているが、それが無ければとっくに倒れていただろう。


白夜が入れてくれたお茶を飲みながら呼吸を整えていると、声かけもなく部屋に誰かが入ってくる。


「だから妖猫の当主は嫌いなんだよ……今日のこの訪問も絶対に何か裏があるに違いない」


ぶつぶつと文句を言いながら姿を見せたのは先ほどよりも何だか疲れた表情をしている極夜だった。


極夜はそのままどかっと紫苑の向かえにある椅子に腰を下ろすと、白夜が持ってきたお茶を一飲みにする。


「あの、極夜さん……大丈夫だったんですか?」


恐る恐る極夜に声をかけると、極夜は少し得意げな表情を作り当たり前だろと紫苑に答えた。


「もう時間もないから手短に説明するけど、この後上役会が開かれてそこで今回の件についての審議が取られる。月天様に不利な状況ではあったけど、琥珀様が上役会で証言をしてくれることになったから最悪の事態は避けれそうだよ。だからあんたは大人しく僕らの後ろで隠れていて」


「その琥珀様の証言とは、何をおっしゃるつもりなんですか?」


先ほどの会話を聞いていたが、琥珀は何を証言するかとは一言も言っていなかった。もし、その内容がとんでもないものだったら逆に月天は困ったことになってしまうのではないだろうか?


紫苑が心配そうに極夜に問いかけるが、その肝心な証言の内容は極夜にも教えてくれなかったらしくその時にならなければ分からないと珍しく困り顔を浮かべていた。


「多分だが琥珀様は今回の白桜様の件に一枚噛んでいるのではないか?」


先ほどから黙ったままの白夜がそう言う。


「あの白桜様がいくら協定を結んだと言え、わざわざ夢幻楼まで足を運んで謝罪するなどあるだろうか?きっと琥珀様は我々がまだ知らないような情報も持っていて妖狐と鬼の一族どちらについた方がより利益が得られるか見定めているのではないか?」


確かにそうだ。いくら協定を結びお互いの里の交流が戻ったと言えども肝心の御当主同時は犬猿の仲のままだ。


それに今回の俄での騒動といい、嫌にタイミングが良すぎる場面が何度もあった。もしかしたら本当に琥珀様は月天と白桜を天秤にかけて様子を見ているのかもしれない。


「どちらにせよ、もう時間がない。紫苑様には特殊な術をかけて姿を消しますので上役会では様子を見つつ私達の後ろに隠れていて下さい」


思わず考え込んでいる紫苑に釘を刺すように白夜が言うと、ちょうど時刻を知らせる掛け時計の音が鳴る。


「じゃあ、行こうか」


自分の目の間に立つ双子を見上げ、紫苑は不安な気持ちを押し込めて立ち上がった。


◇◇◇


 あの忌々しい奴め……。昔から何かにつけては私の足元を掬おうと小細工ばかり仕掛けてくる。


しかし今回ばかりはそれを許すつもりはない。


この妖狐の当主である私の言うことが聞けないのならば、意を唱える者の首を全て刎ねて口を聞けぬようにすればいいだけだ。


 月天は俄から今日に至るまで溜めていたどす黒い気持ちが自分の中で抑えが効かないところまで来ているのを感じつつも、紫苑がいないこの屋敷でなら自分がどれだけ屋敷の者たちを殺したとしても何も問題はないと思っていた。


「月天様、ご用意が整いました」


部屋の外からか細く震えを必死に抑えたような声がかかると月天は纏った禍々しい妖気を抑えることなく部屋を出ていく。


上役会が行われる広間に着くとそこには黒子をはじめとする妖狐の一族の中でも高位の者たちがずらりと顔を揃えている。


月天の座る上座のすぐ側には今日は居ないはずの双子と紫苑の気配を感じる。


 月天は術をかけて姿を消している紫苑の姿を見つけるとすぐに全てを察したのか、身にまとう妖気を抑えいつも紫苑に見せるような好青年の皮を被る。


月天の反応を見ていた上役たちの中には渋い表情を浮かべるものもいたが、ここで言葉に出すものは居ない。


月天が各面々の前を堂々と通り過ぎ上座に座ると、ようやくこうして上役会は始まった。


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