第03話

 日はすっかり暮れあたり一面深い闇に包まれる頃、何とか二人で森を抜け村まで戻ってくることができた。


「念のため家まで送るね」


紫苑もあやめも森の中のけもの道を走ってきたため服も足元も土まみれだ。


「ありがとう、紫苑が来てくれなかったらどうなってたか」


「けど、日暮れに神社の大鳥居近くに居るなんて一体どうしたの?村の掟を知らないわけじゃないだろうに」


「実は、畑作業を終えて帰ろうとしたときに神社の前を通りかかったら小さな女の子が神社の奥へと消えていくのが見えて……」


「女の子……?」


「変だな?と思ったんだけどまだ小さい子だったから、村の掟も忘れて遊びに夢中になってしまったのかと思って声をかけて神社の裏手まで追いかけたんだけど、裏手には誰も居なくて……来た道を戻ろうとしたらなんだか甘ったるい香りがしてきて気が付いたら真っ暗な籠らしきものの中だったの」


「先ほどの男たちは妖だと思う、たまたま私が通りがかったから良かったけどそうじゃなったら今頃どうなってたか……」


あやめから一通り話を聞き終えるころには村長の家についており、あやめが戸を開けると血相を変えた村長が出てくる。


「あぁ、こんな時間までどこに行ってたんだ!鬼隠しにでもあってしまったんじゃないかと生きた心地がしなかったぞ」


「父上申し訳ありません。実は妖に捕まったところを紫苑に助けてもらったのです」


「なに?どういうことだ!とりあえず早く家に入りなさい。紫苑ちゃんも中へお入り」


座敷に案内されるとあやめは父に今日あったことをすべて伝える。


「そうだったのか…今日のことは村でも寄合で話して夕暮れ時は気を付けるよう注意をしよう。紫苑ちゃん、今日はもう遅いからこのままうちに泊まっていきなさい」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて……」


「明日、日の高いうちに神社周囲を念のため男衆で見回りしようと思うんだが、良ければ紫苑ちゃんの力を貸してくれないだろうか?もちろん礼金も今日の分も含め払うから安心してくれ」


「いえいえ、今日はたまたま通りがかっただけですので……明日の件は承知しました。微力ながらもご協力させていただきます」



◇◇◇


 「はぁ~」


紫苑は自分に用意された部屋に着くなり布団の上に転がり込む


(今日は予定外のことだらけの日だったな……妖が人を攫うなんて……)


紫苑が今まで退治してきた妖はどれも低級のモノばかりで畑の作物を荒らしたり、人を驚かすくらいのことしかしない。


それが今日は人間のように実体化しており、何やら話合っていた……あんな人間のような妖がいるのなら鬼神様の言い伝えもあながち出鱈目ばかりではないのかもしれないな。


そんなことを思いつつ布団の中でうとうとしていると、廊下のほうから何やら慌ただしく近寄ってくる足音がする。


バタバタッ!


「紫苑ちゃん失礼するよ!あやめが!」


返事をするか否かで開けられた障子の向こうを見ると血相を変えたお時がいた。


「どうされたのですか?」


慌てて身を整えて向き直ると、とにかくあやめの元へ来てほしいと急き立てられる。


「失礼します。あやめ?どうしたの?」


あやめの部屋へと着き障子をあけて中へ入るとそこで目にしたのはあやめの両腕と首元に赤く怪しく光る呪印だった。


「!?これは……」


「紫苑ちゃん、これはいったい何の呪いだっていうんだ……まさかあやめの命を……」


今にも泣き崩れてしまいそうな表情で村長は紫苑に縋りつく。


「もう少し詳しく見てみないと何の術がかけられているか分かりませんので、すこしあやめと二人にしていただけますか?」


「ッしかし!」


「あなた、すこし落ち着いたほうがいいわ。紫苑ちゃんは専門家です、お任せしましょう」


お時がそういうと村長二人であやめの部屋を後にした。


「あやめ、まず呪印が浮かび上がっているのは手首と首元だけ?」


紫苑は布団から身を起こして呆然としているあやめに問いかける。


「足首にも同じ模様が出てる……」


あやめは不安そうな瞳で紫苑を見ると両手で自分の体を守るように抱き抱える。


「ごめん、少し詳しく見てもいい?」


紫苑はあやめの体に出た呪印を手首、足首、首元と確認していく。


(これは束縛の呪印……妖がかけたというよりは呪具を使ってかけられたようね)


「あやめが入れられた籠に施されていた術が発動しているんだと思う」


「この呪いは解けるものなの?私はこのまま妖に連れていかれるなんて絶対いや!」


紫苑の着物のそでを強く握り縋りつくあやめを見つつ、安心させるようにできるだけ優しい声で答える。


「大丈夫。あやめのかけられた術を別の者に移せば妖がこの術を使って追ってきてもあやめは無事でいられるから」


「呪いをほかの者に移すだなんて……」


「本来であればあやめの髪を括り付けた人形に呪いを移すところなんだけど、夕刻に1度人形を使ってしまったから再び人形を使えば妖に気づかれるかもしれないの。だから私があやめの代わりに妖を引き付けて退治する」


紫苑はあやめの肩をつかみ目をみて言う。


「紫苑をそんな危険な目に合わせるなんて!」


「大丈夫、こう見えて妖退治の術は心得てるし、何より妖に見つかって無事に逃げ出せる可能性があるのはこの村では私くらいなものでしょう!」


そう言って紫苑は柔らかく笑うと、これからする術に関してあやめに説明を始めた。


◇◇◇


 時刻は虫の声も聴こえない丑三つ時……


紫苑はあれから急いで衣を整え、仕事用の巫女装束に着替える。


月の光に照らされた表情はいつもよりも少し強ばりこれから会うであろう妖との戦いを思う。


本当は紫苑だって妖と直接対峙せずに済むならそうしたいが、今回ばかりはそうも言ってられない。放っておけば村にも被害が広がる可能性があるからだ。


紫苑はもらったあやめの髪を一束半紙にくるむと、何やら文字を書き込み懐にしまい紫苑の能力を使った変化の術で身を化かす。


「これで妖には私の姿はあやめにしか見えない」


先ほどまで紫苑がいた場所には村一番と言われるほどの美貌を持ったあやめの姿があった。

本当のあやめと違うのはあやめはいつも人懐こい笑みを浮かべているがここにいるあやめは笑みはなく落ち着き払った雰囲気を出している。


「術移しも成功したし、あとは束縛の呪印の元締めを破壊するか退治すれば一件落着ってね……」


自分を元気付けるように少し大きな声で言葉に出すが心に積もる不安はかき消せない、実際紫苑自身も面と向かって人間に直接危害を加えるような妖を退治するのはこれが初めてなのだ。


紫苑の母はもっと強い妖も退治していたようだったが、妖退治の術を実際に受け継ぐ前に亡くなってしまったので妖退治に関してはほとんど独学と言っていいくらいだ。


念のため腰に付けた巾着に数枚の人形と呪符を入れていると、障子の向こう側から砂利を踏みつける足音が二つ聞こえてきた。



「アニキ、本当にここであってますかい?」


「籠女箱の呪印が強く光ってるってことは獲物はすぐ近くにいるってことだろうが」


紫苑はあやめが寝ていた布団に入り寝たふりをする。


スッ―ー


障子が音もなく開かれ、二つの気配が部屋の中へ入ってくる。


「間違いねぇ、この娘だ。さっさと籠女箱に入れて戻るぞ」


人の背で六尺ほどはあろう大柄の妖と五尺ほどの小柄妖はあやめに化けた紫苑に気づくことなく近づく……


大柄の男の指先が布団に触れようとした瞬間……


男の手先で大きく火花が散りバチッ!という拒絶の音が鳴る。


「ッてぇ、これは退魔の護符かぁ?」


先ほど勢いよく撥ねつけられた指先を見ながら男はつぶやく


「アニキ!女がいねぇ!」


小柄なほうの男がそう叫ぶや否や……


「それ以上動かないでください、少しでも妙な真似をしたらこの方の命は頂戴します」


先ほど妖を拒んだ術は紫苑による退魔の術、術の発動で紫苑から一瞬注意がそれた刹那に小柄な男の後ろに回り込み左手で男の片腕をひねり上げ、空いた右手で退魔の術が彫られた小刀を男の首筋にあてる。


「何を勘違いしてるか知らねぇが、お嬢ちゃん。俺たち妖にその脅しは意味がねぇってもんよ。そいつを殺したきゃさっさと殺しな」


大柄の男は表情一つ変えることなく言い捨てる。


(妖相手では人質など意味はないってことね。仕方ない、この小柄な妖を先に動けなくしてあちらの面倒そうな妖から退治した方が良さそう)


なぜ急にこの村に人さらいなどしに来たのか詳しい事情もしっかり聞いとかないと今後にもかかわるしね。


紫苑が意識を一瞬そらした瞬間を見逃さず小柄な妖がアニキと呼んでいた妖に向かって何やら笛のようなものを勢い良く投げた


「ッ!いったい何を!緊縛符ッ!」


紫苑は慌てて札の一枚を小柄な妖に付けるが、男が崩れ落ちると同時に大柄な妖が笛を奏でる。


笛の音を聞いた瞬間紫苑の体に電気が走ったように全身しびれて上手く力が入らなくなった。


(ッ!なにこの笛の音は……)


手足の呪紋を見ると笛の音に呼応するように赤く怪しく光り、紫苑はその場に力なく倒れこむ。


「ったく、余計な手間ばっかりかけさせやがる。おい、起きろ!さっさとこの女を籠に詰めて曼殊の園に行くぞ。」


男が小柄な男に貼られた札を引きはがすと札は一瞬青い炎を上げて消え去った。


「アニキすまねぇ、助かったよぉ」


「人間相手にその調子じゃあ、この先が思いやられるぜ……さっさと行くぞ」



紫苑は妖たちの会話を聞きながらどうにか体を動かせるよう、術を使おうと試みるがどうもうまくいかない。


(このままだと私が連れて行かれる!どうにか逃げ道を探さないと)



紫苑が考えを巡らせているうちに小柄な妖が近づいてきて、廊下に倒れこんで動けない紫苑の両腕と両足を何やら札がたくさんついた縄で縛りあげる。


「悪いが、ちょっとの間辛抱してくれよぉ」


小柄な妖がそういうと、トンッ!と後頭部を何かで殴られたと思ったころには紫苑の意識は徐々に消えてくのだった。

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