第04話
ガタガタと大きく体が揺さぶられて目覚めると辺りは暗くどうやら大きな桶のようなものに詰められてどこかに運ばれているようだった。
「ここから出しなさいよー!」
大きい声で騒いでみるがいっこう止まる気配はない、仕方がないので木の板の隙間から外を覗き込んでみると、そこには紫苑が今まで見たことのないような不思議な世界が広がていた。
道を歩く者は皆人間のような見た目をしてはいるが、腕が六本付いていたり顔に口が三つあったりとどう見ても妖にしか見えない。
通りでは取っ組み合いの喧嘩をしている者もいれば、人間の目玉のようなものがびっしり入った硝子瓶を抱えた者もいる。
(なんなのここは……)
隙間から見えた景色は紫苑が今まで生きてきた世界とは違い、ほのぼのとした雰囲気もなければ優しく笑いかけてくれる村の人たちもいない。
初めてみる世界の悍ましさに紫苑は知らず知らずのうちに震える腕で己の身を抱きしめる。
紫苑を詰めた桶は大きな道をそのまま通り過ぎると、目的地に着いたのか桶が地面に置かれた。
耳を澄ませていると外から紫苑をさらった男たちと他の誰かが話す声が聞こえてくる。
「人間の女が手に入ったもんで、幻灯楼か曙楼あたりに売りに行こうかと思ってまして」
「人間の女とは珍しい、若いのか?」
「はい、歳は十代中頃で器量良しときてますよ……へへへ」
「では、曙楼に話をつけておこう。曙楼の裏手で待つように」
男たちの会話が終わると再び桶は地面から離れてゆらゆらと揺れながら進みだす。
大きな声を出して助けを呼ぼうかと思ったが、先ほど見えた光景を考えると人間である紫苑がここで目立つ真似をするのはかえって危ないのではないかと思い、桶が目的地に着くのを待つことにした。
(桶の蓋が空いた瞬間が逃げる最後の機会ね……)
紫苑は自分の腰に下げた巾着から札を取り出し、目眩しの術を自分にかけ桶の蓋が開くその瞬間を待つ。
しばらく揺られていた桶は大きな道から細い道に入り一軒の大きな楼閣の裏手で止まった。
「アニキ、女が傷んでないか確認したほうがいいですかね?」
「あぁ、そうだなさっきまで騒いでたの急に大人しくなったからな」
小柄な妖が紫苑が入っている桶に近づくと紫苑に向けて話しかける。
「これから蓋を開けるけど騒いだり逃げようとするなよぉ、ここはもう曼珠の園の中だからな」
小柄な妖はそう言うと桶の蓋を一枚づつ避けて中にいる紫苑の姿を確認しようと覗き込む。
妖が桶の中を覗き込んだ瞬間、紫苑は右手をいき良いよく殴り上げ正拳突きを喰らわす。
顔面に一発くらった妖はその場からよろよろと後ずさると、少し離れた所にいたらしいもう一人の妖がこちらに来るのが分かった。
(このまま逃げ切らないと!)
紫苑は妖が戻ってくるよりも早く桶から飛び出し、右も左も判らぬまま暗く細い裏路地を走り抜ける。
後ろから妖が戻ってこい!と叫ぶ声が聞こえるが、誰が自分をさらった妖のもとに戻るもんか。
しばらく走っていると前から三味線や笛など楽器の音色と活気に溢れた人の声が聞こえてくる。
(良かった……大きな通りまで出れば誰かいるはず)
裏路地から賑やかな大通りを覗き込むと、そこには百鬼夜行のごとく数多の妖たちが通りを行き交っており人間は見当たらない。
道に立ち並ぶ見世もどれも見たことがない怪しげな雰囲気のものばかりで、紫苑は驚きのあまり声を失いその場を後ずさるとドンっと背後に立つ誰かにぶつかった。
自分の背後に誰かがいるなんて全く気づかなかったが、紫苑は姿眩ましの術を使っているのでバレないうちにここを去ろうと相手も見ずにそのまま身をかがめてぶつかった人物の脇を通り抜けようとする。
「おや、ぶつかっておいて謝罪の一言もないとは如何なものかと思うよ」
かけられたのは若い男の声で、紫苑が通り過ぎようとするとぶつかった人物は紫苑の右手を捕まえてこちらを見る。
紫苑を見下ろすのは黒い髪のぱっと見は人間に見える人物だった。
少し長めの前髪の間から深い紫色の瞳がのぞき、スッと通った鼻筋と薄い唇が色っぽい美丈夫だ。
男を見た瞬間、紫苑は何故か懐かしく思う気持ちが沸き起こるがこのような場所に知り合いがいるわけはないし、こんなに美しい人であれば間違いなく覚えているだろう。
男をしっかり見ると場所が場所であればきっと紫苑も見惚れてしまったかもしれないが、こんな危険な場所にしかも姿眩ましの術を見破るなど只者ではないと思い言葉を詰まらせる。
「だんまりかい?まあ、僕は別にこのまま君を突き出してもいっこうに構わないのだけれども?」
男は紫苑に向かって薄ら笑いを浮かべると紫苑の右手を掴んだまま大通りに向かって歩き出す。
「ま、待ってください!すいません、ぶつかったことは謝りますので手を離してください」
紫苑は全力で抵抗するが、強い力で引きずられていく。
(なんて馬鹿力なの……こんなに抵抗しているのに全く効いている様子も無い)
このまま大通りに連れられて妖たちの前に突き出されたらたまったもんではない、なんとか声をふりしぼり男に謝罪を述べると男は歩くのをやめて再び紫苑の方へ振り返る。
「やっぱり喋れるんだ、で?君はどこの誰?」
目の前の男からはこちらの出方を伺っているような雰囲気を感じる、もしここで男の気に食わない返事をしようものならどんな目に合うか判らない。
紫苑はここで下手に嘘をつくよりも真実をいってどうにかこの目の前の人物から情報を聞き出したほうが良さそうだと判断する。
「私はの名は観月と言います、気がつけばここにいました……」
紫苑は幼い頃より母から言いつけられていた事を思い出し、偽りの名を告げる。
そして、ここにくるまでにあった出来事をかいつまんで目の前の男に伝えると、男は一瞬紫苑を値踏みするような目で見たかと思うとすぐに同情の色を浮かべ紫苑の手を取り人間のように接してくる。
「可哀想に、そんな目にあっては怖かっただろう。私は宗介と言って猫の妖怪だ、このままここにいても危険だから僕のお得意先に紹介してあげるよ」
宗介と名乗った男は紫苑の話を聞くと簡単にここがどういった場所なのか説明してくれた。
ここは人間が住む現世とは別の妖が住む幽世の世界だという。
この世界から紫苑の住む人間の世界に戻るには神通力と言う特殊な力を持つ妖の里の御当主様にお願いして返してもらうしか方法がないと言う。
「……と言うことは、この曼珠の園を出て私がいた人間の村に戻るには妖狐の里の御当主様にお願いするしか方法はないんですね……」
そもそも現在紫苑がいるこの場所は、幽世の中でも曼珠の園と言われる花街で遊郭が立ち並ぶ閉ざされた世界だ。売られて来た女は自分の足でここを出ていくのは不可能だと言われた。
あまりの事に頭の中が真っ白になっていると、宗介は紫苑の頭を優しく撫でながらとにかく場所を移そうと紫苑の手を引き裏路地を後にした。
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