第20話

 楓のいる術具屋を出ると仲之町の表通り沿いにある商店が立ち並ぶ地区まで歩く。


術具屋から次の目的地である呉服屋までは歩いて五分ほどで目的地に行くまでの間宗介はずっと紫苑の手を離さなかった。


 宗介に案内されて呉服屋に着くと紫苑が想像していたよりも数倍も立派な高級そうな呉服屋が目の前にある。


「宗介様、この呉服屋ですか?」


 恐る恐る宗介に尋ねると何を当たり前なことを聞くんだとばかりに肯定される。


宗介がひきつった笑みを浮かべる紫苑をよそに見世の中に入っていくとすぐに店主らしき妖と女将がやってきて奥の畳張りの座敷に案内される。


「今日は俄で着る観月の着物や帯を探していてね」


 宗介が店主にそう言うと店主はかしこまりましたと頭を下げてから奥の方へ引っ込む。


「宗介様、俄で着る着物類は大店の旦那さんが用意すると小雪姉さんに言ってましたから……」


 紫苑が以前、俄での登楼が決まった際に来ていた大店の旦那が上機嫌でそう言っていたのを思い出し言う。


「あぁ、そのことなら大丈夫だよ。小雪にも大店の旦那にも話はつけているからね、小雪は天色の打掛に青藍の着物を合わせると言っていたかな」


 奥から戻ってきた店主の手には遠目からでも分かるほど上等な生地を使った振袖らしきものがたくさん抱えられていた。


 すでに小雪の打掛などは注文されているらしく小雪の衣装に合わせ仮縫いされた振袖や帯類を紫苑と宗介の目の前に広げて見せてくれる。


「確か凛と紅は青の振袖を用意していると言っていたから、観月は勿忘草色の振袖なんかがいいんじゃないかな?」


そう言って宗介が選んだのは空色よりもやや深い青をした落ち着いた雰囲気の振袖だ。


宗介は隣に座る紫苑の胸元に着物をあてるとうーんとうなりながらとっかえひっかえ似たような寒色系の着物をあてる。


「うーん……紫苑には桜色や緋色が似合うんだが……」


 宗介が何か小さな声で呟いたが紫苑はちょうど店主に話しかけられてしまい聞き逃してしまう。


「観月さんは美しい黒髪ですので宗介様がおっしゃっていたように淡い色の方がお顔立ちも引き立つかと……」


そう言って店主は従業員を呼びつけると、奥から何やら特別な品を出してきてくれるという。


 紫苑が慌ててここにある振袖の中から選びますのでと引き留めるが、宗介は今目の前にある物では納得がいかないらしく店主にこの見世で一番上等なものを持って来いという。


目の前に広げられていた着物が片づけられると奥から立派な桐の箱に収められた着物が出てきた。


紫苑と宗介の目の前に三つほど箱が置かれると一つづつ店主が丁寧に中の着物を出して広げてくれる。


 一枚目の振袖は瑠璃色の振袖で銀糸がたっぷり使われた刺繍がきらびやかな着物だった、二着目は紺碧の総絞りの振袖で色合いと雰囲気が非常に上品で一目で目を惹かれる。


そして三着目は店主がこちらは今回お選びにならないと思いますが……と一言添えてから箱から出す。


 そこに入っていた振袖は遠くから見るとほとんど白に見えるような非常に淡い桜色の振袖でいたるところにきらきらと光に当たると輝く不思議な刺繍糸と友禅で桜が描かれている。


その着物を見た瞬間、一瞬頭の中で何か思い出しそうになるが隣にいる宗介の声でかき消される。


「確かに、これは見事だな」


 そういって宗介は最後に出された桜色の振袖を手に取り眺める。すっかり最後の着物が気に入った宗介に店主は遠慮がちに話しかける。


「そちらの着物は上ノ国に生息する曼殊沙華の花から色を取って仕上げた特別な糸で刺繍されておりますのでそうそうお目に掛かれない一級品ですが……妖狐のご当主様は桜色や緋色といった色の着物を着た女性を見かけると例外なく処分されると聞きますので、俄で登楼するにはふさわしくないかと……」


 遠慮がちに店主が宗介に言うと宗介は あぁ、そう言えばそのようなこともあった気がするな と意に介した様子もなく二着目と三着目の着物を手に取ってこれにするから帯や小物を見繕ってくれと店主にいう。


「宗介様!このような高価なものいただけません、それに着物は一枚で十分です」


紫苑が慌てて宗介に言うが宗介はこれからもっとたくさん着物が必要になるんだから気にしなくていいんだよと訳の分からないことを言って取り合ってくれない。


「宗介様、本当にあの桜色の着物をお仕立てしてもいいので?」


店主が最後の確認とばかりに言うと宗介は意味ありげな笑みを浮かべて答える。


「あぁ、大丈夫だよ。その着物を着て御当主の前に出ても観月が困ったことになる可能性はないからね」



 店主は不思議そうな顔をしつつも宗介が決めた二枚の振袖生地を見世の者に渡して急いで仕立て上げるように指示を出す。


着物が決まれば帯や小物類もあっという間に決まり思っていたよりも早く呉服屋を出ることができた。


「宗介様、ありがとうございます」


 呉服屋でいったいいくらになるのか考えるだけでも恐ろしいほどの品々をいくつも買ってもらうこととなり紫苑は申し訳さなそうな表情をして頭を下げる。


「観月、そういう時は笑顔で嬉しそうに言わないと!着物選びで疲れただろうから近くにある茶房でちょっと休憩していこうか、美味しい甘味がある見世なんだよ」



 そう言って申し訳なさそうな表情をしていた紫苑の顔を覗き込むと見惚れてしまいそうになるような笑顔で紫苑の手を引いていく。


手を引かれ連れてきてもらったのは近くの稲荷神社の前にある茶房だった。


まだ明るい時間だということもあり辺りは色々な妖が行き交い通りや見世の中を賑わせている。


 紫苑と宗介は外にある赤の毛氈がかけられた席へ座ると一息つきながらたわいもない話を始める。


「そう言えば、宗介様は俄の日はお仕事なんですか?」


紫苑が今日見世を出てくるときに小雪が宗介におねだりしていた内容を思いだして何となく聞いてみた。


「あぁ、まあ仕事というかそんなところだね」


「そうなんですね、俄は前夜・本祭・後夜の三日間行われると聞きましたが一日も見世には顔を出さないんですか?」


紫苑はできれば一日くらい一緒に過ごしたいなと思い宗介の様子を伺う。


「そうだね、もし都合がつきそうであれば行くよ。それよりついに御当主に会えるんだ!当日どうするのか決めているのかい?」


 紫苑が淡い想いを抱きつつ聞いた問いにはそっけない返事が返ってきただけであったが、その後に続く話を聞いてそう言えばそうだったと本来の自分の目的を思い出す。


「いえ、実はまだ何も考えていなくて……小雪姉さんにも相談してみたんですが、やはり御当主様を喜ばせるような品はそうそう無いだろうと」


 宗介は紫苑の返事を聞くとなぜか少し残念そうな表情をしてから、きっとうまく行くよと子供にするそれと同じように紫苑の頭を優しく撫でる。


子供扱いはよしてくださいと紫苑が宗介にじゃれついていると注文していた抹茶や黒蜜ぜんざいが運ばれてきた。


「わぁ!本当に美味しそう!いただきます」


 この幽世に来てからこうして外で甘味を食べるなんてことがなかったせいか久々に外で食べるぜんざいはいつもの数倍美味しく感じられた。


甘味を食べていると先日ユウキ様からもらったかすてらのことを思い出す。


「そう言えば、先日小雪姉さんのお客様から夜市で売っていたという人世の甘味をいただいたんですが、夜市というところに行けば本当に何でも手に入れることができるのでしょうか?」


「夜市には確かに何でも売っているね、その夜市に行ってたというお客の名前は覚えているかい?」


先ほどまでの楽し気な口調が一変して少しいら立ちが混ざったような声色で話してくる。


「はい、ユウキ様という方で私のような人の子にもすごく親切にしてくださるんですよ」


「ユウキ……ね……」


宗介はそう小さくつぶやくと通りを挟んだ向かい側の方に誰か知り合いを見つけたらしく、紫苑に申し訳ないが少しだけここで待っていてくれと言い行き交う妖の合間を縫って見世を出ていってしまった。

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