第17話

 座敷に着くとユウキ様は前回と同じ優しそうな笑みを浮かべて紫苑達に側に来るようにと手招く。


「久しぶりだね、前回は怖い思いをさせてすまなかったね」


ユウキ様はそう言うと両側に座った凛と紅の頭をなでる。


「こちらこそ大切な場であのようなことをしてしまい申し訳ありません」


 紫苑は誠心誠意頭を下げるがユウキは気にしなくていいと笑いながら頭を上げてと紫苑の肩を軽くつかむ。


「前回のお詫びじゃないけど珍しいお菓子をもってきたんだ、なんでも人世にある食べ物だって夜市に売ってたんだけど観月なら知ってるかな?」


そう言ってユウキが小包から取り出したのは『かすてら』と書かれた長細く四角い形をしたものだった。


「あ!かすてらですね!ユウキ様こんな高価なものいただけませんよ」


 紫苑が住んでいた村で以前村長が頂き物でもらったと少し分けてくれたものを思い出す。確か非常に貴重なものらしく普通の人では買えないほど高価なお菓子だと言っていた。


「えー!観月姉さんわっちは食べてみたいんす!」


 凛と紅は初めて見るかすてらに興味津々らしく食べたいとねだってくる。


紫苑がこんな時小雪姉さんならどうするだろうかと一瞬思案するがユウキが遠慮せずに受け取ってくれと紫苑に包みを押し付けてきたので凛と紅も食べたがっているしここはありがたく貰おうとユウキ様に礼を言う。


「このようなものまでいただいてしまって、本当にありがとうございます。凛と紅もお礼を言って」


 紫苑がかすてらの箱に夢中になっている凛と紅にそう言うと凛と紅も慌てて紫苑の隣に座りありがとうございますと無邪気な笑顔を見せる。


凛と紅が箱を開けて中を見るとそこには甘い香りがふんわりと漂うふかふかのかすてらが入っていた。


紫苑が食べ方を教えてあげると凛は調理場の者に切ってもらってくるとかすてらを抱えて出て行った。


「そういえば観月は人の子だろう?実は私が昔、人里に降りた時に世話になった人の子からこのような物をもらってね……」


はしゃぐ紅の様子を優し気な表情で見ていたユウキ様はそうだ!と何か思い出したように懐から大切そうに赤い房がついた赤水晶の飾りを取り出す。


 ユウキ様の口から人里の話が出てきたのですかさず話を詳しく聞こうと言葉を出しかけるが、ユウキが取り出した赤水晶の飾りを見た瞬間、紫苑はよく分からない不安感が押し寄せてきてどくどくと脈が速くなるのを感じる。


(なんだろう……あの赤水晶の飾りを見るとすごく嫌な気持ちになる)


よく分からない不安感を押し殺し、その赤水晶がどうしたのかと聞き返す。


「昔に人里に降りた時に大変世話になった方の物なのだけど、ろくなお返しもできずにこちらに戻ってきてしまったからもしこの飾りに見覚えがあればと思ってね」


そう言ってユウキに赤水晶のついた飾りを手渡されると、先ほどまで暗い色をしていた赤水晶が光りだす。それと同時に紫苑は先ほどとは比べ物にならないくらいの頭痛と動悸を感じ右手で痛む頭を押さえて思わず上半身を丸めてしまう。


紫苑が急に具合悪そうにうずくまってしまったのを見て紅は慌てて紫苑の側にきて何か話しかけてくるが、意識が朦朧としている紫苑に声は届かない。


そんな紫苑の様子を眺めていたユウキは一瞬信じられないものでも見たかのような驚愕の表情を浮かべるが、すぐにいつもの穏やかな表情を取り繕い立ち上がり心配そうに紫苑に話しかける。


「大丈夫かい?少し休むといいよ」


ユウキはうずくまる紫苑の肩に手を回し起き上がらせようとするが、それより先に紫苑が大きな声をあげてユウキの手を振り払った。


「私に触らないで!」


 うずくまり右手で頭を押さえるようにしていた紫苑がユウキの手が触れた瞬間、今まで見たことがない恐怖と絶望が混ざりこんだような表情を浮かべ拒絶してしまう。


手を振り払われたユウキはそれを気にする素振りもなく紅に紫苑を座敷から下げて休ませるように言う。


紅は今まで見たことがないくらい取り乱した紫苑を見てとりあえずここはユウキの言うとおり紫苑を休ませるべきと判断して紫苑を抱え座敷を後にした。


◇◇◇


紅に座敷から連れ出され布団に横になると、先ほどまでの渦を巻くような不安感と頭痛や動悸がおさまっていくのを感じる。


紅はユウキ様を一人にしておくことはできないからと言って、紫苑が布団で横になったのを確認して座敷に戻っていった。


一人で布団に横になっていると先ほどまでの不調が嘘のように落ち着き、布団から身を起こし先ほど起きたことを思い出す。


(あの赤水晶の飾りを見た瞬間から何かよく分からないけど焦りや恐怖、不安といった感情がごちゃ混ぜになて正気を保ってられなかった……)


赤水晶を握った左手を見つめるが特に呪印などをつけられた痕跡もなく、いつも通りの自分の手があるだけだ。


座敷から離れて気持ちが落ち着いてくると、先ほど自分がしてしまった失態を思い出し今更どうしようかと顔を青くする。


(私、心配してくれたユウキ様にすごく失礼なことをしてしまった……ユウキ様が今頃お怒りになって凛や紅、それに小雪花魁に迷惑をかけてたらどうしよう……)


 布団から起き上がり部屋の中を青い顔で右往左往していると廊下側の襖が勢いよく開く。いきなり開いた襖に驚いてそちらを見ると珍しく不機嫌そうな表情をした小雪花魁がいた。


紫苑は慌てて頭を下げて小雪に先ほど座敷であったことの謝罪をしようとするが、それよりはやく小雪が話だす。


「まったく、あの男食えぬやつだと思ってはいたがここまで恥をかかされたのは初めてじゃ」


小雪はどしどしと怒りを表しながら紫苑がのいる側にどかっと座る。


「あの男、お前さんが座敷を下がったらすぐに用事を思い出したとか言ってわっちが座敷に行くのを待たずに帰りやがったんだよ!」


怒りをあらわにする小雪話を聞いてやっぱり自分があんなことをしたからユウキ様は怒って帰ってしまったんだと紫苑は心を痛める。


「姉さん、それはきっと私がユウキ様に失礼なことをしてしまったからだと思います」


蚊の鳴くような声で先ほどあったことを小雪に話すと、小雪は紫苑を責めるところか何やら一人で考え込んで話さなくなってしまった。


しばらくの沈黙が続き、紫苑が申し訳さなでこの世の終わりのような表情をしていると小雪がパッと顔をあげて紫苑を見つめる。


「それで、その赤水晶の飾りに見覚えはあったのかい?」


予想もしていなかったことをいきなり尋ねられて一瞬魔が抜けるが、慌てて顔を横に振り否定する。


「いいえ、見たこともない物だったんですが……触った瞬間ひどい頭痛と動悸が始まってよく分からなくなって……」


「そうかい……まあ、凛と紅に聞いた話じゃユウキ様は別に怒った様子もなく本当に慌てた様子で部屋を出て行ったっていってたからあんたが気にすることはないよ。それよりもう具合はいいのかい?」


「はい、今はもうすっかり元に戻りました」


「赤水晶は本来は持ち主以外には反応しないものだけど……まあ、見たところあんたに呪詛の類がかけられている感じはないから今までの疲れが出たのかもね。とりあえず今日はもうすることもないからゆっくりお休み」


小雪はそういうと紫苑の頭を優しくひと撫でして出て行った。

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