第16話

 小雪がこの幻灯楼のお職花魁として夢幻楼へ登楼することが決まってからは見世は大忙しになり、毎日ひっきりなしに小雪に会いたがる客が殺到した。


 今年の俄には曼殊の園の中でもいつも番付上位に入っている曙楼と月紗楼が登楼を決めており、花街きっての花魁たちが花魁道中をすると知り瓦版やら号外やらがでまわり曼殊の園の中はいつも見かけないような妖まで多く訪れるようになっていた。


そんな賑わいを見せている幻灯楼の二階の一室では忙しなく行き交う妖たちとは反対にゆったりとくつろぐ小雪の姿があった。


「姉さんはやはりこの曼殊の園きっての花魁でありんす!俄でもご当主様の心を射止めるのは姉さんに決まっていんす」


「姉さんが無理ならどこの美姫でもご当主様の心を動かすことはできんせんに決まってありんす」


凛と紅は今日の夜の座敷の準備をしながらいかに小雪が素晴らしい花魁であるかを延々と語っている。


「観月姉さんもそう思うでありんしょう?」


 急に話題を振られて紫苑は少し驚くが、確かに小雪ほどの美女であればどんな妖だって心を揺さぶられるのではないかと素直にうなずく。


「確かに小雪姉さんほどの美女であればご当主様も気持ちが揺らぐかもしれないわね」


凛と紅は満足そうにそうに決まっていると声をかぶらせて言うが、三人の様子をキセルを吹かしながら見ていた小雪がとんでもないことを言い出す。


「お前たちがそう言ってくれるのはうれしいが、わっちの予想じゃあ妖狐のご当主様は今年も誰もお召しにはならないよ。それどころかこれから先も登楼した誰かを召上げることはないね」


小雪は軽く笑いながらそう言うと凛と紅はここぞとばかりに小雪に食い下がる。


「ご当主様が誰もお召しにならないのは想い人がいるからだとか、男色家だからだとか聞きんすがそれは真実なんでありんしょうか?」


「あの残虐非道の妖狐のご当主様が想い人一人自分のモノにできないなんて妙な話あるわけがないでありんす」


凛と紅はご当主様について耳にした噂話をああだこうだと話し出すが小雪の声がふーっと口から煙を吐くと意図を察したようで静かになる。


「妖狐のご当主様はたぶんこの世の何者にも興味はないのさ、わっちが昔当時お世話になっていた姉さんについて一度だけ夢幻楼に登楼したことがあるけど、その時でさえ御簾を上げることすらせず側使えの者が言葉を述べるだけだったよ」


小雪がそう言うと紫苑は小雪が昔にご当主様に直に会ったことがあると聞きもう少し詳しく話を聞かせてくれとお願いする。


「もうかなり昔のことだから細かなことは覚えていないけど、確か側近に白夜という白金の髪をした少年と極夜と言う名の銀色の髪をした少年がいたねぇ。ご当主様のお顔を拝見することはできなかったけど、夢幻楼の前に掛かる赤い大きな太鼓橋を渡った途端異世界にでも迷い込んだかと思うほどの桁違いの妖力と不思議な力を感じたのは覚えているよ」


「小雪姉さんがそんな風に思うだなんて、私のような人の子が一緒について行っても大丈夫でしょうか?」


 小雪ほどの高位の妖怪ですらその圧倒的な力の前ではなすすべがなかったなんて、人の子である私が一緒についていったら夢幻楼の敷地に入った途端意識を失うか恐怖でその場から動けなくなるのでは?と心配になる。


「あぁ、そのことについてだけど大丈夫だよ。曼殊の園の中に術具屋があってそこで守りの護符をお前用に一枚頼んであるから」


「曼殊の園の中にも術具屋があるんですか?それならできればいくつか欲しい道具があって……」


 紫苑がそういうと小雪は明日宗介様が早めに見世に来ると言っていたから二人で行ってくると良いと術具屋の場所や術具を買うための小遣いまでくれた。


「小雪姉さん、こんなにいただけません」


紫苑は小雪に渡された小遣いを返そうとするが小雪に手で押し返される。


「お前、この世界のお金だってまともに持ってないだろう?大丈夫さお前にやった分はしっかり宗介様から回収するからね」


 小雪はそう言っていたずらっ子のような笑みを浮かべると、今日小雪が着る着物の帯をどれにするかで言い争っている凛と紅から帯を取り上げて遊んでないで支度をするよと隣の部屋に行ってしまった。


◇◇◇


夜見世の準備が済んで部屋で出番を待っていると女将さんが来て、今日はユウキ様が一人で来ると呼びに来た。


前回ユウキ様の大切な接待の場で失態をしてしまった紫苑は座敷に上がるべきかどうか迷うが女将はユウキ様が自分も座敷に上げるようにと言付かっているといい胃がズンと重くなるのを感じる。


(絶対前回のこと怒ってるにきまってるよね……)


暗い顔をして畳の目を見つめていると小雪が一人暗い表情をしている紫苑を元気づけようと話しかけてくれる。


「大丈夫だよ、ユウキ様は前回お前のことを怒っている素振りはなかったし、逆に申し訳ないことをしたって言ってたから今日座敷で何かされるってことはないと思うよ。それにお前に何かしようもんならわっちが助けてやるさ」


 少し得意げな表情でそう言って笑う小雪の姿を見ると不思議とさっきまであれだけ人生の終わりかのように暗い気持ちだった心が晴れていくのに気づく。


「小雪姉さんありがとうございます!万が一の時は小雪姉さんを盾にします!」


紫苑が自信満々にそう言うと凛と紅が小雪姉さんを盾にするなんて観月姉さんは人でなしだとじゃれてくる。


この幽世に来てもうすぐでひと月ちょっと経つがやっと小雪や凛、紅と心から打ち解けられて紫苑が持つ本当の自分らしさを出せるようになってきた。


(時々このままずっとここで暮らしてもいいかなって思ってしまうのは私の心がまだ未熟だからなのかな……)


紫苑がそんなことを思っていると見世の者が呼びに来てユウキ様がいらしたと告げる。


「では小雪姉さん、私たちはお先に行ってきます」


「あぁ、一応ユウキ様の正体が知れないから気を付けるんだよ。凛と紅も何かあればすぐに近くの者を呼ぶように」


小雪が少し心配そうに紫苑を見るが紫苑は大丈夫だと言って凛と紅を連れてユウキ様の待つ座敷に向かった。


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