第14話 月天視点


 小雪からの知らせで観月が客と少し揉め事を起こしたと聞き観月が落ち込んでいないか気になり仕事を早めに片付けて曼珠の園まで向かった。


珍しく午前中に曼珠の園に来てみると俄が近いせいか仲の町には色々な種類の妖が通りを賑わせていた。


(今年の俄は白桜や琥珀もやってくるとなるとこの曼珠の園も普段は立ち入らないような種類の妖で溢れるだろうな……今から警備と警戒網を厳重にする必要があるか)


行き交うさまざまな妖の姿を見つつ目的の見世へと足を向ける。


幻灯楼に顔を出してみると女将と小雪が出てきて観月は今日は休みで湯屋に行っていると言う。


仕方がないのでこのまま幻灯楼で待とうかと思ったが、なんとなく以前観月に案内してやった稲荷神社にでも行ってみようかと思い幻灯楼を後にした。


 稲荷神社につくと数名の遊女たちが参拝していおり、こんな形だけの神社に祈ったところで何も変わりはしないのにとつい冷めた目で見てしまう。


神社の前に並ぶ朱色の鳥居をくぐり抜けるとちょうど前方からお祈りを済ませて社から出てくる観月と視線が交わる。


 なんとなく観月はここに来るような気がしていたのでさほど驚きはしなかったが、自分と顔を合わせた途端、観月はひどく顔色を悪くして座り込んでしまう。


慌てて駆け寄ると少し目眩がしただけだと観月は言うがどう考えても自分を見てから態度を変えたように思い、とりあえず近くの長椅子に腰掛けさせて様子を見ることにした。


「無理をしなくても大丈夫だよ、それにしても社から出てきて目があったと思えば急にしゃがみこむから一体どうしたのかと驚いたよ。今までも突然体調を崩すことはあったのかい?」


優しい声色を作り話しかけると観月は何か言おうとするが言葉にするかどうか迷っているようだった。


(この私に言えぬような隠し事をするなどいい度胸だ……)


 言い淀む観月を見て月天の心に少し陰りができるが、ここで怯えさせてしまうと今まで作ってきた関係性が崩れると自分自身に言い聞かせイラつきを隠したまま更に優しい声で問いかける。


「どうしたんだい?何か困りごとがあるなら力になるよ?」


不安げに瞳を揺らしている観月にそう言ってやると、観月は意をけっしたように自分が十歳の時から見ているという不思議な夢の話を始める。


最初はくだらない夢の話をここまで言い淀んでいたのかと呆れもしたが話を聞いているうちに信じられないことに気づく。


(観月の見た夢というのは間違いなく彼女の記憶だ……あの時あの場所に居たのは私を含め四人しかいない。なぜ観月が彼女の記憶を夢としてみるんだ……)


 夢の話を途中まで聞くとすぐにその夢は単なる夢ではなく、百数十年前に生き別れとなった想い人、シオンの記憶に違いないと気づく。


しかし目の前の観月はほのかに鬼の香りがするがどう見ても人間の娘で自分の知るシオンとは似ても似つかない。


 幽世と現世は時間の流れが異なるし、彼女の母である雪華は逃げる時に時渡りの術を使ったはずだと聞いたのでもしかしたら今目の前にいるのは彼女の娘かなにかなのでは?と一瞬嫌な想像をしてしまう。


(まさか、彼女がすでに死んでいる?……そんなことあるはずがない、いや絶対にそんなこと許さない)


最悪の事が一瞬頭によぎるが、今まで出来うる限りの全てを使って探し続けていたのだ、ここにきてすでに死んでいるなどそんなこと許せるわけがない。


たとえ死んでいたとしても彼女の骸をこの手にするまで自分の気がおさまらない。


 思考の海に溺れていると気づけば観月は全て話おえたようで、先程のどこか不安げに揺れていた瞳も今はいつも通り黒々と透き通るような美しさを写している。


 月天はふと、もしかしたら今目の前にいるこの娘こそ彼女なのではないか?とそんな気がしてつい観月に本当の名はシオンと言うのではないかと聞こうと口を開くが……。


「観月ちゃん君……。いや、なんでもない。しかし不思議な夢だね、妖の中でもそんな話聞いたことがないな」


 冷静に考えても鬼の一族直系の血筋である彼女の力を封じ込めて人間の姿にするなどできるはずもないと我にかえる。


しかし、彼女の母はただの人間ではなく時渡りの巫女として高い神通力を持つ神人だったはずだ。


万が一のこともあり得ると思い、続けて観月に母と父の事を聞いてみる。


「そういえば、観月の親の名はなんと言うんだい?きっと母か父はいたのだろう?」


「私はずっと母と二人で暮らしていたので父のことは知りません、母は雪華と言って私と違って優秀な術者でした」


 観月が自分のことを怪しむことなく答える。


 月天は観月から返された返答に狂喜した。


自分があまりにもずっと焦がれすぎて都合のいい夢を見ているのではないかとさえ思ってしまう。


(父はおらず母の名は雪華……間違いなくこの目の前にいる娘こそ紫苑に違いない!)


夢のような出来事に狂喜に心が震えるが、まだ紫苑本人だと言う保証はない。


ここで焦ってことを損じては今までの労力が水の泡だと自分をなんとか落ち着かせてさらに紫苑に質問をする。


「そう言えば、ここに来た日も姿眩ましの術を使っていたね。妖力とも違う力を使っている様だけど……」


「私は母からの遺伝なのか幼い時から不思議な力がありまして、その力を使って術を使ってます」


 紫苑からの答えで月天の中で憶測に過ぎなかったいくつもの疑問が全て一つに繋がり自分がずっと待ち望んでいた答えだと確信する。


あぁ、愛しい紫苑。姿は違えどもう一度こうして会って話すことができるなんて……このまま連れ去ってしまおうと指先に術を込めるが、改めて今の紫苑の姿を見て思いとどまる。


現在の紫苑の姿はどう見ても普通の人間だ。


しかも、自分が鬼の一族であった時の記憶もないようだし何よりも年齢も本来のものよりかなり幼い。


きっと何かの術をかけられているに違いない。


手がかりが掴めるまで下手に動かずにある程度安全な幻灯楼置いておいた方がいいだろうとほんの僅かに残っていた理性で欲求を押し殺す。


紫苑が自分に別れの言葉を告げて去っていく後ろ姿を見ると今すぐに追いかけてこの手で抱きしめたいと思い思わず握った手先に力が入り鋭い爪が食い込んだ手のひらから血が滴り落ちる。


 今はまだ時期ではない。


 全ての準備を整えて紫苑に相応しい箱庭を用意しなければと、月天は急いで夢幻楼へと戻った。


◇◇◇


 月天が夢幻楼へ着くとすぐに白夜が音もなく現れて月天の後ろに付き従う。

他にも側付きの者が数名付き従っていたが手をあげ下がるように言うと白夜だけが残る。


 いつもより急足で夢幻楼の最上階にある自室に戻り椅子に腰掛けると早速白夜に指示をする。


「ようやく紫苑を見つけた、紫苑は幻灯楼にいる観月と言う名の禿だ。なぜ人間になっていて年齢も記憶も失っているのかは不明だがまず間違いないだろう」


 白夜は今まで見たことがない狂喜の色を浮かべて微笑む月天に思わず目を奪われるが、すぐに我にかえり月天の言葉の続きを待つ。


「ここ最近急に動き出した鬼の一族と関係があるのかもしれない……お前は上ノ国の宝物庫にある姿見せの鏡をこの夢幻楼に持ってこい。俄の顔見せの際に紫苑も幻灯楼の小雪と一緒に登楼するはずだ、その時に紫苑を正式に召し上げる。それまでに全てを整えるんだ」


「御意」


白夜は一礼すると音もなくその場から姿を消す。


 白夜がいなくなり一人となった部屋で月天は今まで何度も夢に見た瞬間をようやくこの手にすることができることの喜びに打ち震え、目の前に広がる曼珠の園を見下ろす。


「あぁ……長かった。ついに紫苑、君をこの手にできる。君が私の元へ来るためにこの箱庭が必要だったと思えばこのつまらない世界も意味があったと思える」


 園を見下ろす月天の瞳には獲物を目の前にして嬲り楽しむようなそんな狂気じみた色が宿っている。



 紫苑を手に入れたらまずは何からしようか?


 私以外が触れた体を隅々まで清めて綺麗にしてやろう。


 そしてもう二度と誰にも触れられぬように美しい鳥籠の中に入れてしまおうか。


 あの愛らしい声も瞳も髪も全て私だけのものだ……。



月天は紫苑とこれから過ごす二人だけの幸せな時間を思いうっとりとした表情で深く長いため息を一つついた。

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