第52話 メイちゃん

「メイちゃん! ……さっきのおじさんの話、聞いてたの?

 気にすることなんかないからね。 ずっとここにいていいんだから!」


 メイちゃんは、じっと私のほうをみつめながら、静かに私とオルト兄ぃのそばにやってきた。


「マルルカちゃん、マルルカちゃんがずっとあたしのことを心配しているのはわかってる。

 でも、いつまでも隠れるようにしてここにいれるわけないじゃない!」


 メイちゃんが私のことを睨むようにして叫んだ。

 私が言ったことはそんなにひどいことだったの?

 いや、メイちゃんとどう接したらいいかわからなくて逃げていたんだ、私……


「メイちゃん、ごめんなさい。……わたし……」


「いいの…… あたしね、マルルカちゃんやオルトさんにはとっても感謝してるんだよ。

 あたしこそ、大きな声出してごめんね」


 メイちゃんは私の隣に座ると、ふっと大人びた優しい表情をして、私の手を握った。


「ここで土をいじったり、薬草の手入れをしたりしていると、余計なことを考えなくてすんだ。

 オルトさんがマルルカちゃんにいろいろと教えてるのを見たり、それから、マルルカちゃんが夜、刺繍をしているのを見てたりしてたら、私もおかあさんからいろいろと教わっていたんだなぁって思って……

 マルルカちゃんが刺繍している手を見てたら、おかあさんとおんなじ!って……

 マルルカちゃんの中に少しおかあさんが見えた……

 きっと、私の中にもおかあさんがいるんだ!って思った」


 メイちゃんは私を抱きしめると、私の中にあるスザンナさんのおもかげを見つけたかのように、大きく深呼吸した。


「あたし、おかあさんを助けられなかった。

 セリス様だって、おかあさんを連れて行って、あたしから奪っていった。

 セリス様を、神様を恨んだんだよ…… あたし。

 おかあさんがセリス様のところにいっても、あたし、ちっともうれしくない……

 魂を救ってほしいんじゃないの!

 ずっと あたしのそばにいて生きていてほしかったの!!

 あたしのお願いなんか誰も叶えてくれないんだって思った。

 でもね、一番なんにもできなかったのは、あたしだったんだって気づいた……」


 そんなことない! って言おうと思ったけど、言葉が出なかった。


「どんなに願ったって、なんにもできないあたしに願いがかなえられるはずがない。

 自分の願いを叶える力がほしい、大切なものを守れる力がほしい……

 あたし、強くなりたい! その力を手に入れたいって思ってた。

 だったら、シェルドンさんの養子になるのも悪くないって、今ならそう思う」


「メイちゃん! それでいいの? 本当にシェルドンさんの子どもでいいの?」


 私はメイちゃんの言葉に息をのんだ。思わず声を張り上げて、メイちゃんをきつくにらんでしまった。

 スーおばさんにいじわるした人の子どもでいいわけないじゃない! 

 メイちゃんは何を言ってるの? 


 メイちゃんは、そう言った私から少し離れて、覗き込むようにして私を見ながら声を落として言った。


「マルルカちゃんは、自分の大切なものを失くしたことはある? 奪われたことは?

 守りたいって思ったことある?」


 メイちゃんとスザンナさんを守りたい、助けたいって思った。

 ……思ったけど、方法が浮かばなかった。思っただけ……

 魔王と戦ったときだって、街の人を、誰かを守りたいなんて思ってなかった。


 私の大切なもの、人たち…… アル兄様、オルト兄ぃ、メイちゃん、スザンナさん……

 私、守られてばっかりだった…… 


 メイちゃんに返す言葉がみつからず、俯くしかなかった。



「自分の願いは自分で叶えるって、僕は悪くないと思うよ。

 たださぁ、その力を欲するばかりじゃぁ、可愛いくない! ぜんぜん、可愛くない!!

 醜い子になっちゃう! 僕はそういう子は嫌い。

 メイちゃんの周りにいるたくさんの人たちの想いも忘れちゃだめだよ」


 私とメイちゃんのやり取りをずっと聞いていたオルト兄ぃがボソッと言った。


「可愛くない……??」


 メイちゃんがオルト兄ぃの言葉にきょとんとした顔をしてる。


「そう! 可愛くなくっちゃ!

 可愛さや優しさだって強さだよ! スザンナさんみたいにね!

 スザンナさんが優しかったから、メイちゃんのことを心配してくれた人だっていっぱいいるでしょ?

 スザンナさんが強かったから、メイちゃんがここにいることを忘れちゃダメだよ!

 スザンナさんが命がけでメイちゃんを守ったんだから…… ね!」


 オルト兄ぃがそう言うと、メイちゃんは、ハッとした顔をしてオルト兄ぃを見つめた。


「あたしを助けようとしてくれた人…… いた……

 おかあさんがいたから、あたしを助けてくれたんだ。マルルカちゃんもオルトさんも……

 おばさん・・・神父さん・・・ お母さん…… いっぱいいた。

 あたしはおかあさんの娘、スザンナの娘!」


 そう言いながら街の人たちを思い出すようにメイちゃんはゆっくりと、街の人の名前をあげていく。


 私とオルト兄ぃをみつめるメイちゃんは、私の知っているメイちゃんとは少し違っていた。

 おしゃべりで瞳がキラキラしてきて瞳に輝きがもどったけれど、力強い輝く瞳をもつ女の子だった。



「じゃぁ、メイちゃんの力になるように淑女教育をマルルカと一緒にしようかな?

 知識や美しさも力だよ! ねっ マルルカ!」


 オルト兄ぃがなぜかうれしそうにそう言った。


 その日から、夕ご飯の後、オルト兄ぃから行儀作法を習うのがメイちゃんと私の日課に加えられた。

 ここは、魔王城なんだろうか?






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