第53話 レイス兄さん

 日中は薬草のお世話をして、薬やお茶、サボンなんかを作る。そして夜はオルト兄ぃから、私とメイちゃんが行儀作法を習う。

 それが私とメイちゃんの日課になった。


 メイちゃんは、一番初めのときの私みたいに、体中がカチコチしていて、オルト兄ぃの指導が終わるとぐったりしていた。でも、その後のお風呂は本当に気持ちがいい。体を洗ってくれるメイドさんはいないけど、リモリスのサボンは、お風呂上りはとってもすっきりした気分してくれる。


 メイちゃんも森の生活がとっても気に入ってくれたみたいで、「行水だけに戻れなくなるー! どうしよう……」って真剣に悩んでいた。

 メイちゃんはだいぶ表情も柔らかくなって、前みたいによく笑うようになった。



 ときどき、街から薬なんかを買いに来る人がいたり、オルト兄ぃが街まで買い物に出かけたりもする。そうすると自然に、街の様子が耳に入ってくるようになった。


 今、教会とその前の大きな広場の整備が盛んに行われているらしい。教会の拡張工事と併せて、広場ももっと広げるという。街の人たちの水汲み場は大きな噴水にするということで、水汲み場の場所を、街の人たちが暮らしている奥のところに新しく設置する工事が行われているみたいだ。

 御使い様が降臨した広場をブリドニクの聖地とするための整備なのだという。


 私は街の人たちを騙したんだ。ブリドニクの街の様子を耳にするたびに、私は取返しのつかないことをしてしまったんじゃないか、と思うようになった。




 暑い夏も少しずつ終わりに近づいてきて、朝夕はだいぶ涼しくなってきた頃・・・・・・


 私たちは、午前中の薬草畑の手入れも終わって、軽い昼食をとっていた。一休みっていう感じだ。

 私たちの昼食は、果物やビスケット、サンドイッチなんかをつまむ程度で済ませることが多い。


「オルトさん、マルルカちゃん、あたし、レイス兄さんのところに行こうと思うの」


 メイちゃんはテーブルに付くなり冷たくしたリモリス茶を流し込むように飲み込むと、意を決したように話し始めた。


「きっと兄さん、工房じゃぁ、帰って来れるだけの休みなんかもらえないだろうし……

 おとうさんが亡くなった時も帰って来れなかった。

 レイス兄さんが家を出てから3年経っているの。兄さんがたった1人で悲しい思いをしているんじゃないかって……

 これからのことも兄さんと話したいし……」


 メイちゃんが前に進み始めたんだ! 

 そう思うと、私はメイちゃんをちゃんとお兄さんのところまで送ってあげなくっちゃって思った。


「わかった! メイちゃん。一緒にお兄さんのところまでいこう!」


 メイちゃんに すかさず声をかけた。


「マルルカちゃん、もういいの! これ以上迷惑かけられない。

 オルトさんとマルルカちゃんにはいっぱい助けてもらったから。

 王都までだったら、商人の人たちもいるし、同行させてくれそうな人を探すこともできるし……。あたし1人でも大丈夫だと思うから」





 メイちゃんと私がそんな話をしているとき……


「すみません…… ここにスザンナの子 メイはいますか?」


 外から、男の人の声が聞こえてきた。


「レイス兄さん!! レイス兄さんの声だ!」


 メイちゃんはそう言って立ち上がると、椅子が倒れるのも気にせずに、大急ぎで外に飛び出していった。



 レイス兄さん? 


 私は倒れた椅子を元の位置に戻しながら、メイちゃんが飛び出していった入り口から外の様子を窺った。

 メイちゃんのお兄さん、レイス兄さんってどんな人なんだろう?



「オルトさん、マルルカちゃん、レイス兄さんだよ!」


 メイちゃんが引っ張ってくるように、レイス兄さん? を連れて家の中へ戻ってきた。

 ボサボサしたこげ茶色の髪の毛の若い男の人が、メイちゃんの頭の上からそっと顔をのぞかせた。

 スーおばさんにどことなく似ている雰囲気のレイス兄さんは、少し緊張した様子で、ほんの少し頭を下げた。


 メイちゃんはレイス兄さんの手を引っ張ったまんま、私たちがお昼をとっていたテーブルにつくと、自分の隣の椅子をトントンして、レイスさんに座るように合図する。私もそれに気づくと、台所からカップを取ってくると、冷えたリモリス茶をレイスさんに差し出した。


「すみません。突然、お邪魔してしまって……

 メイの兄、レイスと言います。妹がとても迷惑をかけてしまったようで……」


 レイスさんは、深く頭を下げてからオルト兄ぃを見ると、急に怯えたような顔をして後ずさりした。


「どうしたの? 兄さん…… ずっと立ってないでここに座って!」


 メイちゃんは少し不思議そうな顔をしてレイスさんのほうを見た。


「僕はオルト。こっちは妹のマルルカだよ。レイスさん、遠慮しないで座って。

 ちょうど、お昼を取っていたから、よかったら一緒にどうぞ!」


 オルト兄ぃは、レイスさんの様子に全然気づかなかったかのように、お昼のテーブルに誘った。

 レイスさんは、一瞬、きょとんとした顔をすると、目をパチパチしてから、私たちのところへやってきてメイちゃんの隣に座った。


「す、すみません…… さっき…… いえ……少し疲れたのかな……」


 レイスさんの様子が少し変だ。


「大丈夫ですか? 少し横になりますか?」


 レイスさんに声をかけると、レイスさんは目を細めて私のことをじっと見つめると、また何度も目をパチパチすると頭を軽く左右に振っている。


「あ、あのう…… 大丈夫ですか?」


「いや…… すみません。大丈夫です。

 俺…… いや、僕、目が悪いっていうか、目の調子がときどき悪くなって……

 いや! 気にしないでください。本当にすみません。

 太陽がガンガン照らす明るい外から家の中に入ったせいで、ずっと歩いてきたせいで、目の調子が悪かっただけですから! 本当にすみません」


 レイスさんは、本当に申し訳なさそうにして、背を丸くして小さくなってしまった。


「気にすることないよ! 誰でもよくあることさー

 疲れていたのなら、少し食べたらいいよ」


 オルト兄ぃはニコニコしながらそう言うと、レイスさんにビスケットを勧めた。



「それより兄さん、どうしてここに来れたの? 工房でお休みを取れたの?」


 メイちゃんが隣でせかすように、レイスさんに声をかけた。


「そうだ! 僕たち、僕とメイが大変なことに巻き込まれそうだ……」




 レイスさんは、心配そうな顔をしてメイちゃんを見ていた。






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