第51話 森の薬屋のお客さん

 森のおうちの薬草畑は、初夏から秋にかけて毎日やることがある。


 薬草畑に水をあげるだけじゃない。雑草を取り除いたり、余分な芽を摘んだりして手入れをする。薬草は、葉や花、実はもちろんのこと、見えない根っこの部分にも注意をしていかなくちゃならない。種類によっては、部分によって効果が違ったり、強かったり弱かったりする。


 真夏の今は、クミルの花が真っ盛りだから、それを摘み取って花びらを丁寧に取り分けていく。この花びらは傷薬に使うそうだ。摘み取った花びらは煮詰めて保存びんに入れていく。今の時期にしか採れないから、花が咲いているのを見たら一番にやらなくっちゃならない。


 私は、焦げ付かないように気を付けながら、クミルの花びらを火にかけていた。森は街と比べてまだ涼しいとはいえ、ずっと火の前で鍋をかき混ぜる作業はつらい。つい、魔法を使いたくなるけど、今はメイちゃんがいる。それに、こうやって時間をかけて作業をしていたほうが、効き目が高くなるような気がする。


 でも、魔力は流しちゃダメ!


 メイちゃんはオルト兄ぃに教えてもらいながら、真剣な顔をしてもくもくと畑の作業をしている。


 メイちゃんは、あまり笑わなくなったし、おしゃべりもしなくなった。


 オルト兄ぃは、そんなメイちゃんの様子に気づかないように、普段とまったく変わらないひょうひょうとした様子でメイちゃんに話しかけたりしている。



 私は、メイちゃんと何を話したらいいのか、どうしたらいいのか、ぜんぜんわからなかった。気が付けば、1日メイちゃんを避けるように動いて、あまり顔を合わせないようにしていた。


 それに気づいた日は、なんでこんなことしちゃったんだろう……って、すごく悲しい気持ちになったし、そんな自分に腹が立って仕方がなかった。


 メイちゃんに優しくしてあげたいのに…… もっとそばにいておしゃべりしたいのに…… 私がメイちゃんを守ろうって決めたのに。


 なんでできないんだろう?


 オルト兄ぃは、私のそんなそぶりも気にする様子はない。

 私は、そんな気まずい思いを感じながら森のおうちで過ごしていた。




「こんにちはぁ 誰かいるかい?」


 メイちゃんも薬草畑のお世話にだいぶ慣れて、午前中の作業も一段落したころ・・・・・・


 私がオルト兄ぃとメイちゃんのために台所でリモリス茶を準備していると、庭のほうから男の人の声が聞こえた。

 こんなところに訪ねてくる人に心当たりはない。不思議に思って、家から出てみると、そこには、知らないおじさんが立っていた。


「どなたですか?」


「あぁ、いたいた! ここは森の薬屋さんでいいのかな?」


 私がおそるおそる声をかけると、おじさんはホッとした顔をして私に笑顔を向けた。真夏の暑い中、ここまで歩いてきたのだろう、汗をぐっしょりとかいて、手ぬぐいでしきりに顔を拭いている。


「そうですけど、何か御用でしょうか?」


「いやぁ、薬草茶と少し薬が欲しくてね…… ここはスザンナの店に品物を卸していたところだろう? スザンナの店のお茶や薬は品が良くてねぇ。店が閉まっていてちょっと困っていたんだよ。少し分けてはもらえないかい?」


「少し待っててください。兄を呼んできますから……

 あっ 暑いですから、よかったら家の中でお待ちください」


「いやぁ、ありがたい! 悪いがそうさせてもらおう」


 私はそう言って、おじさんを家の中へと案内して、いれたばかりのリモリス茶を冷たくして差し出してから、オルト兄ぃを迎えにいった。



「お待たせしました。何か入り用なものがあると伺いましたが……」


「おぉ、あんたかい! 思ったより若いねぇ…… いや、リモリス茶と夏のお茶っていうやつ、それに傷薬を分けてほしくってねぇ。

 夏のお茶っていうのはスザンナさんのとこじゃなきゃないっていうじゃないか。それに、さっきもリモリス茶いただいたけど、やっぱり違うねぇ。他の店で買ったんだけど、うちの奴がスザンナさんとこが一番だって言うから、本当かねぇって思ったんだけど、やっぱりぜんぜん違うわ!!


 さっき、そこの嬢ちゃんが冷たいリモリス茶を出してくれたんだけどさぁ、生き返ったのなんのってありゃしない!! 井戸で冷やしておいたのを出してくれたんだねぇ…… 

 あんなうまいリモリス茶は飲んだことがないよ!」


 おじさん、よくしゃべる……


「お褒めいただき、作り手としてはうれしい限りです。うちのお茶のおいしさは、森の贈り物なんでしょうね。夏のお茶は季節のブレンドティで、うちの特性茶ですからね。夏のお茶は、体に熱がこもらないようにして、夏の暑さで落ちがちな食欲を増進するような薬草をブレンドしています。季節毎に陥りがちな体の不調を整えられるようにしてあるんですよ」


 オルト兄ぃとおじさんは、ずっとおしゃべりをしている。


「週に1回、いや、ひと月に1、2回でもいいから、街で売ってくれないかねぇ。

 あぁ、でも卸す店がなくなっちまったかぁ・・・・・・


 そういやぁ、シェルドンさんがスザンナさんとこの子どもを探してるっていう話だよ。なんでもシェルドン家の養子に迎えたいらしいっていう話だ。魔女の夫っていうより、御使い様が御救いされた子どもの養父(父親)っていう名が欲しいんだろうけどよ。

 ブリドニクも御使い様降臨の街として有名になるらしいから、街も今はざわざわしてるよ。そのうち、ここにも、スザンナのとこの薬屋っていうんで、買い付けに来る奴も出てくるかもしれないな……」



(えっ……? 御使い様降臨の街? 有名になる? これってマズイんじゃない?

 どうしよう…… とんでもないことになっちゃったかも?)


 私は気持ちがざわざわしてきた。オルト兄ぃをチラッと見たけど、にこやかにおじさんと話しているだけだ。


「お兄さん、気をつけな。買い付けに来る奴はまだまし! 偽物を売る奴も出てくるかもしれないからよぉ。

 せっかくのいいお茶や薬も、偽物で評判落とすことになるからさぁ」


「ご忠告、感謝します。街で卸せる店があるか探してみますが、当分先になるでしょう。もし、入り用のものがあったら、遠いですけど、またいらしてください」


 オルト兄ぃはおじさんに品物を渡して代金を受け取ると、ニコニコしておじさんを見送った。私がおじさんの水筒に冷たいリモリス茶を入れて渡してあげると、おじさんは「いやぁ、気が利くねぇ。ありがとうよぉ」といって、大きく手を振って帰っていった。


 おじさんの姿が見えなくなったころ、メイちゃんがそっと入り口のところから姿を現した。


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