第50話 マックス・シェルドンの命運(2)

「あの女は強力な魔女! 御使い様が現れなければ、審問官の私でさえ陥れられるところでした。それほどまでに力のある魔女は、街の中では断罪できません。街に禍をもたらす恐れがあるからです。

 したがって、夜中、私たち審問官のみで街を出た後、とある場所で火あぶりとしました。亡き骸のある場所はたとえ家族であっても教えられません。当然、教会の墓に埋葬などできません。

 シェルドン殿、その出来事が起きた時間の記憶がないということこそが、セリス様のご慈悲であったということです」


「おぉ 審問官さまぁー!!


(私の未来がつながった! 神は私をお見捨てにはならなかったのだ!)


 シェルドンは顔を上げて審問官を仰ぎ見た。その目からは涙がすこしこぼれた。


 安堵の涙が……


「教会のご指示に従います。

 ただ、エリザはシェルドン家の一人娘…… 私は入り婿です。

 シェルドンの家の血が流れていない私が、シェルドン家の墓を、家を守っていっていいものかどうか…… 

 それに、私たちには子もおりませんでしたから、シェルドンの血を途絶えさせてしまった! 私はなんと罪深いのでしょう!!」


「ブリドニクの大いなる発展は、王都まで届いておりますよ。それは、シェルドン殿、あなたの献身的な努力の賜物と聞いております。

 一方、魔女エリザは、あなたと結婚する以前より多くの男を誘惑し姦通していたというではないですか! まさに魔女の所業!!

 あなたと結婚する前より悪魔と契約を交わしていたのです。そうでなければ、審問官である私でさえ悪魔の罠に嵌めるほどの力など、ありえません!

 そして、エリザの子、悪魔の子を宿すことがなかったのもセリス様の御業だったのです!

 セリス様はすべてを見通されていらしたのでしょう。

 シェルドン殿、あなたこそがこの地に必要なことを! 魔女エリザと婚姻したことこそ、あなたへの試練だったのです。

 あなたはそれに打ち勝った!!

 誇りこそすれ恥ずべきことではありません」


「審問官さまぁー 寛大なご慈悲を、このマックス・シェルドン! 深く感謝いたします!

 この街のために、いえ、セリス様のご慈悲に、私のいのちをかけて尽くすことをお誓いいたします」


 シェルドンは、床に額をこすりつけるほどに、ふたたび頭を垂れた。



「昨夜の出来事を王国のセリス教大教会に報告するために、これから私は、王都へと戻らなければなりません。

 今後、ブリドニクは、御使い様降臨の地として、大ぜいの人たちが訪れることでしょう。

 シェルドン殿、あなたのすべきことはたくさんあるのではないですか?」


 審問官はそう言うと、教会の外へと歩きだした。


「審問官さまー セリス様の御心を、一生忘れませぬ!!」




 シェルドンの叫びのような声を聞きながら、審問官はニヤリとしたのだった。


(金づるは手放してはならない…… それを育てるのも教会の役目ですね)



*************************


 王都へと戻る審問官の馬車を見送った後、神父はひとり執務室にもどり、ふっとためいきをついた。


 大きな教会にあまり似合わない小さな執務室だった。

 頑丈ながら素朴な木の机と椅子、それに本棚、来客用にと整えられた小さなソファセットがあるだけ…… ソファは布製で角がすり切れていた。


(そろそろ張り替えなおさなければと思っていたが、その必要もなさそうだ)


 神父はすり切れたソファに座り寂しげに笑った。


 この教会は、小さな漁師町だったブリドニクに最初にあった教会だった。

 ブリドニクの発展は目を見張るものがある。小さな教会も立派な教会に建て替えられるほどに……

 礼拝堂は大きなものへと建て直されたが、神父が普段使用する執務室は古い昔のままだった。


 ブリドニクは御使い様が降臨された地として、セリス教本部に認定されることは間違いない。そうなれば、この教会には新たに本部から神父が遣わされることになるだろう。


(私もこの教会から去る時が来たようだな。もうこの教会は、私には不釣り合いな場所になってしまった……)



 教会本部をはじめ、主要な教会の神父は、主に国の貴族の子弟、次男や三男が多かった。あの審問官もそうだ。一方、小さな街や村の教会の神父は、主に教会の孤児院から優秀な子を手元に置き、後を継ぐ神父として育てる。


 教会に入れば名を捨てることになる。それは本部も地方の神父も同じことだった。ただし、本部の神父たちは実家とつながりを断っているわけではない。地方の小さな教会の神父たちとは一線を画しており、名を知れば、返って自分の首が閉まることさえある。


 一介の地方の神父にはなんの力もなかった。


 スザンナの娘、メイを守らなければ…… 神父が思うことはそれだけだった。


 街を出ていればいい。でも、もしまだ街に残っているのなら、審問官が戻るまでの間だけでも教会で保護しようと思った。


 その後は、どうしたらいいものだろう……

 私自身も孤児であったから頼れる縁戚もない。


 王都にいるというメイの兄のところまで連れて行ってもらえるように、誰か密かに頼むことくらいしか思いつかなかった。もちろん、王都までの旅費や当面の生活費は、当然私が負担しなければ、セリス様に祈る資格もない。


 メイと一緒にいた青年と娘、彼らは誰なのだろう? スザンナの縁戚の者たちなのか?

 娘のほうはスザンナと一緒に教会にも来ていたが……


 後で、スザンナの家の様子を見に行ってみることにしよう。




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