第42話 悪魔 神様

「すっかり遅くなったから帰ろう!」


 オルト兄ぃは、何もなかったように私に声をかけると、ぐっすりと眠っているメイちゃんを抱きかかえて地下牢を出て行こうとした。


「オルト兄ぃ! スーおばさんは……どうなっちゃったの?」


 全く動かなくなったスーおばさんの体から動けないでいる私は、オルト兄ぃに視線を向けた。


「ちゃんと息もしているし心臓も動いているよ。体は生きているっていうことだよ。

 スザンナさんの魂はもうその体にはないけどね……

 あぁ、そうだった…… 生き人形だけにはしとこう! 明日、体の命が失われるとはいえ、まったく動かないのも困るよな」


 オルト兄ぃはそう言うと、指をパチンと鳴らして、「マルルカ、帰ろう!」って私を地下牢から押し出すようにして足を進めた。



 役場の入り口の守衛さんは、相変わらず前の広場だけを見ていて、私たちには全然気づかない。私たちは守衛さんの横を通り過ぎて暗闇に紛れるようにメイちゃんの家へと戻った。


 私はずっと口を開くことができなかった。さっき、自分の目の前で起きたこと、オルト兄ぃがスザンナさんにしたこと……

 何もかもが本当に起きたことだなんて思えなかった。


 人ができることじゃない。あれは魔法なんかじゃない……


 魂を食べるなんて!



 メイちゃんの家に着いても、オルト兄ぃが「メイちゃんを部屋に連れて行ってくるね」と言っていたけど、返事もできず、ずっと同じことを考えていた。


 オルト兄ぃの本当の正体を・・・・・・


 オルト兄ぃは、そのままメイちゃんを部屋のベッドへと運び、2階のリビングに戻ってきた。


「メイちゃんには、明日1日中、眠っていてもらうことにしよう。スザンナさんが、母親が断罪されて殺されるところを見せたくはないよね……」


 私が持ってきたポロ茶を差し出すと、オルト兄ぃは椅子に座るなりそう言った。



 私は、ずっと思っていたことを口にした。


「オルト兄ぃは、アル兄様は…… 悪魔……なの?」

「マルルカはそう思うの?」

 オルト兄ぃがおもしろそうな表情をして私に聞く。


「いくら考えても、そうとしか思えない……

 魂を対価に要求したり、魂を操るなんて……

 それに魂を食べるなんて!! 魔法だったとしても、人ができることなんかじゃない」


 私は、オルト兄ぃの目を見ることができなくて、ずっとうつむいたまま答えた。体が震えてくる。


「マルルカの考える悪魔ってどんな奴?」

「悪い…… 悪いことをするように人をそそのかす。願い事を叶える代わりに魂を地獄に閉じ込める……」

「僕もアル兄ぃもそうなの?」


「……ちがう…… 私を助けてくれた。とっても優しいし、一緒にいると居心地がいいの。

 スーおばさんは…… デイビッドさんもオルト兄ぃに感謝してた・・・・・・

 だから違うって思うの。でも・・・・・・」



「少しだけ、本当の話をしよう。これはアル兄ぃが話すことかもしれないけど……」

 私が顔をあげると、オルト兄ぃは優しい眼差しで私を見ていた。


 アル兄ぃは、あのときスーおばさんの魂を「救済」しようと思ったのだと言う。スザンナさんのこの生で持っていた苦しみと悲しみから解放して、弱っていた魂を、肉体の死を待たずに、魂の里アテルムということころに帰そうと……


「魂の救済? それは神様しかできないこと・・・・・・」

「人はそう言うね。

 この世の魂をアテルムに帰すことをひとつの「救済」の方法だ。アテルムに帰った魂は一定の安らぎを得て、再びこの世で生を受ける。

 そして魂を対価として願いごとを叶えるものを悪魔と……

 ただね、魂を対価にして、魂を肉体から切り離して、できることはひとつしかないんだよ。アテルムにある魂を呼び出すことだけ。

 そして、自らの意思で肉体を手放した魂は、永久にアテルムにはたどり着けない」


「神様も悪魔も同じ・・・・・・っていうこと?」

「それは人の言っていることだ。善も悪も、決めているのは人なんだよ。神様や悪魔がいるとして、彼らが決めているわけじゃない」


「じゃあ、オルト兄ぃとアル兄様は・・・・・・神様なの・・・・・・?」


「僕たちは、『無限に在る者』だ。

 あとは、アル兄ぃから聞いたらいいよ。

 アル兄ぃがどうして、偶然とはいえ、人であるマルルカを、ここまで手元におくのか、僕にもわからない……

 この話はおしまい! 寝るよー ベッドを適当に借りて休もうっと!」



 オルト兄ぃは、そう言って、上に上がっていってしまった。






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