第39話 結束

 パチパチと炎が燃え上がっている。雪也せつやは口元を袖で覆いながら、ひたすらジュリアの執務室のある方へと急いだ。がれきや破片が床に散らばり進むのに一苦労する。


《冷却》の起源で対処しようかとも考えたが迂闊に使用して犠牲者が出てしまったら助けに来た意味がない。

 ジュリアメンバーの安否を掴むまでは発動したくない。


 炎光だけを頼りにひたすら歩を進めていく。


「こっちね」


 ジュリアの執務室へと辿り着きサラに続いて雪也もなかをのぞきこんだ。一面真っ暗で液晶モニターがひとつもついていない。連絡できなくなるわけだ。


 十柄は爆弾をジュリアの執務室の近くに設置したと言っていた。しかしギリギリ内部の様子は保たれている。


 耳を澄ますと複数人のうめき声が聞こえた。生きている。


 近くから聞こえたうめき声に駆け寄る。一瞬誰かと思ったら雷越健太だった。


「ヨッ・・・・・・ おれ、生きてる、かい?」


 こんなときでも軽い口調をやめない健太に安心が募った。


「当たり前だ。――― 待ってろ、今がれきを退かすから」

「たのむわ」


 なんとかして健太を救出する。満身創痍ではあるが、一命はとりとめたらしい。執務室のなかで安全そうな場所へ一旦移動させてまだ助かる見込みのある人はいないかどうか見て回った。


「まいな、しっかりして!」


 暗がりで麻衣さんが血を流しているところをサラが発見し、雪也も彼女の容態を確かめるために側に行く。口に手をあてると、かすかに息がありまだ生きているとわかる。


「運ぼう」


 サラと頷き合い、健太と同じ場所まで移動させる。あと他何名かまでは救出した。


 すると廊下が騒がしくなった。


 なにやらもめているのだろうがここまで来ているのはサラと雪也しかいない。あとのテロチームは先へ向かわせたはずだ。


 雪也は一足先に端まで行き、隙間から外の様子をうかがった。


「おまえら、なにしてんだ!」


 そこにいた人物に目が丸くなる。響希ひびきかえでだ。たしか違法具現装置リアライズ・ツール摘発チームとして任務にあたっているはずのメンバーだ。


 楓は雪也の言葉を一切無視してうずくまっている響希を叱りつけ、響希は頭痛を堪えるかのように頭を抱えている。どういう状況だ、これ・・・・・・ 。


 とにかく響希の様子がただならないと見て取れたので、楓に質問する。


「響希、どうしたんだ?」


 楓は雪也を一瞥してから再度けんか腰の口調で一喝した。


「だから、響希は響希自身しかいなくて、誰のものでもないって言ってるでしょ!過去の記憶なんて思い出したところで、死人は生き返らないのよ!」

「楓さんはわからない。自分の人じゃない感覚が、自分に宿っている感覚が」


 響希は弱々しく返答した。


 雪也は殴りかかりそうな勢いの楓の腕を掴み、簡潔に状況を説明するよう求めた。

 楓は頭に血が上ってしまっていてなかなか聞く耳を持ってくれなかったが、どうにかしてなだめすかした。

 今この場にけじめをつけられるは雪也だけだ。


 楓はイライラしながらもことの経緯を説明した。


 雪也は楓のまとまらない話しにくたびれながらも、なんとか自分なりに解釈した。


「――― つまり、響希は記憶を植え付ける人体実験の被験者で、なんらかの影響で記憶が蘇りそうにある、と。そしてフラクタル内の惨状が追い打ちをかけている、ってことか?」

「・・・・・・ ここの構造は旧フラクタルの間取りと一緒だ」


 今まで黙りこんでいた響希が消え入りそうな声で付け加える。どんなことでも波風の立つことのない精神の持ち主であると雪也は思っていたが、今彼の心は疲弊状体であることがわかる。


「ここに来るまでは持ち直したと思ってたんだけどね、まさかここにきてぶり返すなんて」


 楓は憔悴しきった表情を浮かべている。彼女いわく、最初は励ましの言葉をおくったりしていたそうだが、それでも効果が薄くなり叱りつけてしまったらしい。自分と楓、お互いひととの接し方が不器用な者同士、ものすごく理由に共感してしまった。


 ひととの関係性は響希がいてくれたから成立していたにすぎない。もちろん、その後の雪也や楓の行動変容にいたる手助けになっているのも事実だ。しかし、実践不足なのだ。


 単独行動、独断専行が好みのふたりがいきなり変化させようとしたところで玉砕する未来が想像できる。少しずつ、進んでいる途中だった。


 そう思うと、雪也にもふつふつと怒りがこみ上げてくるのがわかった。駄目だと思っていてもその気持ちが膨れ上がる一方だった。


「――― なにが自分じゃなくなる、だよ。そもそもなにを持って自分じゃないって決めつけてるんだよ⁉それじゃあ俺や楓が変わろうとしていることを否定しているのと同じだ!俺や楓はお前に影響されて今までの自分を変えようと努力してんだぞ‼」


 これはただ単に響希に当たり散らしているだけだった。性格を変えろだのと響希に口出しされたことは一度もなく、彼の責任ではない。でも、響希に影響を受けて自分を変えてみようと、自分を見つめてみようと考えたのだ。


「他人の記憶なんて知ったことか。俺は以前聞いたよな?『お前の目標はなんだ』って。それにお前はこう答えた、『まだなにも』って。あのときは純粋になにもないんだとばかり思ってた。でもな、理由なくジオメトリに所属するやつなんてほとんどいない。野望でも後悔でも、所属しているやつが抱いている心があるんだよ‼理由がないならお前は心がからっぽ同然だ」


 雪也はいつしか響希の胸ぐらを掴んで引っ張り上げていた。顔色の悪い顔が眼前にある。


「・・・・・・ もしかしたら、そのひとの記憶がフラクタルへ執着していた・・・・・・ 起源が特別だと思うようになっていた元なのかもしれない」

「それでもっ、決定権は響希にある!今俺たちといるのも響希が選び取った道のひとつだ‼他人の記憶なんて無視して良いんだよ!」


 うつろだった響希の眼に光が宿った。それでいい、卑屈になるのは今じゃない。やるべき事があるだろう。


「そうだろう、か」

「そうだ。お前は蒲水響希で、会ったことのないやつなんかじゃない。俺が保証してやる。今はこの状況を打破する策を考えよう」


 響希はまだ足取りが悪いようだが、そのうち持ち直すだろう。もし駄目そうだったらけが人を外へ運ぶ役に任命しようと決めておく。

 さて、どう行動するべきか。


「――― リーダーは、研究棟へ向かったものと思われます。残る人員で研究棟へ・・・・・・ 」


 振り返るとサラに肩を貸してもらいながら執務室からまいなが顔を出した。気を失いそうになるのをかろうじてつなぎ止めていた。


「しかし研究棟は――― 」

「時間がありません。隔てている扉は開いていますので早急に地下へ向かってください」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぐので精一杯だった。まいなでは力也の力になれない。せめてもの思いで残る人員を応援として向かわせたかった。


「雪也君、わたしはけが人を外に運び出すわ。三人で行ってちょうだい」

「先輩、良いんですか?」

「アラアラ~~~、一丁前に心配事かしら?」

「もういいです。行こう」


 雪也は振り返らず研究棟へと走り出した。


 まいなのふざけた態度はわざとだ。後ろめたさが残ることのないようにわざといつものような態度で接したのだ。敵がどこに潜んでいるかわからないこの状態でけが人を連れてひとりで行動すれば、思うままに対処するのは難しい。それでも全員向かわせることが正解だと判断したのだ。

 だから相棒ひとり残して自分は進む。


 突き当たりに出たところで壁に寄りかかっている男がいるのを発見した。いけにもけんか慣れした風体で、複数人の足音を聞いているにもかかわらず、依然として動こうとしない。


「だれだ?」


 雪也の問いかけにへらりと男が返す。


「ここは通せんぼってな。ジオメトリをこれより先に通すわけにゃいかんのさ」


 雪也は眉を寄せた。この人数に対してあの余裕、よほど自信があるのか馬鹿なのか。


 雪也は目配せして楓と響希は先に進むよう伝えた。引き留めるくらいの時間稼ぎなら、雪也にでも可能だ。研究棟へひとりでも多くの人員を送り出す。


 楓は響希を抱きかかえ《増幅》を発動させて俊足で男の横を通り過ぎる。風を切ったような風圧がふたりをなでつける。


 彼の注意が彼女たちに向いた隙に《冷却》を発動させ、男向かって氷柱を突き立てる。彼女たちの邪魔はさせない、相手はオレだ。手始めに威力を弱めた攻撃を繰り出す。相手の技量がわからないのに最大出力の起源を発動させるのは致命傷だ。


 だが――― てっきり男は楓と響希に立ちはだかるものだと思っていたが男は通り過ぎようとするふたりの邪魔をせず、あまつさえ一歩身を引いて通りやすいように道を空けた。想定外の結果に《冷却》をキャンセルする。


「ん?おお、優しいな。このまま一方的に攻撃を仕掛けてくるやつだと警戒していたんだが、存外話が通るやつか、オマエさん?」

「話が通る奴かどうかは別として、自分めがけてくる攻撃がキャンセルされたのをみていたにも関わらずさも今気付いたかのように振る舞うのは、自分ひ弱ですよアピールか」


 雪也は皮肉たっぷりに言い放つ。たったひとつのアクションで理解するのに事足りた。この男は自分よりも力量がある。


「気に障ったか?それならすまんな。なにせ俺とお前さんとでは起源の相性が悪くてな、面倒なことこのうえない」


 自分のペースを崩さない絶対的覇者を思わせる重圧感。まともに闘ったら雪也なんて木っ端微塵にするなんて造作もないはずなのに、男はそれを実行しようとしない。

「俺は赤星あかほし武巳たつみ、紅檜皮のリーダーだ」


 今更これくらいのことでは驚かない。むしろやはりと腑に落ちた。数秒でも足止めできたら万々歳だと雪也は意を決した。


「――― ところでお前さん、起源でフラクタル内の消火を頼んでも構わんか?」

「・・・・・・・・・・・・ はい?」

「いやな、思ったより火の蔓延が早くて消火側に回ろうとしたんだが他のメンバーがジオメトリと交戦していて手が空いてないらしくてな。仕方なく俺がどうにかしようと奔走いていたんだが無理そうだ。そんなときにお前さんが現れてラッキーだと思ってたところなのよ」

「おいまてどういう風の吹き回しだ。お前はフラクタルの壊滅とやらを臨んでいるんじゃないのか」

「爆弾の設置については十柄がまさか俺を裏切ると思ってなくてな、こちら側でとっちめた。俺等の目的は人体実験に関するデータの押収のみで、俺の役割は足止めだ。てなわけでフラクタル自体の壊滅なんて目論んじゃいねえよ」

「つまり?」

「お前さんの命を取りはしねえ。むしろ協力してほしい」


 わけがわからないぞ、おい。と突っ込みを入れそうになったのを我慢する。もはや暗闇と闘っている錯覚にとらわれる。闘うべき敵何者であるのかわからなくなってしまった。事情を聞くにも時間は刻々と迫っている。


 ならば目先の消火活動にあたるべきだろう。


「――― わかった。フラクタル全体を凍らせて、鎮火させる。その代わり変なマネをされても困るからお前を拘束させてもらう」

「妥協案だな」


 武巳は雪也の案に従い、両手を差し出した。両手首に手錠をかけられる。そしてなぜか両足首にも手錠をかけられた。


「・・・・・・ おい、なぜ足まで拘束する必要がある?」

「あんたの起源を俺は知らない。下手に動かれでもしたら俺に危機が迫るだろ。裏切らない保証がどこにある?」

「俺の起源は《透過》だ‼両足首拘束されたらまともに動けやしねぇじゃねぇかこの野郎!わかったらさっさと外しやがれ!」

「・・・・・・ 証拠は?」


 疑惑の眼差しを向けられ、言葉に詰まる。雪也にとって武巳は敵であり一言一句信じる方が脇が甘い。彼の態度はしごく当然だ。そして武巳にその気がなくとも、証明する手立てはない。


「わーった。さっさと消火活動にあたってくれ、消防士さんよ」


 武巳は動きづらい身体を駆使して降参のジェスチャーをする。このまま口論していたら武巳たちまで丸焦げだ。それだけは勘弁ねがいたい。


「俺は消防士じゃない!」


 雪也は赤星武巳と仲良くできそうにないなと悟った。どことなく先輩のサラを思い出させるような態度と口調にうっとうしさを感じてしまう。


 それでもやるべき事はやる。


 雪也は廊下に手をつけて、渾身の力を込めて最大出力の起源を発動させた。どの戦闘のときよりも力強い全身全霊の起源。


 建物のいたるところに雪也の起源、《冷却》の起源の模様が浮かび上がる。


 そしてひとつひとつの雪の結晶の模様が千差万別に出現し、鼓動していた

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