第37話 点火
「・・・・・・ 先日、フラクタルが俺宛に出した手紙を卯水さんが隠していたにもかかわらず、内々に読んでしまいました。そこには経過観察として俺をジオメトリ職員としてではなく、フラクタル職員として勧誘する文面が記載されていました。――― そしてその夜、瀬魚伊弦と橙日けやきのものと思われる記憶を夢としてみました」
隠していても無駄だと思い、響希は真実を打ち明けた。美空の話す内容と夢の内容につじつまが合うのだ。加えてその日以降、起源を自由に扱えなくなっている。
「十中八九、その文章がトリガーね。・・・・・・ 楓さんはどう?」
「私は特に変わったことはないです。私は私、誰のものでもありません」
楓が断固として言い放った。
正直むかついている。自分の記憶のなかに他人の記憶が共存しているなんて想像もしたくない。十年前?そんなの知ったことか。自分の意思でジオメトリに所属する道を選択したのだ。見ず知らずの人間に操作されてたまるものか。
響希も響希だ。過去にそんなことがあったからって、簡単に自我を保てないようではジオメトリ失格だ。今までのままでいれば良いじゃないか。
「怒っているの?」
「ええそうです。虫唾が走るわ。だってあなたは、私は橙日けやきでもあると言いたいように聞こえる。他人と結びつけるのは自由だけど、それを押しつけるようなことをされたら不快になるのも当然でしょ」
リーダーの
違法
正直頭がこんがらがって今すぐに思考を停止させたいくらいなのだ。
「ごめんなさい。押しつけがましくしてしまったのは無意識だったわ。あなたは強いのね」
「俺の――― 俺の起源の不調は治るものですか?」
響希はなおも揺れ動く自分が自我を保っていられるのか不安で気が鎮まらなかった。
「言い切れないわ。ただ、あなたが
「・・・・・・ 」
響希は目をそらして自信なさげにものを言う美空に無言の圧をかけた。
「言いにくいけれど、封印が解けたときのことも予測不可能なのも事実よ」
言い淀む美空にやっぱりそうかと落胆する。前例がなさ過ぎて、対処法を解明するのは難航するだろう。
「で、その話がどうつながってくるんですか」
完全お通夜状態の空気に楓は水を差した。大本は違法具現装置の出所から始まった話ではあるが、派生して向こうが見えない。
「近々、田部六連が起源継承の実験を再実施する予定だとたれ込みを聞いたのよ。違法
「誰から?」
「研究員のひとりがわたしたちの協力者なの。彼女は裏切らないわ」
なるほど、と楓はぼやいた。そのたれ込みを仮に信じるとすると田部六連に事実確認を要求するべきだ。取り急ぎフラクタルに戻る必要がある。申し訳ないが詩内美空にはこのまま同行してもらい、全貌が明らかとなるまで行動範囲を限定させてもらおう。
「美空せんせいっ、フラクタルが‼」
そのとき、男の子が切羽詰まった様子で駆けてきた。
ぎょっとしているとその子は美空の手を引っ張って外まで連れ出した。楓と響希、マーニャも彼のただならぬ雰囲気に圧倒され、美空について行った。
「あれをみて!」
指さした方角には民家の隙間からフラクタルがうかがえる。
「う、うそ・・・・・・ 」
楓は思わず否定の言葉を口にしてしまう。
「なんじゃありゃ⁉」とマーニャまで声を挙げた。
響希も美空もある一点に釘付けになっていた。雲ひとつない綺麗な夜空にしては、空が明るすぎる。月光でないとしたらその原因はなにか。
「フラクタルが燃えてる‼」
外観を観察すると、まだ全体に火が行き渡ってはいないようだがそれも時間の問題だ。すぐに闇夜を切り裂く炎に呑まれてしまうだろう。
フラクタルが襲撃されているのか、はたまた別の要因か。考えることすべてが憶測だ。
「まずい・・・・・・ ジュリアからの連絡がつかない」
楓はフラクタルの光景をみるや間をおかずに通信できるか試した。しかし、いくら待っても応答せず、しまいには雑音まで聞こえる。今までジュリアがこちらからの通信に応答しなかった例がないことから、内部で何かが生じていると推測された。
骨伝導式のイヤフォンではジュリアの連携なしに違法
楓は逡巡した。響希は幹部ではないから、必然的に自分が指示をする立場に当たることになる。
このまま重要参考人を置いて、フラクタルへ急行して良いものか迷っていた。
「わたしは、逃げるようなまねは決してしないと約束するわ」
美空は楓の迷いの理由を察して、フラクタルへ向かうよう背中を押した。実際、雲隠れするつもりもなかったし、むしろ協力関係を築ければ良いとも思っている。願望に過ぎないが本心だった。
「・・・・・・ わかりました。後ほど調査を再開します。――― 響希、行くよ」
楓は割り切れない気持ちをなんとかして抑え込み、ふたりでフラクタルへ一度戻る選択をした。今詩内美空をフラクタルへ連行したところでフラクタルが危険な状態になっている今、メリットがない。状況確認が済んだ上で再度任意同行してもらうのが吉と出ると自分のなかで判決を下した。
「はい」
響希も簡潔に返事をすると、待たずにフラクタルへと走り出す楓について行った。
気持ちの整理がついていないが文句を口にするより足を動かした方が楓に追いつける。 ――― もちろん、直後に遅いと楓に言われ、またお姫様抱っこの形態で連れていかれるとは考えでもみなかったが・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます