第35話 研究機関、フラクタル

 散開した、と思ったときにはすでに敵集団は四方八方に散ってしまっていた。響希ひびきかえでを攪乱するための手法だ。

 しかし、楓はまるで目標が定まっているのか目標をひとりに課して突き進んでいく。そして一定の距離を保ちながら追跡していた。


「アテでもあるんですか?」

「乱入者のなかに見覚えのある顔があったの。ちらっとしか視認できなかったんだけど、おそらくあの子は以前私を助けてくれた子どもだと思う!」


 乱入者の平均身長がやけに低いと感じていたが、やはり子どもだったのかと疑念が氷解した。

 と同時に、また新たな疑問が浮上する。


「子どもがパーティーに乱入・・・・・・ それも敵組織を援護ですか・・・・・・ 」

「私もそれは気になってる。まあ、後の話は直接本人達から聞き出しましょう。――― 見失ったと見せかけて密かに追うわ。向こうもどうせ合流するでしょうし」


 楓はそれから意地の悪い笑みを浮かべて言い切った。


「大人を見くびるなってね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 楓さん、俺達も十分子どもの部類ですよ、年齢的に」


 散々言おうかどうか迷ったが、響希は一応付け加えた。彼女が自信満々にいうものだから言ったら機嫌を損ねるとは考えていたが、「わかってるわよ!」と頬を膨らませるのを見て、言うべきではなかったと後悔した。


 ひとしきりやり取りした後、本格的に尾行を開始する。


 一度足を止め、物陰から様子をうかがう。あのとき月乃と呼んだ男の子は、周囲の警戒をしているつもりなのだろうが、こちとら訓練を積んだジオメトリだ。子ども相手にやすやすと感づかれるようなへまはしない。一呼吸してから、彼は迷いのない足取りで暗がりの路地を進んでいく。


 それに倣うように響希と楓も後をつけた。しばらくして、高級住宅街に差し掛かる。

 響希と楓は顔を見合わせた。もっと身を潜めるのに最適であろう場所に向かうのかと勘ぐっていたが、予想の斜め上を行くような場所を進んでいくので、引き返すことも視野に入れた。


 しかし、そんな懸念はすぐに解消される。


 一際大きな館の門前では、先刻散開したと思われる仲間達がぞろぞろと寄り集まっていた。


「やっと戻ってきた!ジオメトリの奴らはうまく撒けた?」

「うん、手強かったけど何とかして引き離したと思う」


 口々に安全を確認していると、館からひとりの女性が集団へと駆け寄ってきた。若い彼らとは異なり、その女性は明らかに中年だ。


(・・・・・・ 組織のリーダー格か何か、か?)


 響希は考察をしながら、成り行きを見守る。女性は響希が腕を折った男性に声を掛けていた。


「あなたたち、なに勝手に行動してるのよ!逃げ場のない状態で、復讐を試みたところで私たちの立場が危うくなるってどうして考えられなかったの‼子どもたちを助けに向かわせなければ、今頃どうなっていたか・・・・・・ 考えただけでたまったものじゃないわっ。心配した私の身にもなりなさい‼」

「・・・・・・ すいません。復讐できなくても、みんなが目覚めるようなヒントがどうしてもほしかったんです。美空みそら先生が少しでも楽になれるようにって、考えた末のぼくたちの決断だったんです」

「じゃあ紅檜皮べにひわだを抜けたのは?」

「赤星さんがやっている方法では、一生皆と元の生活に戻れないって・・・・・・ 焦ってたんです」


 美空は一通りの動機を聞いて、ため息をついてから傷に響かない強さでその少年を抱きしめた。


「腕、痛いでしょう?先に戻って安静にしていなさい。診てあげるから」


 腕の中の少年は堰きとめていたものが決壊したのか、声を挙げて泣き出した。美空は母親ならばどうするだろうと考えて、やがて静かに頭をなでた。腕の中の小さな子が泣き止むまでさすり続けた。


 その場になんとも言えない静寂が漂っていた。


 響希は美空先生と呼ばれた女性が本心で安堵の表情を浮かべていることに気付いた。話の流れを察するに、独断行動した者がいたらしい。


 泣き疲れた少年が館に連れて行かれるのを確認してから、美空は残りの者に念を押した。


「ジオメトリに追跡されていたって聞いたけれど、この館の居場所は特定されてはいないわね?」

「はいっ。逃げ切りました!」

「なーにが逃げ切りました、よ。ジオメトリから逃れられるなんて一億年早いわよ。目論見が外れたわね?」

「ヒッ」


 楓は自信満々に返答する少年に向かって冷水を浴びせるひとことを容赦なく投げつける。


 響希はここで面と向かって堂々と身をさらした彼女に一種の感心を覚えた。響希は完全に空気に呑まれて出るタイミングを失っていたというのに、なんという大胆さ。


「・・・・・・ 先に家に入っていなさい。誰も外に出ては駄目だと皆に伝えておいて、いいわね?」


 美空は自分の背後に隠れてしまった少年を館に控えるよう促すと、現れた二人組を交互に観察した。彼らの主格だろうと思われているうちが好都合だ。


「わたしに何か用かしら?」


「違法具現装置リアライズ・ツール取引関与の疑いで、事情聴取させていただきたいのですが、ご協力お願いできませんか?」


 響希は楓がやらかしてしまう前にあえて穏やかな口調で任意同行を求める。話が通じそうな相手だと判断してのことだった。適材適所、こういうことは響希自身が担当した方がスムーズに事を運べるだろう。


 楓も響希に任せるかのように口を挟まないでいる。


 一方美空は追ってきたふたりが蒲水響希・末莉坂楓だと判明した時点で、どう話を進めるべきか答えは決まった。


「蒲水響希君・末莉坂楓さん、だったわね。――― ここで出会ったのも何かの巡り合わせなのかしらね」

「・・・・・・ 俺達をご存じなんですか?」

「そう、知っているわ。あなたたちよりもずっと、あなたたちのことを知っているわ」

「言っていることの意味が理解できません」


 楓もいきなりの展開に思わず口を出さずにはいられなかった。


「館へいらっしゃい。真実を知る権利が、あなたたちにはあるのだから」


 美空はふたりの困惑を余所に、敵を自陣に招き入れるような態度をとった。それは、自分は逃げることはないという遠回しの申し出でもある。力也は真実を彼らに伝えることを良しとはしないだろうが、美空にとってそれは考えとして初めからなかった。自分が抱え続けている、というのも嫌だという気持ちが時が過ぎるにつれて

増してしまっている。


 館に入ると、マーニャが面食らった顔をして美空に問いかける。


「アンタ、このふたりを招き入れちまったのかい?もう後には引けないじゃないか!」

「引くつもりもないから連れてきたのよ」


 端的に説明して応接間に連れて行く。ついでに彼女に人数分のお茶を用意するように頼んでおく。普段ならこういうことは美空がやるのだが、今回ばかりはマーニャにもいてほしかった。


「ライコビッチさん⁉なんでここにいるんですかっ⁉」


 マーニャは腰に手を当ててさもありなんと応える。


「そりゃあ、アタシも館の住人だからだよ」


 日常ならぶつくさ文句を言うマーニャであるが、このときばかりは彼らの驚きを無視してそそくさとお茶の用意に向かった。


「ライコビッチさんが館の住人・・・・・・ ってことは情報提供も彼女からだし、事前にパーティーの情報も入手していたってことよね――― ?」


 楓はますます脳内が混乱状態に陥った。何か表沙汰になっていないことが、水面下で生じている気がしていた。


「そう、私たちは情報を事前に入手していたわ。ただ、今回の取引相手は私たちとは別勢力の人達だった」


 美空はそれ以上語らず、響希と楓をソファーに座るよう促すとマーニャがお茶を持ってくるまで待機していた。話を再開するのは彼女が来てからで良いだろう。


 響希も楓も美空が続きを語ろうとするまで辛抱強く待つことにした。焦っていても仕方のないことだと割り切る。もんもんとした気分ではあるが、彼女が逃亡を試みることはなさそうで、現に通り過ぎる間に何人もの子どもたちの姿を確認した。大人は彼女とライコビッチだけしかいない。いきなり館を空席にするわけにはいかないことを彼女は示唆しているようにみえた。


 訴えに同情する気は皆無ではあるが、話を聞く分には問題がない。楓も反対していないので、取りあえず敵地に乗り込んだ気がしてならないが従うことにする。


「アタシが入れたお茶だから、味の補償はしないよ」


 ややあって、マーニャは淹れたてのお茶を人数分持って応接室に入室した。普段は自分の分だけで済ますので、分量も適当に淹れていたマーニャはいくらか緊張して手間取ってしまった。緊張したのはきっとそのせいだけじゃないと思うが、一応言い訳だけはしておく。

 美空が何を話すのか、気が気でなかった。


 美空はお茶を一口含み、それからカップに目をおとすと、思案した。


「―――――― さて、何から話そうか」


 十分長い間思案していたが、まずはジオメトリ側の知りたい情報を教えるべきだと結論づけ、美空はふたりに聞きたいことを問うた。

「・・・・・・ では、先程のパーティーの件について」


 響希はあえて名指しするのではなく、「パーティーの件」とひとくくりに纏めて弁明を求めた。彼女から語られる言葉の中から、本当に聞き出したいことを引き出そうという算段をつけていた。

 知りたいことは山ほどある。パーティーの情報の入手先、乱入してきた子どもたち、――― ゾーイ・ブレットを暗殺しようとした集団のこと。


 今回複数のことが同時に生じており、事態を把握するには生半可な捜査では解決することは困難を極めそうだと響希は感じていた。目の前で絶えず動じない精神を持ち合わせた人物が、何を語るのかが見物だ。


「事の発端は、べに檜皮ひわだのメンバーが違法具現装置リアライズ・ツールに手を出したことからなの。違法具現装置リアライズ・ツールを使用した人達がどうなっているか知っている?」

「いいえ」

「過剰使用をした者は例外なく昏睡状態に陥っているの――― 腰を落ち着けたばかりで悪いけれど、ついてきてもらえる?」


 美空は手にしていたティーカップを元に戻すと、席を立った。


 響希と楓は予想していなかった内容に愕然としつつも、美空の後に続いた。背後には黙ってマーニャも同行している。


 美空とマーニャは互いにハンガーに掛けてある白衣に袖を通すと、地下室家と通じる扉を押し開け奥へと進んだ。

 扉の外見は一見すると奥へと通じているとわからないほど、空間に溶け込んだつくりをしていて、本来であれば館の住人以外誰ひとりとして入れるつもりはなかったことがうかがえる。しかし、それにしても厳重で住人といえどもこのふたりどちらかの許可が必要なようだった。


「ここよ」

「・・・・・・・・・・・・ 」


 美空が示した先には延命装置を施された人達が、いくつものベッドで横になっていた。皆規則的に胸が上下していて、かろうじて生きていることがわかる。シグナル音だけが異様な存在感を放ってる。


「誰ひとり例外なく、皆同じ症状で昏睡状態に陥っているの。そして目覚めたことのある人たちの前例がない」


 美空が静かに言う言葉がただ耳を通り過ぎていく。

 隣にいる楓でさえも言葉を発することなく一点を見つめており、浅い呼吸を繰り返していた。


「違法具現装置リアライズ・ツールを使用した人達が、この症状に?」


 響希はやっとのことで言葉を絞り出した。


「ええ。治療法を探しているけれど、今のところ明確な手がかりとなるような成果は得られていないわ。――― この研究を十年間続けていても、なにひとつ」


 最後の言葉に悔しさが滲み出ているように聞こえているのは、きっと気のせいではないだろう。十年間、という言葉は響希が生きている時間の大半を占めていて実感が沸かない。しかし、彼女のその十年間は無念な思いではち切れんばかりにあふれていることは理解できた。


 響希は目覚める可能性が限りなく低い人達の顔を眺めた。


「響希君、あのひと」


 楓は横たわっている人のなかから見知った顔を見つけ、指さした。自身は関わってはいなかったが、報告書でざっとみた程度の人物。


「――― はやし翔流かける


 響希と雪也が担当した事件の重要参考人。彼は今頃フラクタル内の地下牢にいなければならないはずの人物である。この件の後任はリーダーこと松良力也が担当している。


 そして今、この空間にいるということは彼もまた昏睡状態ということになる。


「実は松良から彼をここで匿ってくれないかと相談されてね、引き受けることにしたのよ。違法具現装置リアライズ・ツール過剰使用の可能性を考慮した上での打診だったようね。彼が目覚めなくなってからの対応は早かったわ」

「リーダーとあなたの関係はなんですか?」


 響希の言葉を受けて、美空はまだ自己紹介すらしていなかったことにようやく思い至った。我ながら美空も突然の訪問者に動揺していたらしい。自覚していなかった。    

 マーニャをみると、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべている。わかっていたのなら最初から指摘しろ、という目線を恨みがましく送っておく。


 美空は咳払いして改めて名乗ることから始めることにした。


「わたしは詩内しないそら。十年前、そこにいるマーニャ・ ライコビッチ同様、フラクタル研究員として働いていたわ。そして松良力也は私の研究室の弟子でもあった」

「十年前ってことは、詩内さんたちはフラクタル火災をおりに辞職した職員のひとりなんですか?」


「噂程度には聞いていたようね。わたしとマーニャはフラクタルを自ら望んで立ち去って、この館に住むようになったの。ここはもとより父のものだったから住むのは簡単だった」


 美空はひとりひとりの容態を確認しながら話を続ける。彼らは何も言わずについてきた。


「わたしと力也の関係は、持ちつ持たれつかしらね。正直なところどういう関係か言い表せない」


 考えてみると自分と力也の関係とは何だろう、と美空は自問自答した。協力関係よりも親密な関係であり、仲間と言うには違う気がする。双方にとって得となりえる情報を共有している仲とでも言えばいいとも思ったが、美空自身が腑に落ちない。


「でも力也の見方よ」


 やっとのことで口にできる結論がそれだった。口下手なのは昔からだが、人との交流を避けていた部分が裏目に出た。


「力也がわたしに起源の情報提供をし、その代わりフラクタルの脅威になりそうな情報を彼に提供する。資金援助もすべて彼から受けているわ」

「その情報はアタシが身を粉にして仕入れてきてるんだけどねぇ」


 マーニャがやれやれといった仕草で横やりをいれる。


 研究職から情報屋に鞍替えしたマーニャはいきなり手探り状態で仕事をまっとうした。研究者ではあるが医者ではなかったため、必然とはいえ危険を伴う作業に何度苦労したことか。この時初めて自分の起源が役に立つことを知ったのだが。


「ライコビッチさん、違法具現装置リアライズ・ツールの出所を知っていたりしますか?」


 響希の問いに美空とマーニャは顔を見合わせ、頷いた。


「アンタ、その情報をどうするつもりだい?」

「内容によります」


 響希は質問に質問で返され、言葉に詰まりそうになったが卑怯ともいえる返答をした。トリッキーな事態で忘れそうになっていたが、今この場で主導権を握っているのはジオメトリであり、彼女らに拒否権は存在しない。


「フラクタル研究長――― 田部六連が、違法具現装置リアライズ・ツール関連の管理全般を統括してるよ。これは裏が取れているから真実さ」


 思いがけない人物の名前が浮上し、呆然としてしまう。田部六連は有名な実業家だ。これが事実であれば公衆の面前にさらされたらたまったものではなかった。


「田部六連って会ったことある?」

「いや、ないですけど写真程度にならみたことはありますよ。・・・・・・ 幹部級の人でもお目にかかれない人物であれば、俺なんか相手にしてもらえませんよ」


 幹部の楓すらフラクタル内で会ったことがないのなら、響希には資格すらないと思われる。そもそも会おうとする理由が見つからない。


「話しに聞いたんだけどね、フラクタル内には研究棟と防衛棟、すなわち一般にフラクタルと名乗れる人達とジオメトリを名乗る人達とで隔てられているでしょう。ジオメトリが研究棟に入るには許可が必要なのよ。というより滅多に入れてもらえない。入ろうにも深部には何重ものロックが掛けられていてジュリアでも解除が不可能なんだって」


 楓の説明に今更ながらそんな設備があったのかと感心してしまう。響希は端から研究棟に入ろうとすら考えていなかったが、同じフラクタル内でもジオメトリの扱いは手厳しいものらしい。


「で、ただひとり田部六連にお願いすれば研究棟へと足を運べるのが松良さんだって他の幹部が噂してるのを聞いた」

「おそらく彼は田部六連と取引・・・・・・ いや、駆け引きでもしているのだろうね」


 美空は作業していた手を止め、視線を宙にさまよわせた。予想はしていたが一体弟子はなにをやらかそうとしているのか。


「となると、彼を参考人として取り調べるしかないですね」

「無理だろうな、アイツは権力だけですべてをもみ消せる大悪党だ」


 マーニャは名前を口にするのも忌々しく、吐き捨てるように事実を述べた。


「話を元に戻しましょう。彼らがゾーイという実業家を襲ったのは間違いわ。わたしの監督不行き届きでもあるし、マーニャの情報管理能力が甘かったのもある。ただ、ひとつだけ言わせてもらうと、今日あの場で違法具現装置リアライズ・ツール取引を行うはずだった相手は別にいるはずよ」


 致命的なミスだった。目の前で行われていることがすべてだと思い込み、真実だと信じて疑わなかった。まさか真犯人は別にいるとは思いもしなかった。


 タイミングが悪いことに響希と楓は通信機器なるものを持ってきていなかった。潜入捜査のおりにバレたら元も子もないと思い、ジオメトリに繋がるような代物を身につけないようにしていた。

 楓の骨伝導式イヤフォンはジュリアからの指示を受けるためのものであり、潜入班リーダーのセオドア・メイギスと連絡するためのものではなかった。


 もはや彼が自力で真相に辿り着くことを願うばかりだ。


「・・・・・・ ごめんなさいね。謝って済むことではないけれど、あなたたちの計画をわたしたちが邪魔をしてしまって」


 美空はふたりの表情から事態を察した。怒りを抑えられず勝手な行動に走ってしまった子どもたちを止められなかったのは自分の責任だ。また、誰かが突っ走っていってしまうのを止められないでいる。同じ事の繰り返しだと痛感した。


 せめてもと思い、美空は館に住む子どもや少年少女の身元を伝えることを決心した。力也が知りたい情報のひとつでもあるだろうし、敵対していた紅檜皮の情報でもある。


「ゾーイを襲ったのは紅檜皮から離反してきた少年少女たちなの。紅檜皮はジオメトリに勝る力を欲したがために違法具現装置リアライズ・ツールに手を伸ばし、起源を最大に発揮できなかった子たちが使用した。でも、それが最悪な結果を生む事態となってしまった。彼らは自力でこの館を調べ上げて、助けを求めに来たのよ」

「では、ここにいる子たちのほとんどが紅檜皮だったってことなのね?」

「そうよ。紅檜皮のリーダーである赤星あかほし武巳たつみは過剰使用によって招かれる結果を知って、直ちに使用を中止した。ただ、彼らと一部のメンバーに仲違いがあったみたいで、武巳君はこの館を出て行ってしまった。危険を遠ざけようとしてくれたんでしょうけど」


 最近のことなのに、遠い昔のことのように思えた。動き出していた時が着実に針を進めている。彼こそが離反したメンバーであるのだが、彼を主軸としたメンバーのそうそうたる面々は武巳についていってしまい、実質残された者が離反組としての認識になってしまっている。


 性格上、兄貴肌の彼はまだロクに闘う思考もない子たちをむやみに世間の目に触れない方が身のためだと案じて残していったというのもあるだろう。実際残された子たちは、考えなしに突っ込んでいってしまっている。


田部たべ六連むつらは、わざわざ違法具現装置リアライズ・ツールを使用させることで何を得ようとしていたのでしょう?」

「アブナイ実験のデータを一番被害の出ない方法で収集しようとした結果だろうさ」「アブナイ実験とは?」


 マーニャは響希の問いに答えるための詳細を語るには役不足だと判断し、手で先を促すよう美空に誘導した。彼女は自分に回ってくるとわかっていたのかいくらか動作がぎこちない。


「起源はね、思考したことを実現させる能力のことなのよ」


 唐突に話し出した内容に、ふたりはたじろいだ。つながりがまったくみえない。しかし彼女は意味を持たない話をしないと、出かかった言葉を飲み込んだ。


 美空は淡々と真実を語り始める。


「その内容が人それぞれなのは、本人が体験した、一番印象に残った内容が能力に起因するから・・・・・・ つまり記憶の再現――― それが《記源》と呼ばれる能力のこと指す。記憶の源という意味合いで名付けられた名称」

「読みは同じでも、漢字が異なるのは・・・・・・ 」

「私の父が、意図的に変えたのよ。真実に辿り着いた父はひとの尊厳が失われることを恐れた。個人が個人であるための能力が悪用されるのはたまらなかった、と言っていたわ。ひとの記憶は本人のものであって、他人のものじゃない」


 ただ、と美空は付け加える。


「父のメッセージは今も施設の名前として使用されている」

「施設の、名前?」

「フラクタル――― この世のすべては、フラクタル構造により成り立っている。

例えば植物の構造、生き物の臓器の構造、それらすべてがフラクタル構造をしている・・・・・・ そして人間も例外ではない」


 そしてふと響希に笑いかけた。


「ジオメトリもフラクタル構造をしているものの名称から名付けられているのよ。力也は真実を見つけるのが上手。教えてもいないのに、根っからの研究職向きね」


 フラクタル、ジオメトリ、ロマネスコ、ジュリア。松良力也は心を込めてフラクタル構造をしているものから名前を借りた。


「起源の発動によって起こされた現象は、自分の思考を現実に引きずりあげて作り出した結果ということよ」

「しかし、記憶の再現というのは不確定要素ではありませんか?記憶が昔になるにつれて、俺たちの記憶は曖昧になっていくはずです」

「時がたつにつれて自分に都合の良いように記憶がねつ造されてしまう可能性がある、ということね。だからこそ起源発動によってもたらさせる結果は、自分次第なのよ」

「つまり記憶をベースに、願った方向へと再現させるということですか」


 次から次へと疑問ばかりが浮かんでしまい、釈然としない。思いもしない場面で起源について語られ、その内容が真実かどうか見極めるのも困難だ。しかし、リーダーとの関係性からすると嘘ではなさそうでもある。


 困ったことに、自分には荷が重すぎる。


 幹部級の楓でさえ、頭を抱えてしまっているのだからリーダーに直接報告するのがベストな気がした。一通り聞き終えた上で報告するのが最善手だ。


「これは十年前の話になるわ・・・・・・ ところで蒲水君、あなたいつから自分の起源が不安定になっているの?」


 不意打ちのような質問に響希は一瞬息が詰まりそうになった。だが、反射的に美空を見返してしまったことにより美空に悟られてしまう。


「卯水一三は、わたしの知り合いよ。彼から直接電話があった。・・・・・・ そして対面してみてそのことが確信に変わったわ」

「う、卯水さんと?」


 度重なる心の動揺は、もはや隠しようもなかった。


「――― 蒲水響希・末莉坂楓、あなたたちにすべての真実を語りましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る