第33話 乱入者

(――― なにが起こっている?)


 響希ひびきは突然訪れた闇にざわつく会場のなか、必死に状況を見極めるために目をこらした。しかし目が暗闇に慣れていないせいで何が何だかわからない。おそらくブレーカーが落ちたか、またはここの施設の電気系統に異常が生じたのだろう。《生成》でライトを出現させるべきか悩んだが、自分ひとりがライトを点灯すると標的になる可能性がある。

 事故でないとしたら、照明に異常を来しているのには意味があるはずだ。


【ジオメトリの潜入がバレたのか?だとしたら、相当まずい状況になったぞ】


 《交信》により、議論が交わされている。予想だにしないハプニングにジオメトリも困惑を隠せなくなっている。


 響希はそれでも徐々に慣れていく目をこらし続け、ふと、ある人物が行動を見せていることに気付く。


【ゾーイ・ブレットが動いた】


 かえでもそのことに気付いたらしく、いち早く報告する。


【・・・・・・ 了解。照明は我々が請け負おう。――― 響希君、楓、彼女を見張れ。そして取引現場を押さえろ!】

【了解】


 彼女の足取りがわからなくなる前に追おうと一歩踏み出したとき、さらに追い打ちをかけるようにガラスが割れる音がこだました。


 反射的に音のした方へ顔を向けると、複数の人影が脇目も振らずゾーイ・ブレットめがけて駆けてきた。その男達の手にはキラリと光る鋭利な刃物が握られている。


 楓と響希もそれを認めるや否や一目散にゾーイに走り寄り、彼女を守る態勢に入った。窓ガラスが割れたことにより、かすかな月光が薄闇に塗り替えられた。これで多少不安要素が減る。向かってきたのは六人。起源の使い手でなければふたりで充分だ。ゾーイを中心に人だかりの輪ができ、闘技場のようになる。


 彼らは他の実業家には目もくれることなく執拗にゾーイだけを狙っている。彼女には申し訳ないが、それだけは好都合だった。


 響希は刃物をたたき落とし一人目の関節を決め、襲ってくる二人目に投げつけた。彼らはもつれるようにして転倒する。次に隙が出た間に《生成》でライトを出現させ、相手の目に光線をお見舞いする。


 楓は顔面に増幅させた最大威力の膝蹴りをかまし、避けようとして後ずさる相手の足を払い、動きを封じた。彼女の身のこなしは、数時間前までヒールに慣れずよちよち歩きだった姿を想像させないくらいの俊敏さを見せていた。これもひとえに鈴のレクチャーのたまものだろう。


「あっ、ちょっと‼」


 しかし、ゾーイは悲鳴を上げると襲ってきた奴らから逃げ延びようと守備範囲から外れてしまった。パニックになっていて、楓が止めようにも聞く耳を持たない。討ち漏らした残党がゾーイに迫る。彼女が逃げた先には大勢の実業家が身を寄せ合って震えていた。


 薄暗がりとはいえ、夜目が利かないと歩くことさえ危ないのになぜ、ゾーイがどこにいるのかわかるのか。


(――― 服が、光っている!)


 蓄光系の塗料が塗られているのか、彼女のドレスの腰のベルトがかすかに光を帯びていた。奴らが彼女の位置を特定できたのに納得がいく。


 討ち漏らした残党は鈴がナイフを投擲し、沈黙させる。鈴は血しぶきが飛び散り、外野から悲鳴が上がったのも気にせずふたりを容赦なく瞬殺した。響希と楓のように情けをかけることのない戦闘スタイルだ。


 人落ち着きを取り戻したと一息つこうとしたところで、窓側から第二陣と思われる人影が現れた。ゾーイを殺さなければ気が済まないのか、次から次へと沸いて出てくるので、収拾がつかない。


 響希は唇を噛む。会場の出口は、われ先に脱出しようとしている人達で埋め尽くされている。しかし扉はオートロックが掛かっているのか固く閉ざされていて誰ひとり脱出することもままならない。完全にパーティー会場が孤立してしまっている。


 最悪なことに、今いるジオメトリのメンバーには機械に卓越した人員はいない。何とかして他のメンバーがセキュリティ制圧をジュリアに依頼している声が《交信》越しに聞こえてはくるが、現場にいるのとはわけが違う。時間が掛かるのは覚悟しておくべきだ。


 ゾーイを背後に感じながら対峙する。一連の流れで自分がただの実業家の弟子でないことが知れ渡ってしまった。響希はまだ立場が危うくなることはないが、ただ者ではない人達を招いたとして、東雲しののめ清治きよはるが今後どういう扱いになるのか気が気でない。


「はなしてっ、わたくしが誰だか知っているのでしょうっ!取引相手に乱暴するなんて信じられないわっ!いい加減離しなさいっ‼」


 守りを固めていた後方から、突然ゾーイのヒステリックな物言いが響いた。


 はっとして頭を振ると、ゾーイは何者かに人質として取られていた。


「――― 貴方達は、特殊警備部隊ジオメトリ、で合っているな?」


 迂闊だった、と響希は思った。

 このパーティーパーティー会場に敵も紛れ込んでいる可能性をなぜ考慮しなかったのか。後ろが完全にお留守になってしまっていた。ゾーイは背の高い中年のウェイトレス男に動きを封じられ、その喉元には鋭利な刃物が突きつけられている。


「ええ、そうよ」


 鈴は嘘を述べたところで意味はないと判断し、問いに肯定した。


「この女は、罪を犯した。ここで処刑する」


 男は簡潔にそれだけを言うと切っ先に力を込めた。


 何がどうなっているのか理解が追いつかない状態に、響希は平静さを失いそうになる。この場のメンバーの誰よりも圧倒的に経験不足だった。


 しかし、ゾーイの喉元に血が滲み出たところで男が握っていた刃物が宙を舞った。


 鈴は即座に隠し持っていた拳銃で、正確にナイフを狙撃したのだ。ジオメトリと知れ渡った今、武器を秘匿することに意味はない。相手の戦力を削ぐことが事件解決に繋がると判断しての対応だった。


「――― ぐっぅう」


 手に伝う衝撃に男は苦悶の表情を浮かべた。その隙に鈴はゾーイを突き飛ばし、男の腕を捻り挙げ、躊躇なく腕を折った。ゴリッと特有の音がしたが、気にしている場合ではない。


 響希達も残党の動きを封じるべく、動いた。鈴の続けの動きは無駄のない、洗練された動きであり、その場のメンバーを奮い立たせるのには十分すぎるほどだった。


「話はジオメトリに連行したら聞くわ。吐いてもらうわよ、違法具現装置リアライズ・ツールについて何もかも洗いざらい、ね」

「あいつは俺たちを騙したんだ!裏であの田部たべとかいう奴と共謀して、仲間を二度と覚めない眠りへと誘い込んだんだ‼」

「言い訳は後で聞くと言っているでしょう?黙らないと力尽くで黙らせるわよ」


 響希は残党を昏倒させつつ、田部という言葉に胸騒ぎがしていた。確かに彼女の動きは申し分なく、事件は解決に向かっている。ただ、本当にこれだけなのだろうか。


「やっとあいたぞ!」

「外に出られるわ!」


 そのとき、閉まっていた扉が開いた。セキュリティが開いたと言うことはジュリアが対応を講じたか、あるいは――― 小さな陰たちが脱出を試みようとする人達と入れ替わり、乱入する。


 響希達はぎょっと目を見開いた。しかし、時既に遅しである。


 乱入者は発煙筒をこちらに向かって投擲。辺り一面が煙に覆われ、再度パニックを呼び起こした。


 意識が削がれているうちに、残党が煙に乗じて自分たちが乱入してきた窓から逃走を図ったのだ。響希の手中にある男はかろうじて押さえつけたので逃走を図ることを阻止したが、残る大半に逃げられてしまう。


 響希はなんとか掴んでいた男の手首に手錠を生成した。


「俺が追跡します!」

「この場は任せろ!響希君、楓、追跡にまわれ!この場の始末は俺が請け負おう‼」


 端的に報告するとメイギスの檄が飛んだ。楓も「了解!」と叫び、追跡を試みる。パーティー会場を収めるためにメイギスの存在は欠かせない。よって役割分担的にふたりで何とかするしかなかった。



 すぐに追いかけなければ見失ってしまう。


 響希は階下に降りるべく方法を考えようとすると、いつの間にか自分が楓に抱き上げられていることに気付いた。


「私に捕まってなさい!」


 楓は響希を横抱きにするとひと言だけ叫んで、割れた窓から勢いよく跳躍する。風が頬をなでていく感覚が疾走しているのだと物語っていた。


「ちょっ、楓さん何やってるんですか⁉」


 驚いて声をあげると楓はなぐ風に声をもっていかれないように、声を張り上げて弁明する。


「これしか追跡方法が思いつかなかったのよ!お姫様抱っこくらい我慢して。《増幅》で何十倍もの筋力が私を支えてくれているから、大船に乗った気分で乗車してなさい‼」


・・・・・・ 乗車って――― どうせならこれは男が女にやった方が格好がつく。確かに響希の起源では追跡するための手段が手薄だとはいえ、気恥ずかしすぎる。誰かに見られでもしたらどうしてくれよう。


「誰も見やしないわよ!視界に入ったって人だと認識する人はいないと思う。目で追いつけないくらいの早さだもの、私たち‼」


 響希はお姫様抱っこの体勢でいることを諦めた。


 おんぶにしてほしいと申しつけようとも考えたが、体勢を立て直すにも時間が惜しいし、おんぶで駆け抜けるのは相当熟練した者でなけれ

ば難しいだろう。


 それに敵側は楓に劣ることのない速さで疾走している。全員が似た起源で構成されているのか定かではないが、イレギュラーな事態である。全員が逃走可能でかつ、ジオメトリの起源でもってしても距離を詰めることができない。四の五の言っている場合ではなかった。


 せめて何かあったときに楓のサポートができるよう、心の準備をしていく響希であった。



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