第31話 東雲清治という男
一通り身だしなみを整え終えると、最終確認のため店の一部屋を拝借した。この日は貸し切っているので人が入ってくることはない。
「いっておくが協力体制を取れるのは今回だけだ。一度この手を使えば、二度とこの手は通用しなくなる」
「
なおも笑みを絶やさずとんでもないことを言い募るので、疑問の声が上がる。
「なら、なんで要請を受け入れたんですか?」
「友人、
「他には?」
「自分の身の回りの知り合いが、悪さをしているならとっちめてやりたいだろう?」
待ってましたとばかりにウィンクと指をパチンとならした。
顔が良いからか、リーダーのウィンクとは比べものにならないくらい魅力的にうつる。
「響希君、正義はひとそれぞれなんだよ」
見透かしたように、清治は響希に反論をする。心を読まれたようで、響希はギクリとした。ちなみに響希はメイギスにより顔を少し変えている。起源の特性は定かではないが、顔色を読めるのであれば、自分の顔と変わらない。恐ろしい起源だと思った。彼が見方であって良かったと心底思う。
「東雲清治の連れとして潜入するのだから、気合いを入れてくれ。正体は明かさず、できるだけ穏便な対処を。――― 期待しているぞ」
「最大限の配慮をします」
「そのいきだ。――― では女性潜入メンバーにプレゼントだ」
清治は手にしていたアクセサリーを楓と鈴に手渡した。
「・・・・・・ これは?」
イヤーカフにも似た大ぶりな耳飾り。それぞれ楓の葉と鈴を彷彿させるようなデザインだ。
「特注の骨伝導式イヤフォンだ。このタイプであれば、誰も無線で指示を受けているなんて思わないし、音漏れの心配もないだろう?」
清治は得意げに解説をする。
「潜入メンバー全員に配ろうかとも考えたんだが・・・・・・ 皆が付けていたら怪しまれるのではないかと思ってね・・・・・・ 楓君と鈴君なら装飾品を身につけても何ら不思議もない」
「――― という訳だ。ジュリアからの指示は楓と鈴が逐一他者に報告するように。ピーター、頼んだぞ」
「了解。いいか、くれぐれも《交信》の範囲外に出たら指示が聞こえなくなることを肝に銘じておけ!」
ピーターは荒々しく宣言した。
ピーター・リッチの起源は《交信》。俗に言うテレパシーと同等の能力だと考えた方が理解が早い。射程範囲内であれば自由に会話が可能となる。しかも、自由に対象を決めることができる。
だから今回ネックとなるのが、外部ジュリアとの通信方法だった。しかしこれも、清治の計らいにより解決した。
目先の懸念材料はこれで一応解決したことになる。
あとは、パーティー会場へと出向くのみ。
一同の緊張が高まった。
「さっきから、そういきり立っている理由はなにかしら?」
「うるさいっ!」
「まあ、だいたい予想はつくけれど」
「ああ⁉」
噂を聞いてしまった。耳に入れるつもりはなかったが、勝手に入ってきてしまったのだからしょうがない。
潜入捜査チームに東雲清治が協力者として参加している、なんて聞いてしまえばうろたえるのも仕方がない。自分の目標であり、生涯わかり合えないと思っている人物。
「それをリーダーが察したから、私たちは潜入捜査から外されたのねえ」
サラがしみじみと言うものだから、逆上してしまいそうになる。ようやく呪縛から解放されるにいたれるようになったというのに、いざ目の前にすると、自分が嫌になる。
すんでの所で心を落ち着ける。
「アラアラ、ごめんなさいねえ。気に障るようなことを言ってしまって」
雪也は無言でにらみ返した。その語尾を伸ばすような口調はわざとか。
サラ先輩は適格に胸を抉るようなことばかりを投げてくる、正確無慈悲な先輩だった。雪也はそれが苦手で煙たがった。なのに愛想尽かすことなく、時として、先輩として振る舞うのには戸惑う。
雪也はテロチームとして参加することを言い渡された。配属先がテロチームであることに不服はないが、噂を聞いてようやく合点がいった。どうせ父親と行動を共にして、面倒事が増えるのは得策ではないというリーダーの判断だろう。実質、間違っていない。
それに、
東雲清治は起源を用いた職業の先駆者としての地位が高い。
起源所持者としての能力を最大限に生かせるような職場を創設することを主に生業としている。フラクタル防衛人員のジオメトリを結成する際のアドバイザーとして、一時期籍を置いていたことがある。
そんなこんなの事情があって、ジオメトリ所属したての頃は肩身が狭い思いだった。どこにいても、有名人の息子だのと言われ続ける。雪也が所属できたのも、親の七光りだと揶揄したひともいた。
響希と組む前はどこにいても父親の名が出てきて、自分はそんなんじゃないと証明するために、無遠慮な態度をとり続けていた。だが、響希の波風の立つことのない純粋な心を持つ人といることで、いかに我が儘だったのか思い知らされた。
だから変わろうと自分なりに進もうとしていたのに。
「・・・・・・ 任務を忠実に遂行するだけだ。気に障るようなことなんて言われた覚えはない」
サラは雪也の成長を言動から感じ取った。
「忠実に、ね。簡単に捜査できれば私たちの気苦労くらいは減るのだろうけど――― 」
しかし、雪也とこうして無駄口を叩いているのにも、理由があった。サラはジオメトリが待機している集団外、若干人だかりになっている場所から自分と同じ制服を着た仲間がこちらへ戻ってくるのを視界に入れた。
「
サラの問いに雪也の意識が戻される。
捜査をしようにも、警察官が現場検証中とかで現場に入らせてもらえない。少し前にジオメトリと警察がそれでひと悶着を起こした。到着が遅れてしまった十柄さんが仲裁に入り、事なきを得たのだが、これによりますます調査再開が困難となった。・・・・・・ 誤解を招かないようにいっておくが、雪也は関与していない。
「うーん、現場には何も。それ以前にウチらが調査しようとしても、警察がゴタゴタ小言を並べるものだから、参っちゃって。調査も実行できない状態」
「何とか説得して、あっちが上と掛け合ってるところ」
萌奈は親指をくいと警部らしき人に向ける。親指の先にいる男は、電話で誰かと話し込んでいるようだった。
それを聞いていた一同は肩をすくめる。どうせ上と交渉したところで結果は分かりきっている。
これは残業になるレベルで大変な作業になりそうだな、と雪也は腕を組んだ。
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