第30話 衣装決め
パーティーに潜入捜査するにあたり、該当者は取り急ぎ服装を整える必要があった。ドレスコードは自分たちでやらなければ、有事の際に問題になりかねない。男性陣は有名人に負けず劣らずのコーデをするのに手間取った。なにせ普段から着崩した格好を好む集団である。突然衣装を着てこいと言われて対処できる面子が揃っていない。
そんなわけで、メイギスの知り合いの協力のもと、それぞれの衣装を決める大会が開催されているのである。
序盤は皆真剣に潜入捜査用の衣装を選んでいたのだが、ひとりが遊び出すと緊張感そっちのけで盛り上がってしまっている。終いには、タキシードにどこかの大金持ちの御曹司か何かかと突っ込みたくなるきらびやかな袴を着て楽しんでいた。
嫌な予感が渦巻いていたまいなは、ついてきて良かったと胸をなで下ろした。そのまま選ばせた衣装で潜入されては、目立つ以外の選択肢がない。明らかに警戒されるのが筋だ。
「――― 全員一列に並びなさい」
般若の顔をしたまいなに一同はすくみ上がり、おとなしく指示に従った。順々に仕立て上げられる。
「そうやって、代表の服も見繕ってあげてるのかい?」
「なっ――― 」
慣れているのか、一足先に自分の衣装を着こなしていたメイギスがニヤニヤしながらまいなをからかい始める。メイギスは
「服なんて自分で調達できるでしょう⁉今回あなたたちのを見繕っているのは、パーティーに縁のない可哀想な人達が浮かないようにするためですっ」
動揺を隠せず、がなりたてるまいなであった。辛辣な言葉を向けるのは相変わらずであるが、平静を装う余裕をもててないことから、嘘がバレバレである。
実は秘密裏に「まいなツンデレの会」なるものが結成されているのは、一部のファン界隈では有名だったりする。ちなみに一度露呈したときは、とんでもない形相で会員全員をあぶり出す手腕を発揮し、半日で壊滅にまで追い込んだ。しかし、まいなの隠然たる力にひれ伏す柔な会員はいない。後日再結成し、ファンの間での楽しみのひとつとしてひっそり存続している。
順々に飾り立てられ、有名人に引けを取らない姿に変身を遂げていく。
「…… 響希君、だったね。君は若いからか着せられている感が拭えないね」
メイギスは上から下までチェックすると、顎を撫でながら感想を述べた。
基本フォーマルスーツなので皆一見すると似たような出立をしているが、それぞれの個性が出るように工夫されており、手際の良さがうかがえる。しかし十五歳の響希にはいささか背伸びしたように見えてしまう、なんとも言えない格好だった。
恥ずかしながらこれが初めての正装である。
「これしか似合わなかったのよ」
麻衣さんがすかさずフォローを入れるが、自分の顔では釣り合わないことが誰の目からでもわかった。もう仕方ないとはらを括るしかない。
「…… メイギスさん、よろしくお願いします」
もはや何をと言わなくても察して欲しい。残りのことは彼の起源に任せようと心に決める。
「任せろ、俺にかかればお安い御用さ」
宥めるようにメイギスが響希に言うと、カランと音を立ててひとりの男が店に入店してきた。貸し切りにしていると言われていたので、急な来訪者に思わず警戒態勢になる。
しかしその男の顔をはっきりと確認すると、響希以外の皆が息をのんだ。
「おっと警戒を解いてくれるかな?私は今回の作戦に協力する
その男は朗らかな笑顔で呆然とする人たちに話しかけた。響希とメイギス、麻衣以外の全員が固まって動きを忘れていた。
少しの沈黙の後―――
「ええっ‼あの指折りの実業家の!」「起源の第一人者のひとり!」「おれ、サインもらうわ」「
口々に思いの丈を訴えるために、清治を取り囲む。
響希は改めてまじまじと東雲清治――― 雪也の父親の顔を見た。
父親譲りなのだろう。とんでもなく雪也は父親に似ていた。しかし彼の場合は近くにいるだけで雰囲気が華やかになり、雪也とまた違う一面を持ち合わせていた。彼から生まれたのが雪也だと、にわかに信じ難くなる。
「雪也と瓜二つ、ですね」
以前ミアプラと衝突した際に会い見えた、双子の少女達をふいに思い出してしまった。…… あの後の身の振り方を響希は聞いていない。彼女達は今頃どうしているのだろうか。
「そりゃあそうだろう。息子だしな」
いわずもがなだとメイギスは人垣を見ながら口を挟む。
「有名人か何かですか?」
響希の問いに仲間のひとりが反応する。
「バカお前!東雲清治を知らないのか?屈指の有名人だぞ⁉世間知らずにも程がある
だろ」
矢継ぎ早に言葉を重ねられて反論の隙も与えられなかった。知らなくても何不自由ないだろうに。ジオメトリのなかでは響希は世間に疎い人物としての認識が強い。一度、「実はどこかのお坊ちゃんだったりして」とからかわれたこともある。が、もちろん大金持ちの御曹司でもなければ有名人の息子でもない。
「君が雪也とバディを組んでいた少年かい?」
取り囲まれている端で一際若い少年を見つけ、清治は声をかけた。
「ええ、まあ」
若干無知なことの申し訳なさを抱えつつ、響希は肯定した。
「私の息子はコンプレックスを抱えていてね。うまく父親としての接したかったのだけど、不器用でそれができなかった。息子の性格は愛情不足の現れなんだ。――― どうか嫌わないでやってくれないか」
「嫌いになれるはずがありません。雪也も雪也なりに、俺のことを気にかけてくれてますし」
偽りのない、率直な思いを清治さんに伝える。
清治は「ありがとう」と頷いてみせると、話を切り替えるために表情を引き締めた。
「ここは、私の息が掛かった店でね。ここで支度をすれば情報が漏れることはない。古い友からのよしみで、ずっと協力体制を維持し続けているから心配しないで準備を行ってくれ。それと、担当の者はしっかり女性をエスコートするように・・・・・・ ああ、ほら、レディーたちのドレスアップが終わったようだ」
清治は奥の方から準備を終えて戻ってくる女性の気配を感じ取り、迎え入れる。
「あの性格の人から雪也が生まれただなんて、あいつはどこをどう間違えたんだかな」
ひとりが響希に聞こえるよう耳打ちした。たしかに、口調が荒い雪也とは大違いの人物ではあるが、なんとなく先程の対応の落差をみせられて、彼の気持ちがわかる気がした。
清治には尊敬を抱くほど優雅な気品を持ち合わせている。その仕草を見ていると、気後れしてしまわないよう任務を遂行しろと気合いを入れ直されている気分になった。
「お手をどうぞ、お嬢様」
ふたりを定位置まで誘導するその仕草は手慣れたもので、慣れない男どもは緊張した面構えで出待ちしてしまう。
今回潜入を行う人数は男性四名、女性二名。他はパーティー会場の外から援護・警備を務める。協力者が東雲清治しかいないため、最低人数でしか送り込めない。
男性ひとりにつき、女性ひとりを同伴させたかったのだが、いかんせん女性の人数が不足している。必然的に女性二名は潜入組となる。ひとりは末莉坂楓で響希の同伴者であり、もうひとりは紺良鈴、ロマネスコ所属だ。絶えずお下げの髪型をしているが、このときばかりは髪をまとめ上げ、洗練された美しい女性という姿だ。立ち居振る舞いが完璧だった。後に起源の補正があるのがもったいないくらいである。
一方楓はセミロングにカールをかけ、インディアンレッドのドレスを身にまとい凜々しい女性像が完成されている。あどけなさが残るが、目を奪われる美しさに息をのむ。楓は高いヒールが履き慣れないのか、おぼつかない足取りで清治にエスコートされていた。
時が止まったように誰もが、動きを止めてしまう。
「――― 役得だな、少年」
肘をつかれ、羨ましげに睨まれる。
全然役得じゃない、と響希は内心反発する。これでは自分が見劣りしてしまうのが決定的ではないか。
「どうかな?変じゃなければ良いんだけど、気になるところがあったら遠慮なくいってね」
楓はようやくの思いで響希の元まで行くと、その場で一回りして感想を求めた。
あーでもない、こーでもない、と楓なりに時間をかけて店員のアドバイスも参考にしつつ、めかし込んだ。しかし他者目線も気になるので、茶化すことなく本音を伝えてくれる相棒響希の意見も取り入れたかった。しかし――
「あ・・・・・・ えっと、きれい――― です・・・・・・ 」
最後の方は消え入るように響希が返事をするので、楓は顔を曇らせた。いつもなら率直に意見をいうのにこのときばかりは言葉を濁す。期待と違ったので悔しくなった。
無理矢理言わせたような形になってしまい、哀しくなる。
「――― 響希君、こういうときこそ素直に美しいと言ってあげなさい。楓さんがいらない取り越し苦労をしてしまうよ」
清治は初な反応を見せる響希をみかねて、アドバイスをおくる。どんなことがあろうとも水面に波が起こることのない性格の少年だと認識していたが、彼も雪也と同年代なのだと思い知らされる。
「すいません、つい。・・・・・・ 完璧すぎて、俺が申し訳ないくらいです」
響希は謝罪と言われたとおり本心を口にした。
「ん・・・・・・――― それなら、うれしい」
楓は照れくさそうに頬を染めて、感情が顔に出ないようにまた一回りする。
ふわふわに広がるスカートの裾がなびいていて、まるで妖精が舞い降りたかのような空間が演出される。
「楓ちゃん、響希とじゃなくておれと一緒に潜入捜査しよう!」
紺良鈴とバディを組んでいるエリック・マクミランが突如楓のバディ役を買って出た。そこを糸口に次々とあぶれたメンバーが我先にと名乗り出る。
「あはは・・・・・・ 残念だけど、今の相棒は響希君なので」
苦笑いを浮かべ楓は響希の腕を取った。
一斉に響希に視線が寄せられる。あぶれた人たちの視線が怒りに燃えていた。
「――― エリック、わたしを差し置いて楓と潜入捜査しようだなんて、虫が良すぎないかしら?」
とそこでスカイブルーのドレスをはためかせ、鈴は自分の相棒であるはずの男ににらみをきかせた。美人が凄むとかなり迫力があり、有無を言わせない圧力がある。
「滅相もありません、い、今のは冗談です」
「なら冗談に聞こえる冗談を次からは言ってね?」
――― 満面の笑みが怖い、とその場にいる全員が満場一致の気持ちになった。
鈴はヒールを履き慣れているのか慣れた所作で歩いている。その場で蹴りを放ってみたりと全体の動きの確認をしていた。丁度良いくらいの高さの蹴り技を披露しており、まるで社交ダンスでもしているように見える。
「チッ・・・・・・ スカートのなかが見えん」
あぶれたメンバーのひとり、ピーター・リッチがボソリと零す。
次の瞬間、ビュンという音と共にピーターの顔面めがけてヒールが突き出された。寸止めで。
よける間もなく繰り出される正確な蹴りに、ピーターは腰を抜かす。
「おめえ・・・・・・ !あぶねえだろうがっ!・・・・・・ って――― 」
ピーターは仲間にいきなり殺人級の蹴りをお見舞いしようとした鈴に反抗しようと、顔を上げたが、めくれたスカートの裾から見える太股についている装備を発見し、呆れた。
「相変わらず、ものすげー暗器の量」
「このくらいがベストよ。女は至る所に隠せる場所があるのよ。――― 全部確認してみる?」
そういうと、鈴はスカートの裾をたくし上げ自分の太股に巻き付けてある大量の暗器を晒した。
拳銃にナイフ、
「足だけじゃないんだけどね、まだ見る?」
「「「あっ、もうダイジョウブです」」」
これ以上どこに隠す場所があるのか気になるが、詮索しない方が身のためだと直感が告げている。バディを組むようになったのは最近のことなので、彼女の詳細を知るエリックは現場でどのような対応しているのか想像するだけで恐ろしくなった。
「そう?せっかくだから丁寧に説明してあげようと思ったのに・・・・・・ 。じゃあいつまでも楓の歩き方がぎこちないからコツを教えに行くわね」
残念そうな表情から一変、次の目標を定めると、鈴は楓の手を取って奥に消えて行ってしまった。
「いやはや、最近の女はおっかねえなぁ」
彼女たちの背中が消えるまで見送りながら、エリックだけが飄々とした態度を貫いている。彼女の相棒は彼に任せるのが適任だ、と彼以外全員が思った。
清治はただ子どもたちを見守る父親のような立場で一連の流れを見ていた。――― 微笑みながら。
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