第28話 合同会議

 合同会議があるという通知が端末から寄越されたので、ひびは急いでジオメトリへ向かった。

 おそらく情報提供者からの情報を元に、捜査を開始するのだろう。情報には期限がある。早ければ早いほどこちらの有利となる。妥当な判断だった。


 着いた頃にはもう会議は始まっており、響希はそっとドアを開けた隙間から身を滑り込ませ、入室する。するとこちらに気付いたかえでが小さく手招きしてきた。


「戻ってきて大丈夫だった?」

「ええ、軽症だったみたいなので数週間の入院で済みそうです。・・・・・・ それより、合同会議の概要は?」


 楓の囁き声に囁き声で返す。


「私たちが入手した情報提供者からの情報、あったでしょ?違法具現装置リアライズ・ツールの入手ルートにめどがついたから、手分けして摘発するらしい」


 やはりそうだったか、と響希は納得する。となるとかなりの人員が摘発側に回されそうだ。

 

 楓は響希の意図をくんだのか言葉を加える。


「今回、摘発には半分しか人員を導入しないみたい。テロの事件がまだ解決していないから、そこの人員を減らすわけにはいかないって、リーダーが」


 視線で示す先、リーダーは大モニターを前にして綿密な計画を説明している。


 大まかには、本来の目的であるフラクタル防衛チーム、テロ解決に向けたチーム、そして違法具現装置リアライズ・ツール摘発チームの三グループに分けられている。響希は違法具現装置リアライズ・ツール摘発チームに組み込まれていた。もちろん楓も含まれている。


 困ったことは、本日行われる違法具現装置リアライズ・ツールの取引場所がひとつではないことだった。三グループに分断されている上に、さらに分断しなければならない。人員配置をミスすればこの先何が起こるかは想像がつかない。


 しかし響希にとっては任務があることが幸運に思えた。他のことを考えなくて済み、心が比較的軽くなる。オンとオフの切り替えが得意なことが、御の字だ。


「俺はフラクタル防衛人員として参加する。手薄になったところを叩かれては意味がないからな。 ――― フラクタル防衛チームのリーダーは俺。テロチームのリーダーは十柄萌奈とつかもな 、違法具現装置リアライズ・ツール摘発チームのリーダーはセオドア・メイギスに一任する。皆ジュリアの指示に従いつつ、適宜行動するように」

「了解」


 ジオメトリに所属する全員の声が室内に木霊する。

 

 会話をしたことはなかったが、リーダーを任されたのはふたりともジオメトリ幹部だ。適切な人員配置といえる。


 合同会議を終えるとそれぞれのグループでの会議に移行した。


 違法具現装置リアライズ・ツールに関しては一番の難所といえるので、腕利き達が配置されているようだ。


「セオドア・メイギスだ。この一日限りの部隊を指揮することになった。厳選なる人員配置の末、ここの者たちは参加を許されている。気を引き締めろ!ついて行けなくなった奴から死んでいくぞ‼」


 初っ端からあおり文句をけしかけてくるメイギスに響希は気圧される。そんな方法で活気づけているつもりなのか。


「いいぞー隊長!」

「ぶちかますぞ‼」


 響希を余所に、他の者が次々と声を挙げる。まるで海賊船に乗った気分になった。


「メイギスさんは血の気が多い人だから、こういうことになるとあおり文句が売りになるの。周りの皆もメイギスさんの勢いに乗るタイプで構成されていることが多いから、一緒になったときのために消化しておいた方が良いよ。ちなみにジオメトリの性格が面倒な人の一部」


 冷静な楓に対して苦虫を噛み潰した顔を隠せない響希は、ジオメトリの人達は真面目な性格の人が少数派なのではないかと薄々勘づいていた。リーダーといい雪也といい、眼前のメイギスさんといい、近寄りがたい人達で溢れかえっている。ひょっとして楓とバディを組めただけ幸運なのか。


 取引が行われる場所は二カ所、公的な場で行われる取引と私的な場で行われる取引。これはまた対照的な現場になる。苦労を有するのは圧倒的に前者であり、主戦力はそちらに回すことになる。有名人が集う社交パーティーが開催され、そのさなかに裏では取引が実行される。違法具現装置摘発リアライズ・ツールだけでなく、不穏分子の一斉摘発となりそうな予感が色濃くなった。それなりの有名人が集まるパーティーらしく、摘発されれば間違いなく大事になる。


 潜入も慎重にことを運ばなければならない。ネックとなるのは、どのようにして潜入を遂行するかである。


「あらかじめスタッフを潜入させておくとか?」


 ひとりが発言する。


「今からか?さすがに向こうもセキュリティやらの対策を怠ってはいないだろう。当日参加のスタッフなんて配置するのか?」


 皆が行き詰まり、頭を抱える。全くもって良いアイデアが思いつかない。あまり猶予は残されておらず、焦りが滲み出る。


「いっそのことパーティーの参加者として出席できれば良いんでしょうけどね」


 響希も顎に手を添え解決策を模索する。

 そもそも有名人たちが参加するパーティーに、いくら自由参加であったとしても、実業家でもないジオメトリの人間が参加できるわけがない。


 唸り声を挙げるなか、ひとりの男が快活に会議に参加した。


「諸君‼困り事かい?」


 この作戦に参加していないリーダーが口を挟んだ。いつのまに自分たちの会話を聞いていたのか。


「社交パーティーの潜入作戦の妙案が思い浮かばなくてな。せめて早期の段階から計画を練れていれば状況打開策があったのかもしれんが・・・・・・ 」

「潜入ならコレがあれば百人力だよ」


 りきはメイギスに一枚のカードを手渡した。怪訝な顔をして、皆で顔を寄せ合って手渡された手もとをのぞき見る。


「身分証明書⁉しかも今回開催される社交パーティー専用のID カードじゃないか?どうやって入手した?」


 他人の顔がプリントされたID カードから顔を上げ、思わぬ状況にメイギスは出所を疑った。


 対して力也はまだまだ甘いな、とでも言うようなドヤ顔で決めポーズをかましながらガブリエルモードで応答する。


 「ジュリアに任せればこれくらい容易いさ、フッ。マイマイに土下座して数人分の偽造ID カードを作成してもらった」

「お手柄だよ、代表。あの麻衣さんの許可が下りたなんて、どんな血の滲むような努力をしたのか想像に難くない。この恩は忘れん」


 感極まっているふたりに響希は冷めた目線をおくる。・・・・・・ この面倒くさいふたりの相手にしている麻衣さんを心から尊敬する。それはふざけた態度をとり、お願いしてくるひとたちに土下座を一回はしてもらわないと気が済まなくもなる。


 力也はメイギスと友達ごっこをし終えると、振り返り宣言する。


「ジオメトリは顔が割れている可能性も考慮してテキトーに美男美女な顔を作成してもらったが、この偽装ID カードは数に限りがある。変装はメイギスの専売特許だから問題ないとして、本当は名乗り上げた者から美男美女になる権利を与えようと思ったんだけどねぇ――― 」


 リーダーはなおも続ける。


「今回は元から対象になる人員をあらかじめ選出しておいた」

「もったいぶってないで早くいってください。グループ会議が時間の無駄になったじゃないですか」


 ついに楓が話に割り込む。潜入方法があったなら時間を浪費せずに行動に移行できたのに、後出しのように付け加えてくるリーダーに歯がゆくなった。


「まあまあ、お詫びに潜入捜査の権限が楓ちゃんにはあるからね。響希君もバディだから潜入捜査のメンバーに加えてあるよ♡」

「・・・・・・ はあ」


 全然お詫びになっていない。

 颯爽と退出していくリーダーの背を見つめながら嵐の後の静けさに身を委ねる。しばらく皆無言になってしまう。


「ところで、変装がメイギスさんの専売特許というのは?」


 ふと先程疑問に思ったことを口にする。


「ああ、おれの起源は《虚像》、変装なんてお手の物でな。潜入捜査を頻繁に担当することが多いんだ」


 だから普段から見かけないというイメージが強かったのか。


「おれが起源を解除するか、死ぬまでは効果があるから安心しろ。逆に勝手に効果がなくなったら死んだと認識しろ」


 真剣に忠告する姿に、きっと修羅場をくぐり抜けてきた過去があるのだろうと悟った。冗談ではなく本気でいった言葉だと理解する。


「よし。テメェラ!取りかかるぞ‼」

 

 メイギスの怒声を合図に再度皆が沸き立った。


「メイギスさんが担当するところは賑やかっスね」


 そんな一角を眺めながら雷越健太は甘ったるいジュースを飲みながら感想を呟く。まいなは諦めにも似た溜息をついた。

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