第27話 隠し事

卯水うすいさん、膝が悪いのなら早めに病院に受診してください」

「うるさい。お前が心配するような状態じゃあなかろうが。近所の奴らが大袈裟にいいふらしおって」

「転倒して、車椅子でなければ動けないほどにまで悪化していれば誰だって心配するでしょう。近所の人たちにはお礼に行くつもりです」

「せんでいい」


 この日、ひびはリーダーから休暇をもらって卯水さんを病院に連れて行っていた。


 病院に向かう途中から今に至るまで、この醜い争いが続いている。響希も卯水さんも譲らない、粛然とした言い争い。一緒に暮らしていたときにも滅多なことでは起こらないこの現象が、勃発していた。


 ジオメトリを経由して響希に連絡を寄越してくれたひと曰いわく、数日前から足を痛めて動けなくなっていたのだそうだ。病院に連れて行こうにも本人が嫌がるのでどうしようもできない、という相談を受けた。


 まさかそんなことが起こっていたとかけらも知らなかったので、驚きが勝った。卯水さんには困ったら遠慮せずに頼ってほしいと言いつけていた。つい先日も身体は大丈夫か聞いたはずなのに、その頃から不調だとは。

 卯水さんは声の調子から自分の体調を悟られないように、無理していつもの調子を装ったことになる。


 連絡をもらうや否やすぐさまリーダーへ事情を説明すると二つ返事で了承してくれた。忙しい時期にもかかわらず、会いに行ってやれと言ってくれたことに感謝していた。


 幸い、病状は軽度のもので数週間の入院という判断が下された。


 入院の手続きをその場で済ませ、一度着替えを取りに自宅に戻った。自宅に入り卯水さんのクローゼットから着替えを選別していく。久々の自宅は響希がジオメトリに所属する以前の状態が保たれていた。隅々まで掃除が行き渡っていて、卯水さんの几帳面さが滲み出ている。


 ついでに冷蔵庫の中のものを確認やしばらく家を空けていても問題のないように整理整頓をしておく。卯水さんに帰宅したときにお節介をするな、と言われることを予知した上で作業に取りかかった。


 そこでふと書斎の上に手紙が置いてあることに気付いた。


 手に取り眺めると、その手紙は響希がジオメトリ所属の転機となったフラクタルからの推薦状だった。

 大事に保管しているのだろう。一年前に送られた手紙は色褪せることなく、綺麗な状態のままだ。


 響希はこの推薦状の中身を教えてもらえた試しがない。毎回はぐらかされている。そもそも、宛先は卯水さんなので読むのは必然的に彼になるのだが、内容は響希についてだということに不信感が募っていた。どんな内容が書かれていたのか気にもなるだろう。


――― 中身を見せてもらえなかった手紙が手のなかにある。


 怖いもの見たさと自重する気持ちとが交差する。長考した結果、手紙の内容を確認することにした。

 慎重に広げていく。


 一読した響希は眉を寄せた。




 着替えを取りに自宅に向かった響希がただならぬ具合で戻ってきたことに、一三は何かを感じ取った。


「どうした?」

 声を掛けても上の空である。話したくなったら自分から話すだろう、と思いそれ以上は何も聞かないことにする。沈黙の時間が過ぎていった。


「――― 以前、不思議な夢を見ることはないかと卯水さんは尋ねましたよね」

「いいはしたが・・・・・・ それがどうかしたのか?」


 おもむろに話を切り出した響希を一瞥し、真意を測るため質問に質問で返す。響希は明らかにただならぬ気配を醸し出している。


「卯水さんと電話をしたあの夜、不思議な夢を見たんです。自分のものではない、まるで他人の人生を経験させられている気分に陥りました」


 一三は心臓を握られたようにドキリとした。自分の表情は平静を保ててはいるが、響希を直視できない。それでも瞬時に脳裏に描いた言葉を必死に紡ぐ。


「夢ならそういうこともあるだろう。不具合でもあるのか?」

「・・・・・・ あれから、たまに似た夢を見るようになったんですが・・・・・・ いえ、不調には・・・・・・ 。いえ・・・・・・――― なんでもないです」


 始終腰の据わらない響希に一三は何も反応を示さなかった。


 しかし響希が病室から退出すると同時に素早い動きで携帯の画面を開き、目的の人物に電話を掛けた。


「――― もしもし、ああワシだ。―――――― そらか?」


 

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