第26話 計画はより綿密に

 なぜ、彼らを伊弦いづるとけやきだと思ったのだろうか。


 サジ・アイネンはひとり考え込むことが多くなった。

容姿も声も違う赤の他人、ましてやジオメトリに所属している己が敵のはずなのに、直感がそう告げていた。もう彼らはこの世にいないはずだ。しかし、第六感が自然とふたりの面影を感じ取ってしまった。


「――― ハッ」


 失笑が零れてしまう。

力也に尋ねたとき、彼ははぐらかした。ジオメトリに所属している者であればそう答えれば良かったものを、いおうとはしなかった。

 いわなかったということは、何かあることの暗示だ。

 昔から力也は素直だった。嘘がつけない。ジオメトリ代表幹部なんてつくづく向いていない役職だと思う。差し詰め、麻衣あさぎぬがいるから何とかやっていけているのだろう。


 一方でアイネンは力也の言葉に、縛られていた。


――― サーちゃんの部下になった人たちは、人殺しをして君をサポートしてるのに。


 自分は殺さず無力化しておいて、力のない者は各自で判断して殺す。

 力也が好まないことを積極的に取り入れた方法を活用しているのだ。力也とアイネンとの関係に確執が生じるのは無理もない。


 溝は時間がたつにつれて、より深く、修復不可能な状態にまでなってしまった。

 いつからこうなってしまったのだろう。


 帰る手段のない、片道切符を持ち、自ら列車に乗車したサジ・アイネンはどうしようもない孤独と戦わなければならない。


 力也も同じだろうか。


 反抗し、フラクタルを辞職するという考えしか及ばなかった自分と違い、残留した力也。正気の沙汰とは思えない。てっきり力也も辞職すると信じて疑わなかった。

 だから留まると聞いたとき、激しく裏切られた気分になった。


 相談くらいしてくれても良かっただろう。

 殴り飛ばし、どうしてと聞く自分に対して、力也は力ない笑いを返した。教えられないという意思表示。友達だと思っていたのは自分だけだったと怒り狂った。


 麻衣は無抵抗で頬を殴られている力也を見ても口を挟まなかった。ただ、泣いていた。彼女が側にいられるわけも、問いただす余裕がなかった。

 頬が腫れ、唇が切れて血を流しても力也は口を割ろうとはしなかった。その様子にアイネンは糸が切れたように立ち尽くした。


 それから行方を眩ませた。

 以来十年間、力也と心を分かち合えたことはない。


 久しぶりに敵として再会を果たしたとき、力也の面を被った偽物なのではないかと勘ぐったほどだ。後に自分の内を探られないようにするための仮面であると知ったが、そうする意図が汲めない。


 自分と対峙しても拘束することをせず、足止めだけして撤退を余儀なくさせる方法を取ることも不愉快だ。おまけに助言までしてくる。お節介とはこのことだ。力也の腕ならば自分を拘束する手段はいくらでもあるだろうに。


「――― もうすぐ準備完了だ。・・・・・・ 考え事か?」


 赤星あかほしがアイネンに話し掛けた。


 終わりを知らない押し問答からサジ・アイネンは解放される。黙っているといつも考えてしまうくせになってしまっていた。


「・・・・・・ 相手を思う気持ちってどうすれば伝わるんだろうな」


 独り言のように問うアイネンに、武巳は笑って返した。まるで親友の相談に乗るときのような馴れ馴れしさで。


「そりゃあオマエ、ぶつかってぶつかって、自分の本音を言うしかねえだろ」

「ぶつかっても、伝わらなかったとしたら?」

「そん時はお前の伝え方が悪いんだな。理由にもよるかもしれねえが、相手にも言い分がある。相手の声に耳を傾けて、そんで再度自分の声を伝える。――― 仲間ともそうやって生きてきたはずなんだ、俺は」


 なおも押し黙るアイネンに続けて武巳たつみはタバコにライターで火を付けながらいう。


「お前は育ちが良さそうだからな。自分の意見なんてすんなり通る生活ていうのは、それはそれで羨ましいと思うぜ、俺は。ただ、簡単に物事が進むことはないって知っておくことは大事だ。一歩外に踏み出してみると、経験したことのない世界が待っているもんだ」

「・・・・・・ もう、経験済みだよ」


 穏やかに吐き捨てるアイネンに「それもそうか」と努めて軽い調子を貫いた。


「そいいえばあんた、喫煙者だったんだな」

「あん?煙たかったか?そりゃすまん」

「いや、気を使わなくて良い」

「そうか。こんな環境に身を置いているせいでな、そうでもしないとやってらんないんだ」


 武巳は言い訳がましくなっているのを承知で、喫煙癖を弁明する。


 その様子をアイネンは笑ってながめた。


 お互いそりが合わないと感じていた思いは、いつの間にか武巳には消えていた。世間知らずのお坊ちゃんがミアプラという組織を結成してフラクタルに対抗していると耳に挟んだ時は、どうせ若気の至りだと敵視していた。

 加えてフラクタル研究員だったと聞かされれば嫌でも疎遠になる。


 今までそうやって毛嫌いしてきたが、実際会ってみると案外可愛いやつだと思えた。人並みに悩み、苦労をしてきた人の面構えが彼にはあった。


 子どものままだったのは武巳自身かもしれない、と改心するきっかけとなった。

 アイネンにも非があると思わなくもないが、好印象ではない行為を繰り返してきたのはべに檜皮ひわだであり、指揮する武巳だ。その結果が今回の離反を招いたともいえる。不覚を取ってしまった。


「さてと、行くとしましょうかねぇ」


 武巳はタバコの火を靴でもみ消し、ひとり歩き出す。その際思い出したことをアイネンに伝える。


「そうだ。攪乱するためなのは承知の上だったが、あのセリフは恥ずかしかったぜ?」


 アイネンは苦々しい顔で受け止め、武巳の後に続いた。


 計画はより綿密に、―――――― ジオメトリにいる仲間からの情報を待ち望みにしつつ、計画を実行に移すまで。





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