第25話 見えない弱さ
同時刻。
今度はフラクタル研究員のなかでも重鎮だけが揃う会議の場に呼び出され、全員の審議に掛けられている。つまり、力也にとって会議室にいるほぼ全員が信頼できない人間で構成されている。
ざっと面子を確認する。この会議には緋鳥が参加していないことがわかり、配慮のないことを口にしても彼女が怖がることはないと安堵する。いかんせん、彼らを相手にすると本音が漏れかねないくらいに憎悪が膨れ上がる。
「なぜ、テロを未然に防ぐことができなかった。我々への世間からの風当たりが強くなる一方ではないか!」
ひとりが苛立たしげに力也に問う。下手な口答えをしようものなら、ジオメトリ所属から解雇まで言い渡しかねない勢いである。しかし力也は内心舌打ちを返しつつ、冷静に言葉を選ぶ。
「我々ジオメトリにそこまでの権限はありません。テロ自体、あちら側警察の仕事でしょう?責任転嫁を受けているだけです」
「それを、どうにかしろと言っているのだ‼」
無茶なことを言ってくれる。これをパワハラ以外に何と表現できよう。できるひとがいるのならば今すぐ出てきてほしい。
起源に対する市民の意見をどう覆せというのか。まるで子どもの我が儘を聞いている気分だった。
呼び出したところで状況を打開する策がないことをなぜ理解できないのか。くだらない会議を開くなら、お得意の研究にでも没頭していれば良い。これでもジオメトリは必死に任務に食らいついている。これ以上の重荷は組織全体を崩しかねない。
「・・・・・・ 現在調査中ですが、早急に事態収束に向かうよう、善処します」
自分の言葉に政治家か!と突っ込みを入れそうになる。自覚はしているが、彼らを宥めるにはこういう言葉しか返せない。
怒りや憎悪を軽減するためには頭の中で違うことを考えているのが一番だ。客観的に自分を見ている自分がいれば、冷静になれる。ジオメトリ代表の人間として恥じない振る舞いを心がける・・・・・・ この場では。
―――――― みんながいるから、ボクはこの緊張感に耐えられる。
―――――― 大丈夫、俺は強い。
心の中で幾度と唱えた、力也にとって魔法の呪文を唱え続ける。言葉は何よりも力になる。ひとりじゃないと教えてくれる。自分が自分であるための、色あせることのない言葉。
「・・・・・・ 良いだろう、即座に対応したまえ」
ややあって田部六連が沈黙の場の幕を閉めた。
力也は一礼して、退出する。
研究党をでるとまいなが待機していた。彼女の悲痛な面持ちに、力也は胸が締め付けられた。
「そんな顔をしてほしくない、まいな」
ただ首を横に振るまいなの肩に手を置き、語りかける。
呼び出しを受けた際、執務室に戻るよう伝えたはずなのに、彼女は命令を反故して待機し続けていたのである。
「つらくは、ないですか」
まいなの問いに力也は苦笑した。
「辛くない、と言ったら嘘になる。・・・・・・ 知ってるだろ?ボクは心が弱いんだ。 ――― 今日のは堪えたなぁ、知らない人たちばかりの空間って涙が出そうになるんだよ」
「本音を言ってくれて安心しました。私の知っている松良さんです」
ようやく微笑んでくれた彼女に、今度は力也が泣きそうになる。
まいなは力也の理解者であろうと接してくれる。献身的に支えようとする姿に、応えてあげられない哀しさが募る一方だ。
人前では暴走する力也を管理する秘書的な役割として振る舞っているが、力也とまいなの間には一言では埋められない関係性がある。まいなも力也の前では職務中のような態度を取ることはない。
力也が設立された特殊警備部隊ジオメトリの幹部兼代表者として所属すると決意したとき、真っ先に移動を願い出たのも、まいなだ。自分のためにそこまでしなくて良い、自分の望むことをするべきだと言い聞かせても、譲ろうとはしなかった。
初めこそ戸惑ったが、力也が重圧に耐えられなくなりそうになったとき、まいなの存在が助けになった。嬉しかったし、彼女に感謝してもしきれないほど恩を感じた。
「・・・・・・ さて、自分の持ち場に戻りますかね」
腕を回し、凝りをほぐしながら意気込む。
まいなも神妙な面持ちで頷いた。
「うぃーっす、ただいまぁ~~~」
マーニャは帰宅するなりソファーにだらんと腰掛ける。
「お帰り。遅かったね、マーニャ」
ソファーから離れたテーブルでコーヒーを飲み見ながら新聞を読んでいた
通常運転の美空をチラリと横目で流し、それから天井を見つめながらこともなげに爆弾投下を仕掛ける。
「まーねー。情報提供に来た人が、
「・・・・・・ 」
・・・・・・ 反応がない。
あれ?と思い、マーニャは美空の方を見た。
「おーい?」
美空はコーヒーを手にしたままフリーズし、目を見開いてマーニャを凝視している。
流石にそこまで凝視されると穴が開くのではないかと思うくらい見つめてくるので、恥ずかしくなってくる。
「力也君が来たのではないの?」
やっとの事で振り絞って出た言葉がその一言だった。
「そーなのよー。アタシも名前聞いたときは息が止まるかと思ったわ。あっ、ふたりともアタシのこと知らないみたいだったから、気にする必要ないよ」
「・・・・・・ そう――― 」
美空は無表情でコーヒーを飲み続けているが、落ち着きがない様子であることをマーニャは感じ取った。気になってます、と顔に書いてある。
素直じゃないなと彼女に見えないよう密かに笑う。
マーニャは当事者ではない。
彼女が話したいと思うまで詮索もしないし、深く関わるつもりもない。
フラクタル研究員を辞職したのも方針が合わなかったからだ。
やることもなく当てのない生活をしようとしていたところを、研究仲間だった詩内美空に手伝いをしてほしいと頼まれた。彼女とは親しい間柄だったし、断る理由もなく二つ返事で快諾した。情報屋の仕事は言うなれば趣味の一環で、後に始めたことであり、取引相手も松良力也ひとりだ。メインは美空のお手伝いさん。不満はない。どちらかと言うとこの生活を気に入っていたりする。
こんなところで寝ようとするな、と小言を言う美空の声が聞こえていないふりをして、マーニャは目を瞑った。
「それにしても、楓さんはアゲート墓地のような雰囲気の場所が苦手なんですね」
ジオメトリに帰還する途中、徐に響希は楓に告げた。
「・・・・・・ 意外って言うんでしょ。子どもっぽいのはわかってるんでけど、嫌なものは嫌よ」
「朝の話の続きです。眠れなかった理由、悪夢を見たからなんです。俺はそれが怖くて寝付けませんでした。――― 同じですね、俺たち」
響希は楓に理由を打ち明けた。
楓は目を点にして響希に向き直った。今朝のまぶたの重そうな顔の裏側には、楓が想像もしない理由があったことに親近感を覚えた。
それから初めて見る、朗らかな笑顔を見せた。
「なーんだ、じゃあ同じだね、私たち」
身を翻して華麗に響希の前を歩く。
彼女の動作は、今日一番に軽々としていた。
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