第24話 難癖ある情報提供者

 なるほどリーダーのホラーゲームにでも出てきそうな場所、というのはこういうことかと納得せざるを得ないところに響希ひびきかえでは足を運んでいた。


「ここここ、こ、これはさすがにない」


 歯をガチガチ言わせて楓は響希の腕に纏わり付き、開いた眼は焦点が合っていない。これはひとりにさせた方が下手を打つ可能性が高いと直感で察知する。


 いかにも人が立ち入らなさそうな墓地が立ち並び、辺り一面は廃屋ばかりが居座っている。


 問題は何故このような場所を提供地として選択したか、だ。

 しかも資料を読み込むと、正式にはアゲート墓地が接触場所ではなくその裏に位置する廃教会を提供地として選定しているのだ。相手は神父か何かそういう職業の人なのだろうかと邪推してしまう。・・・・・・ あり得なくはない。


 ところで、「ふたりで」というリーダーの指示には従わなければいけないのだが小一時間ほどアゲート墓地から抜けられないでいる。


 原因の主はしがみついて離れない、ジオメトリ幹部、末莉坂まつりざかかえでである。


 約束の時間は一七時。一時間前から向かい周辺の警戒を行う手立てだったのだが、既に約束の時間が迫ろうとしている。

 置いて行くにも行けなく、先に行こうにも腕を離そうとすれば「待って!お願い!」と泣き付かれる。どうしようもない時間がただ経過してしまっていた。途方に暮れていた。


【蒲水君、目的地に到着したかしら?】


 丁度良いタイミングで麻衣あさぎぬさんから無線が入る。響希はこういうときに助けを求めれば良かったのかと今更ながら痛感した。


「それが――― 」


 ことの経緯を説明し終えると、麻衣さんは叱ることなく心地よい穏やかな声色で楓に話し掛ける。


【楓、無理しなくて良いのよ。――― そうね、まず自分がどれだけ怖いのか自覚する所から始めましょうか】


 響希はふたりのやり取りを見守る。まるでカウンセリングでも受けている気分だ。


【あなたが今いるアゲート墓地は一〇〇パーセントで言うところのいくつ?】

「ひゃく!」


 間髪入れずに楓が応答する。


【そう?じゃあ、あなたは普段恐ろしい任務を担当しているけれど、それとどちらが嫌?】

「・・・・・・ ここ」

【じゃあ、この場所にしばらく留まっていましょうか】

「「え?」」


 響希と楓、ふたりが意表を突かれる。


【蒲水君、そう焦らなくても情報提供者は逃げていかないから安心して。それに楓は適応するの早いから大丈夫】


 そう言い切れる自身はどこからなのか、疑いたいところだったが、麻衣さんと楓さんとの間にある絶対的信頼は揺るがないものだと感じて引き下がる。その間も、呼吸を落ち着けさせたりと麻衣さんは指示を出した。


「――― 軽く、なった、かも?」


 少時で楓の心に変化が生じたこと、増しては麻衣さんの言葉通りになったことに響希はあっけにとられた。数分間で一体何があったのか。


「うん!歩ける、先に進める」


 多少声が上擦っているものの、初期と比較すると天と地ほどの差がある。


【情動のコントロールをしたの。必ずしも身に危険が及ぶとは限らないということを自覚したりすると、改善されたりすることがあるの。楓の場合、任務で危険な目に遭わされてるからそれを引き合いにすれば一皮剥けるかな、と】


 実は少し自身はなかったと弁明する麻衣さんの違う一面を見た気がした。


 ひとつ響希の心に平和が訪れ、息をつく。


「さあ、予定時間を過ぎてます。急ぎましょう」


 響希の言葉にまだ一抹の不安や恐怖はこびりついていたが、楓は頷き響希の後ろをついて行く。幾分か早歩きになってしまっているのは致し方ない。遅刻をしているのは楓たちの側なのだ、我が儘を言うつもりはない。


 しかし、目的地のアゲート墓地裏――― レース教会は悽愴たる状態として佇んでいた。

 現地調査も兼ねるため事前に周辺の情報収集をあらかじめ行っていた響希だったが、心が痛んでしまう。

盗賊か断を下すことはできないが、教会のものと思われる付属物、金属やガラスといった金目になりそうなものを構わず奪っていった形跡がある。加えて、誰かの根城か何かだったのか缶ビールやらビニール袋やらが転がっている。教会が醸し出す、荘厳さや偉大さが丸ごと失われてしまっている。

 建物自体、雨風に晒されてガタが来ている様子だ。それに当たり前だが埃っぽい。日が沈み、代わりに顔を出した月光が、舞い散る埃を映し出している。

 時が止まっている、と響希は感じた。


 レース教会はある種の新興宗教のひとつだったが、起源発見後に跡形もなく消滅してしまった。元来、信仰している人たちが少数だったこともあり、人の寄りつかないフラクタル郊外の北に居を構えていた。それに追撃するように信仰者の一味が暴徒化し、弾圧の対象になってしまった。


 今現在でも信仰者は存在するのかもしれないが、かなり前の話になることや身の危険を感じて身を潜めている者が大半だろう。宗教自体なくなっていくのも時間の問題だろうと響希は考えている。時代の移り変わりと共に変化することに響希は何の反論もない。当たり前のことだと思っている。


 ふと、この場所を指定した情報提供者はレース教会関係者なのだろうかと頭をひねる。わざわざこんな場所に向かわせるぐらいなら、もっと最適な場所があったのではないだろうかと思案した。いかにも不自然な場所を選択したのには理由がある。ジオメトリの代表者が警戒しないはずがない。それを知るには本人に尋ねなければ憶測の域を出ない訳だが、事情でもあるのだろうか。


 リーダーと打ち合わせを行った際、彼からは警戒の意思がなかった。これから部下を正体不明な人の元へと向かわせるというのに余裕の色さえ見て取れた。それがリーダーらしいと言えばそれまでになってしまうが、思い返してみればミーティングと比べるとフランクな話し方で、むしろリラックスしている体勢に入っていたような気がする。リーダーについて深く詮索すればするほど、沼から抜け出せなくなっている。ひょっとしてリーダーの知り合いか何かなのか、情報提供者は。麻衣さんという線もある。だとしたら俺たちでなかった方が良かったのでは?


 そこまで思考を巡らせたところで、考えることを止めた。響希は自分の集中が途切れてしまっていることを意識した。


 頭を振り、気を引き締めなおす。

 すべては会えば分る。任務に集中することを優先した。


 教会に足を踏み入れる。砂利を踏みしめる音が教会に響き渡り、やけに大きく聞こえた。響希は埃被った協会の長イスに手をかけ、状態を把握した。かなり長い年月がたっている。


 隣を歩く楓は響希の腕をいっそう強く握った。


「何もない、なにも――― 」


 楓が呪文のように唱えていると、その声が途切れた。


 不審に思い楓を見ると、その目が見開かれ、口をパクパクさせてる。ただ一点を見つめていた。つられて響希も視線を追う。・・・・・・ 人は驚きすぎると声も出ないと誰かから聞いたことがあるが、あながち間違いではないのかもしれない。


 人の気配もないなら誰もいないはず。しかし視線の先には幽霊、ホラーゲーム定番の足の浮いた女性がゆらゆらと佇んでいた。顔が潰れ、なかなか気色悪い容姿をしている。冷や汗が首筋をつたう。


 はっとして前後左右を確認すると、既に複数の幽霊に埋め尽くされていた。年齢容姿すべて異なり、アゲート墓地の住人か何かだろうかと下手な勘ぐりをしてしまう。


「きゃああああああああああああああああああああああ」


 楓の悲鳴を合図に一斉に幽霊が襲いかかる。咄嗟にオートマチック拳銃を抜き構えの体勢に入るが、果たして拳銃が幽霊相手に通用するのか。


 一刻の猶予はない。響希は引き金を引いた。


 すると頭を打ち抜いた幽霊が霧散する。銃弾が幽霊相手に通用したのだ。


 判明するや否やすぐさま狙いを次の標的に向ける。

 起源を発動し冷静な対処を心がけた――― が、僅かな違和感が響希を襲った。オートマチック拳銃の構えを解き、押し寄せてくる幽霊まがいの敵の攻撃を身をよじって躱す。


 楓はというと、叫びつつもお得意の起源を使用した上で幽霊を投げ飛ばし、打撃を加えていた。そこは普段のたまものだろう、油断のない動作で次々と襲いかかる相手を伸している。


 間合いをはかり再び照準を合わせる。弾が切れることは響希にとってはあり得ないことなので、考えずに撃ち続ける。今度は違和感を感じることはなかった。しかし、打ち倒しても次々と沸いて出てくる。これではホラーゲームというより、まるでシューティングゲームをしている気分だ。


「楓さんっ、一旦引きましょう!次から次へと沸いて出てきてキリがありませんっ」


 大声で合図を送り楓と共に離脱を試みたところで、豪快な女性の笑い声が幽霊の薄気味悪い笑い声をかき消した。


「あっはっはっはっは~。―――――― ここまで見事に引っかかってくれるといっそ清々しいというか何というかだね。しかも怯え方も満点!アタシの起源も捨てたもんじゃない!」


 女性がパチンと指を鳴らすと、取り囲んでいた幽霊達は消散していった。


 よっと、と声をあげながら闇夜から姿を晒す。

 月明かりに照らされた女性は、響希の予想していた年齢より上の年齢に見えた。口調こそ豪快だが、若さを保っている。


「あなたが、情報提供者で合っていますか?」

「そういうアンタ達はジオメトリ所属だね、制服でわかる」


 彼女は手慣れた様子で話し掛ける。


「そう堅くなりなさんな、少年。今のは単なる余興だと思って、構えず気楽に行こうじゃないか!あっアタシの起源は《幻像》、人を脅かすことぐらいしか使い道がない、どうしようもない起源所持者さ。よろしく。名前も教えてなかったか。――― マーニャ・ライコビッチ、情報屋だよ」


 落ち着きがない、情報のラッシュに混乱しそうになる。


「そこのお嬢ちゃんは鮮やかな驚きっぷりだったね。女の子はそのくらいの方がモテるよ。アンタは容姿が良いんだから、いざって時はそこの堅物を頼るぐらいが丁度良いさ!」


 混乱を知ってか知らずか、ひと思いに言葉を続ける情報屋、もといライコビッチさん。リーダーと同じ匂いがする。

 楓は口を尖らせて口答えを試みようとするが、完全に無視される。


「少年も、幽霊相手に実弾使用するとか、天然が過ぎやしないかい?まあ起源だからそこら辺の采配はアタシ次第だけど・・・・・・・ 思い出すだけで笑っちゃうわー、あっはっはー」


 ふたりは相手のペースに飲み込まれそうになってしまう。阻止するべく楓も自分の側に引きずり出すべく、口を出す。


「ライコビッチさんは俺達に起源や名前を教えてしまって大丈夫ですか。ジオメトリの名簿リストに載る可能性も考えられたはずですが」


 重要参考人または危険人物のリストをジオメトリは作成している。それを仮に名簿リストとジオメトリメンバーは呼称している。具現装置リアライズ・ツールを使用する際の登録段階で記載した起源と名前を照合するのである。よって起源と名前が判明してしまうとそこから身元やら家族やらの情報がわかる。だからミアプラや紅檜皮は起源を公にすることはないし、名前も名乗らず姿を滅多に明るみに出すことはない。ミアプラのサジ・ アイネンが特別なくらいだ。


「あ、そこは心配してない。アンタのとこのリーダーが計らってくれているから、情報屋の仕事が続けられているのさ」


 やはりリーダー、松良力也の息が掛かった人物だったのかと響希の疑問が晴れた。リーダーの人脈は相変わらず段違いだ。

 

 それにしても、と響希は呆れる。


「もしかしなくても、名簿リストに記載しないことを条件に取引を行っているということですか」

「頭がキレるね、少年!・・・・・・ 半分正解半分外れ。正解は松良とアタシだけの秘密さ! ―――――― というか、松良が直接取引に応じるのかと思ってたんだけど、まさか少年少女を向かわせてくるとはねぇ。ま、反応が良かったからチャラか」

「申し遅れました。ジオメトリ幹部の末莉坂楓です。ジオメトリメンバーの代表者として会いに来た次第です」


 まずは挨拶から入ろうと楓は自ら名乗った。リーダーが赴くはずだったとすれば、こちら側に敵意がないこと証明しなくてはならない。


 しかし、ライコビッチさんは楓の名乗りに目を丸くさせた。


「アンタが末莉坂楓かい?じゃあ、ひょっとすると隣のアンタは蒲水響希で合ってたりする?」


 今度はこちらが驚く番だった。


「私たちのことをご存じなんですか?」

「ああ、まあ、噂程度にはね・・・・・・ 。そうかい、アンタたちがあの・・・・・・ 。―――――― 大きくなったもんだね」


 彼女は歯切れが悪く、最後の言葉は何を言っていたのか聞き取ることができなかった。聞き返そうとすると、「松良が話して回っているんだよ」といった。


 響希はリーダーを後で締め上げようと心に誓った。麻衣さんがリーダーに関しては、殴ったり蹴ったりして痛めても問題にならないと言っていたことを思い出す。話して回っているとなると歩く情報漏洩極まりない。楓も「あの人はっ」と拳を握りしめている。


 考え込んでいたマーニャは、意を決したようにふたりに問いを投げた。


「アンタ達、アタシに見覚えはあるかい?」

「・・・・・・ いえ、ないと思いますが、どこかでお会いしましたか」


 ふたりで顔を見合わせ、目だけで意見を交換し同じ結論だと合意して上で、代表して響希が返答する。


「・・・・・・ 変なことを言ってすまないね。今のは忘れておくれ」


 悲しそうな表情をしたのは気のせいだろうか。だが、記憶にないのだから仕方がない。響希は改めて記憶を探ってみたが、やはり心当たりがなかった。


 マーニャは気を取り直して背負っていたリュックから紙の束を探し出し、楓に渡す。


「ほれ、違法具現装置リアライズ・ツールに関する資料だよ。電子媒体だと心許ないから紙の束になっちまったけど、いつものことだから文句はいわないでおくれよ」

「問題ありません、ご協力ありがとうございます」


 楓は肩掛けに大事に資料をしまった。これから資料をリーダーに渡すまでが仕事だ。気を抜くことはできない。


「また情報が欲しかったら松良にでも伝言してくれれば、できる範囲で協力するよ。・・・・・・ それじゃあ」


 ライコビッチさんは片手をひらひら振って、レース教会を後にする。


 響希と楓は無言でその背中を見送った。


―――――― 不思議な気配の女性で、それこそ彼女が幽霊だったのではないかと思ってしまうくらいの静けさが、教会中を包んでいた。





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