第23話 意外な一面

「眠れなかったの?」


  かえでの言葉にミーティングの最中であったと響希ひびきは我に返る。


 正直、悪夢からの帰還は心地の良いものではなかった。寝汗をびっしょりと掻き、疲労回復にも一切ならなかった。二度寝をする心持ちも持てずに出勤時間までだらだらと過ごしてしまった。


「はい、まあ、いろいろとあったので・・・・・・ 」


 歯切れの悪い返答をしてしまう。

 まさか悪夢を見たので眠れなくなってしまったんです、なんて言ったら笑い者にされかねない。特にリーダーのいる前では意地でも白状したくない。彼なら喜んで耳を傾けてくるだろう。


「ふうん――― 」


 楓はにやけ顔で響希を覗き込んだ。いわゆる上目遣い――― その視線は響希のすべてを見透かしているのではと身構えてしまう。


「以降は単独行動を控えるように」


 リーダーの指示が耳に入り、視線から逃れるために小声で話題を振る。


「やはり敵の狙いはジオメトリメンバーの起源特定で間違いなかったということですか。楓さん、バレてしまったのでは?」

「・・・・・・ 心配しないで、私は幹部よ。敵組織からはバレているも当然だと自覚してる」


 楓は物怖じせずに囁き返した。自信たっぷりといった余裕ぶり、さすがは幹部だ。


「――― プラスして民間人から情報提供があった。テロとは別件扱いなわけだが、こちらも同時進行必須の事柄ではある。概要説明をするので、調査担当の末莉坂と蒲水は後刻私のもとに伺うように」

「了解」


 ふたりで勢いよく返事をした。

 

 しかし、デモの警備についていた響希たちが現場検証に駆り出されないのは腑に落ちない。その場にいたからこそ気付くことがあるかもしれないのに。


 事態は緊急を要し、少しでも有益な情報を入手しなければならない。今もデモが行われた地域は立ち入りが制限され、現場検証が昼夜問わずに進行しているはずなのだ。テロを許してしまった時点で敗北のようなものであり、いかに汚名返上をするかが肝心だ。


 ミーティング後、詳細を伺うめにリーダーのデスクへと足を運ぶ。リーダーは疑心を余所に悪顔でニヤニヤしながら楓に資料を寄越した。その態度に響希は眉根を寄せる。


 資料を受け取った楓は赤面もとい怒りで肩を震わせながら、甲高い声でリーダーに詰め寄り資料を叩きつける。


「疑問の余地なく怪しさ満点じゃないですかっ!ど、ど、どうしてこんな場所に私たちが向かわなければならないんですか⁉」


 楓さんの挙動に不審を抱き、叩きつけられた資料を手に取って表紙をめくる。ざっと目を通したが、彼女が何に対して怒りをぶちまけているのかわらなかった。


 内容をかいつまむと、響希と雪也が関与した否定派と不良少年たちの抗争の際に使用されていた違法具現装置リアライズ・ツールの出所に関する情報提供だ。情報提供にしては指定されている場所が滅多に人が近寄らなさそうなところが、胡散臭そうではある。とはいえ、それが彼女お怒りのポイントとはまた違う気がした。


「えーと?」


 降参の眼差しをリーダーに送ると、彼はたまらんとばかりにケラケラ笑い出した。緊迫した執務室には似つかない、大げさとも言える笑い声がいっぱいに響く。何事かと周囲が目を向け始めるのと併せて、楓は耳まで真っ赤になりながら吠える。


「この人選はわざとですか⁉私たちより適任がいますよね!というか、悪意を感じるんですけど‼」


 わざと、悪意・・・・・・ 、彼女はなにを訴えているのだろうか。


 リーダーはひとしきり笑い終えると、深呼吸をして落ち着けてから話し始めた。


「そりゃあ堅物の響希君は理由にたどり着けないだろうね」


 堅物とまで言われる筋合いはない。響希はむっとして眉間にしわを寄せた。


「ごめんごめん、水も滴るような男が台無しだよ♡」


 もはや諦めの境地にまで達し、げんなりしてしまう。リーダーに抗議の態度は一切合切通用しないと脳内にメモしておいた。


 ならば用はないと踵を返そうとすると、再度呼び止められる。


「だから、ごめんってば!響希君ってばガブリエル様の扱いに段々慣れてきてしまってるのではないかい?」


 響希はじと目でにらみ返した。


「あの新人、リーダーの扱い上手くなったな」「躱し方を覚えた者から強くなっていくからな、うん」という外野の間接的な応援を全力スルーしながら、リーダーに続きを目で促す。楓は憤怒の表情でリーダーに詰め寄り、リーダーはそれを無視して響希に話し掛け、響希は淡々と氷の眼差しを送るという構図ができあがってしまっていた。

 古参の者は状況を理解し気にしないフリをしながら面白がり、比較的彼女を知らない者は肝を冷やすという尋常ではない空気感が漂っている。


「アゲート墓地、フラクタル郊外の北に位置する墓地ですね。ここの辺りは廃校舎や廃屋ばかりで人が寄りつこうとしない場所で有名です。わざわざ情報提供場所にそこを選んだとなると、相手はジオメトリを警戒しているということですか」


 資料の内容を簡潔に口にし、この内容と彼女が憤る理由を求めた。


「そこだよ、そこ」


リーダーは易々と楓の繰り出す拳に身を躍らせながら回避しつつ、お茶目に解題する。


「楓はね、苦手なのだよ、怪談に出てくるような場所が。特にアゲート墓地周辺は妙な噂ばかりが立つだろう?ホラーゲームにでも出てきそうな所には死んでも任務に加わろうとしないから、克服してもらおうと思って♡」


 まさかそんな勝手な理由だったとは露にも思わなかった。


「なんでバラすんですかっ!誰にだって向き不向き、欠点やウィークポイントはあるでしょう⁉それにリーダーはメンバーの向き不向きを考慮した上で人選しているはずでは⁉」


 楓はウィンクをかますリーダーの阿呆面にメリメリと拳を叩き込み、どうにかして担当を外してもらおうと一筋の光を求める。《増幅》の起源によって何倍もの威力が込められた拳はめり込んではいるものの、リーダーの《強化》の起源で楓の方が拳から伝わる鈍痛に耐える形になる。疑いなくリーダーもそれなりの痛みが襲っているはずなのだが彼は痛そうな素振りを見せないところに無性に腹が立った。


「それがねぇ、幹部には配慮した試しがないのだよ、一度も」


 勝ち誇ったように口を歪めるリーダーに、楓はそんな馬鹿なと愕然する。


 響希は一連の流れで全てを察してしまった。

 好き嫌いで仕事を選択するのであればこれから先、任務をこなして行くには多難な内容が立ち塞がるだろう。彼女は若くして幹部となった身の上であるがため、自分勝手な行動が許されると思ってしまっている節があるのだ。リーダーはバディを組んでいる間に気持ちのコントロールを図ろうという算段なのだろう。

 どことなく雪也と組んでいたときのことを思い出し破顔してしまう。


「なによ?」


 頬を膨らませ、言いたいことがあるなら言いなさいと非難がましい視線を響希に寄越す。


「・・・・・・ いえ、楓さんは何事にも臆しない無敵な女性という印象が強烈だったので、かわいい一面もあるのだな、と」


 彼女には今朝悪い夢を見たことを話したとしても、馬鹿にされることはないだろうと肩の荷が下りた。


 素直に返答を口にすると、楓はみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げて「はあ?訳わらない!」とぷいと顔を逸らした。


「・・・・・・ あの新人君、やるね」「おれも真面目な顔で言ってみてぇ、砂を吐くようなセリフ」「少女漫画は余所でやってくれぇ‼」と無視を決め込んでいた外野からのさらなる野次が飛ぶ。とんでもない言われようだった。


 力也は腹を抱えて過呼吸気味の笑いを必死に押さえ込み、響希を指さした。


「というわけで響希君、楓の苦手克服のために一役買ってくれ給え。そして良き青春

を!あーおなか痛いっ」


「・・・・・・ 了解です」


 一言余計な気がするのは響希自身の勘違いだろうか、いつものことながらリーダーの言動は苛立ちが募る一方だ。しかし、相手にすれば敗北のような気がしなくもない。


 時々、リーダーの行いは子どものするそれに見えてしまう。心が成長しないまま大人になってしまったような、そう錯覚してしまうのだ。自分が思うのも大概なのだが。


 楓はなおも食い下がろうとしたが、響希に無理矢理連行されるような格好で退場を余儀なくされた。怒り狂った猫のようにジタバタ暴れようとも考えたが、これ以上バディを組んでいる響希に迷惑は掛けられないと判断し、おとなしく従った。


 久しくリーダーに楯突くような行為を幹部前以外にしていなかったので、思い返し羞恥で重ねて頬を朱に染め上げた。


「ごめんね、あんな態度取っちゃって」


 楓は消え入りそうな声で響希に謝罪を口にする。


 響希は黙ってひとつ頷いた。肯定とも否定とも取れない頷き。


「楓さんも同年代だということを改めて自覚しました。取りあえず任務なのでアゲート墓地周辺までは俺たちふたりで行動しますが、もし駄目であるようなら俺ひとりで情報提供者と接触を試みるので、無茶しないでください」


「ごめん、頼みます」


 最後の方は自分が上司であるはずなのに、楓の言葉遣いは流れるように敬語になってしまった。それほどまでに今回の任務は苦手分野だった。



 それも、描いた予想通りにはならなかったのだが――――――――― 。



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