第22話 知らないひと
寮の自室で目が覚めた。妙に興奮してしまい、無理矢理にでも身体が起きてしまっている。ベッドに横になったまま手探りで目覚まし時計を手に取る。時刻は四時半、普段寝起きの悪い
本当は朝になってほしくなかったと思いながら、ベッドを降りる。幹部会議が予定されているのだ。どうせあちこちからの非難の嵐を真っ向から聞かされてうんざりするだけだ。
爆破現場の被害は甚大だった。
あの後、現場の対処を他のチームに任せている間、楓と
「ふたりとも、奴らを逃がしてしまったか・・・・・・ 。ガブリエル様はクレームと今後の対応で臨終しちゃうよ」
「不謹慎です、ふざけないでください」
まいなさんが一息に言い切る。
彼女は普段現場に顔を出すことはないのだが、爆破を機に報道陣が集まってきてしまったため、やむを得ず情報の規制を掛けるために駆り出されていた。その表情はやつれて見える。
「それで、先程の子どもですが・・・・・・ 」
「俺に一任してほしい。気になるのは仕方のないことかもしれないが、この事件を解決しなければ次に進めない」
まいなさんが何か言いたそうに身じろぎしたが、指示ならば従うほかない。楓は幹部でもリーダーほどの権限を持っていない。それはどの幹部にも言えることだった。
議論の余地なく爆破事件の方が優先事項であることは理解していたのだが、逸る気持ちが勝っていた。
溜息をついた。ジオメトリに所属してから溜息が癖になってしまったように感じる。他人からしたら良い気分にはならないだろうから、注意して改善しなければ。
嫌な気分を取り払うために、楓は浴室に入りシャワーを浴びる。もちろん冷水で。
治療した傷口がしみた感覚でめがさめた。
響希は帰寮するなり早朝まで事件に関するネットの情報を吟味していた。世の爆破に関する起源の印象について知っておきたかった。
ベッドの上にあぐらを掻き、楽な姿勢を取る。
記事だけでなく掲示板サイトを覗くと、匿名であることを良いことに書きたい放題誹謗中傷が書き込まれている。響希は、これが人の本音であるように思える。自分が生身で発言するよりも匿名である方が身元を特定される可能性が低くて済むし、掲示板を見に来た人たちは情報を知りたくて閲覧している人が過半数だろう。
ジュリアからすれば掲示板に書かれた内容から身元を特定することは可能だろうが、いちいちそういう人たちを牽制することに意味はない。
“これだから起源所持者たちは無能なんだよ”“一般人のこと考えろよ!”“だいたい、コレ税金で賄われてるんでしょ?あいつらだけ所得増やせば?”“それ賛成!苦労とか無縁そうだし”
“ジオメトリとかいう組織は何やってんだ?なーにが特殊警備部隊だよ、使えない集団のくせに”
ざっと読み進めていく。世間一般の反応はこんなところか。
これを機にジオメトリの風当たりは強くなる一方になることが予想される。知れば知るほど気分が沈むような内容ばかりだ。
ふとスクロールを続けていた指が止まる。
“起源所持者の人たちは肩身が狭い思いをしています。むやみに誹謗中傷を書き込まないででください”
“私たちはなにも悪いことをしていません ”
掲示板のなかには、必死で起源所持者の現状を訴えている人たちの正直な思いを書き込んでいるひとたちもいる。
起源所持者が良い思いをしているとは限らない。立場が不安定なせいで嫌な思いをたくさん経験している。持つ者と持たない者、それぞれの価値観の違いは終わらない論争を繰り広げてしまう。訴える力があるのは心が強い証だが、これでは批判の格好な餌食となる。予想通り、集中的に的にされてしまっていた。
何が正しいのかは、簡単に決着がつくものではない。
いつか、そんな風潮に変遷が訪れるのだろうか。そのいつかは起源所持者との軋轢がなくなっている未来であることが望ましい。
ネガティブ思考に覆い尽くされそうになり、目をつむって心を鎮静させる。しばらくしてから、端末の掲示板サイトを閉じた。自然と検索後の画面に戻る。
掲示板サイトまでは起源に関する纏めサイトからとんでいた。
(――― ん?)
視界に入った、都市伝説のサイトが目に留まる。
先日、健太が人体実験の話をしていたからだろうか。興味本位で都市伝説サイトのページを開いた。
見出しには派手に「起源の謎に迫る!」と赤黒い血のようにホラーテイストを含んだいかにもな文章が綴られている。
“
“
“違法
“消えた子どもたち!行方不明になる子どもたちが多発⁉”
“起源所持者を匿っている医師がいる”
“起源の真実を知る仙人がいる”
“フラクタル
なるほど都市伝説とはこういう内容なのかとなかば感心しつつ、読み進める。
「しかしまあ、良くこんなに題材が沸いて出るんだな」
そのなかのひとつ、“フラクタル創設者田部六連
はマッドサイエンティストだった⁉”のページをタップする。
人体実験の疑惑からのフラクタル火災は都市伝説を運営する側からしたら、ネタとして完璧な条件を兼ね備えている。オカルトチックな内容に終わることのない議論を組交わし、盛り上がっている様子だ。
しばらく検索を継続していると、端末から着信が入った。
着信相手は親戚、親代わりを担ってくれた
「なんだ、もう起きていたのか響希」
久しぶりに聞く、しわがれた声に安心感を覚えてしまう。響希は苦笑した。
「今から寝るところです」
「おい朝だぞ、寝るべき時間にきちんと寝ろ」
いつまでも親心が抜けていない口調は卯水さんらしいものだった。ひとり残してジオメトリに所属したので、心残りがあったのだ。育ててくれた恩は忘れるはずがない。
「卯水さんこそ、相変わらず早起きですね。身体は大丈夫ですか。調子が悪くなったら病院に行ってくださいね。心配なようであれば、俺が付き添うので連絡してください」
卯水さんは高齢なので体調に気を配っておくべきだ。彼は不調を来していても黙って悟られないよう努めるので、声にするのが適格だ。
彼は不調を来していても黙って悟られないよう努めるので、声にするのが適格だ。
「・・・・・・ 心配せんで良い。お前がいなくてもひとりで生活できるにきまっとる」
少しの間の後、拗ねたような声音で返された。こういう場合はこの人が照れている証拠だった。
何の変哲もない会話をするのが久しぶりに感じる。
「それより昨日のは災難だったな、新聞で読んだぞ。危険なのは百も承知だが、ワシが心配しているのは響希だと言うことを忘れるな」
それから、と卯水さんは言い辛そうに言葉を紡いだ。
「・・・・・・ 最近、奇妙な夢を見るとかはないか。自分のものじゃない、他人のようなものなんだが・・・・・・ 」
「・・・・・・・・・・・・ 」
懸命に最近の夢らしきものを思い浮かべる。しかし微塵も心当たりがなかった。
「――― いや、ないなら健康な証拠だな。しっかり睡眠は確保するんだぞ」
考えにふけっていたが卯水さんは話を強引に終了させた。「また、電話する」といって通話を切る。
恐らく事件の概要を知り安否確認のために連絡を寄越したのだろうが、最後の意味が理解できなかった。また気になることが生じてしまう。
もう少し調べておきたかったが、途中で切り上げて仮眠を取ることにする。午後からジオメトリに集合することになっているので、疲労を回復させておかなければならない。今後、ジオメトリの任務内容に変化や規制が生じることになるだろう。所属者総員が胸に刻んでいるだろうが、改めて覚悟するべきだ。
端末を充電器に差し込み、枕元に放る。それから倒れるように横になる。
ブルーライトを浴びてしまったので、入眠までに時間が掛かると思っていたが予想上に疲労はたまっていたらしくすぐに眠りに落ちた。
――― その日、初めて奇妙な夢を見た。
「よろしくお願いします」
研究室の一角だろうか、書類の山が積み上がっているデスクが視界の隅に入る。第一声に男性は、相手にそう言った。
その相手は―――――― 田部六連。
なぜその人が自分の眼前にいるのか、首をかしげる。以前写真をさらっとながめたときより、若々しい風体だ。
(夢か――― )
響希はひとつの結論にいたった。しかし、なぜ夢を見ているのか謎めいていててんで理解できなかった。自分は今まで卯水さんと電話をし、就寝したはずだ。
比較的大きめの鏡を発見し、視線を向ける。
瞬間、息を呑んだ。
(俺は誰だ――― )
鏡に映る自分は、蒲水響希本人の姿ではなく記憶にない姿をさらしていた。目元が優しさを醸し出している雰囲気の男性。そしてその人の身体に響希自体が乗り移っている。信じられない光景だった。
「
「お招きいただき、ありがとうございます。興味はあったのですが、伺う機会が取れなかったもので・・・・・・ 」
「ようやく機会が取れたので一度、詳しい話を聞きに伺いに来た次第です」
遅れて自分が瀬魚という名前であることを知る。隣にいる女性はこの身体の主の知り合いか何かだろうか。動かそうにも金縛りにあったみたいに、思うように動かすことができない。それしては次に発する言葉がすらすらと出てきていた。
「詩内教授は、起源の継承についての研究を降りるとおっしゃっていたのですが田部研究室では継続させるのですか?」
継承?フラクタルに所属してから一切耳にしたことのない単語。
「君達のような《解除》と《封印》の起源所持者は今後滅多にお目に掛かることはない。使用用途は雲を掴むように数多存在するだろう。そのためには起源の解明にも着手するべきだし、皆が平等に起源を使用できれば文明の発達にも大いに貢献するだろう。――― 全ての謎が解けたとき、私たちは次の人類へと進める」
田部六連は悠々と語り始めた。
響希は一連の流れを聞いていて、空恐ろしくなった。田部六連とは、実際このような人物なのだろうか。彼の途切れることのない会話内容は正しくも思える。しかしその姿は、まるで何かに取り憑かれてしまい、おぞましいものに襲われている感覚に晒されている気分だった。
「詩内君は、怖じ気づいているのだよ。彼女は研究者としての心持ちが足りない。その点、君達は聡い」
やれやれといった態度を大仰にこちらに向けている。知らない人物の名前が挙がり、響希は悶々としていた。
(――― 夢なら早く覚めてくれ。一体何なんだ、俺はなぜ瀬魚と呼ばれる人物の身体に憑依している体勢になっている?)
動作に主導権がない上に、声も発せない。ひとり取り残された気分になり、何が現実で何が虚像なのかさえ区別がつかなくなりそうだった。
ひょっとすると疲労がたまりすぎたのかと響希自身を疑いだしてしまう始末だ。勝手に描いた空想なのか、誰かの過去の出来事なのかは知らないが、こんな夢一刻も早く抜け出すべきだ。これは悪夢に違いないのだから。
「では――― 」
隣の女性が次の言葉を発したが、今までの浮遊した感覚が消え失せる。
この感覚はどこか奈落の底に突き落とされている感覚に似ていた。
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