第21話 気になるひと
今までにない方針でバディになった
歳が近いのに私がジオメトリの幹部だからか丁寧な言葉遣いを崩さない。 ――― 長くやっていけそうかな。
「ねえ、響希君。リーダーが言っていたけど、楓で良いからね」
「えっ」
任務中前触れなく名前呼びを希望したので、返答に窮している。
しどろもどろになる彼に気付いていない体で、楓は言葉を継いだ。
「十三歳で幹部候補、十四歳で幹部になったせいで同年代の知り合いって少ないの。幹部はリーダー以外、滅多にロマネスコの人たちと接触しないし、単独行動が主流だから。そのせいかは知らないけど、根も葉もない噂とか立っちゃって、近づきたくないと思うひともいる。あなたはジオメトリに所属したばかりだから知らないことの方が大部分だろうけど――― 」
「根も葉もない噂なら信じません」
反射的に顔を見上げてしまう。
彼は肯定否定どちらともくみ取れない表情をしていた。
「・・・・・・ そっか」
嬉しくなってしまったことを隠すように顔を背ける。自分の歳で幹部などと、他人から懐疑的な視線を浴びることが平生なのだ。だから、同年代で気の張らない相手がいることは、それだけで頬が緩むものなのかと初めて気付いた。
やっぱり響希君は真面目で、どこか居心地が良い。
「楓さん、警備ルートを確認しましょう」
彼の言葉に頷き、端末を操作する。
楓と響希はこれから行われるデモ行進の警備に参加していた。起源否定派によるデモ。よりによってジオメトリに警備要請がされた。言うまでもないが、この警備には警察も関わってはいる。
「ジオメトリに警備要請って神経を逆なでするようなこと、何なぜ許可したんでしょうね」
「万が一に備えてというところかな。出動したに超したことはないだろうし」
響希のぽつりとした疑問に、淡々と答える。
実際、デモの警備に対する抗議文は幹部同士で共有している。だからといって警備に参加しないとなると世間の冷たい視線が浴びせられることには変わらない。起源でしか対処できない事態に陥ったときに、対処可能な人材がいるのといないのでは雲泥の差があるはずだ。
楓は時々思ってしまう。起源所持者とそうでない者の差は一体何だろうと。相性の有無は何で決まるのか、疑問で仕方ない。全員が起源所持者であれば、社会問題にすらなっていない。むしろ技術の発達に大いに貢献しているだろう。
考えを巡らせているといつも行き着いてしまう結論がある。
なぜ、私は起源所持者なのだろうと。
この結論を解き明かす術はなく、いつも溜息をついてしまいたくなる。
定位置につき、相棒である響希と共に否定派の人たちの張り上げた声を聞き流す。休日なので人通りも多く、アピールとしての効果は発揮されているだろう。こちらが茹だってしまうほどの熱気で、その無駄にあるバイタリティを他に回した方が効率が良いのでは、と楓は脳天気に考える。
その時。
行進している右脇のビルが爆発した。
楓と響希は後方の警備を行っていたので、爆発に直接巻き込まれることはなかったが、代わりに凄まじい熱風と飛散する破片の嵐に呑み込まれた。
(――― 何が起こっているの?)
規模の大きい爆発。立て続けに駐車してある車や他の商業施設まで爆破が続く。瞬時に状況の判断が出来ない。
防御の姿勢から、顔を上げる。しかし視界に映ったのは飛んできた信号機の残骸だった。
(間に合わない!)
判断が遅れた。
しかし、身体の衝撃は別のものだった。
「けがはないですか?」
直前に、響希が楓を突き飛ばし庇ってくれた。響希自身にも大きなけがの様子は見られない。
とはいえ飛散した破片が身体中を襲い、お互い傷だらけではある。
「私は大丈夫、だけど・・・・・・ 」
視線の先には悪夢のような惨状が広がっていた。デモ参加者だけでなく、一般人の被害者が多数出ており、もだえ苦しむひとであふれかえっている。
周囲の状況を確認しようとすると、路地裏から怪しげな人影が突如現れた。顔を隠すこともなく、堂々としたたたずまい。
「我らは神の力を与えられし者!起源所持者を侮辱するなど、冒涜も甚だしい‼」
思わずどっちが侮辱してるのよ!と叫びそうになるのをこらえる。これでは起源所持者の品位が下がるばかりだとなぜ気付かないのか、はたまた馬鹿なのか。
無線越しには各人員で首謀者及び共犯者の拘束と、けが人の手当の人員とで指示が来ていた。
ふたりはちょうど、拘束側に回される。
「ジオメトリか・・・・・・ 。同胞ながら我らを拘束しようなど、惨めだとは思わないのか!」
いち早く駆けつけたジオメトリの仲間を見咎めるや否や、情に訴えかけてくる。
「私たちの仕事は町とフラクタルの秩序を守ることよ!それを乱すのなら、一般人だろうが起源所持者であろうが、取っ捕まえるに決まってるでしょ!」
楓は荒い言葉遣いで反論した。
「ふむ、面白い。では私たちを捕まえてみろ」
言うなり連中は一目散に姿を消した。全員が起源所持者。それぞれの方法で逃走を図ったのだ。
「――― くっ」
追いかけようとすると、背後で再度爆発が起こった。何度爆発すれば気が済むのか。
「楓、ここは任せて!ここで逃がすと後々厄介よ!」
サラの叱咤が再び身体を動かす動力となる。
「響希君、行くよ!」
言い終わらず追跡を開始する。取りあえず、宣言をしたリーダー格であろう犯人を追跡するのが得策だろう。上等だ、追いかけっこの鬼は私だ。
即座に追撃を開始する。先程のリーダー格の男は起源を使わず足で逃走を試みているので、《増幅》の起源を使えば一気に追いつけるだろう。
【楓さん!落ち着いてください。相手は何か策を練っているはずです‼】
無線機越しに響希が連絡を入れてきた。そういえば、彼を置いてきてしまったと今になって気付く。
「そんなこと今更言われても、行方を眩まされるよりはマシでしょ」
彼の言いたいことは理解できるが、嘲笑われて虫の居所が悪い。早々にけりを付けるのが最善だと思えた。
楓は跳躍力を利用してビルを駆ける。上空から改めて目にする町の惨状は酷いものだった。これは警察ではなく、ジオメトリに責任問題が押しつけられそうだ。主犯が起源所持者ともなれば必然的にそうなる。近いうちに幹部招集命令が下されることになるだろう。
【楓、最終目撃場所は公園よ。そこからは監視カメラの範囲外】
さすがはまいなさん、仕事が早い。彼女は私たちの会話からジオメトリの権限を行使してあらゆる監視カメラを配下に置いたのだろう。この情報は響希にも伝わっているはずだから、心配しなくてもすぐに自分に追いつく。呼び止める響希の声を遮断するために、無線の電源を切った。
位置ならジュリアがナビしてくれるはずだ。
公園に到着する。普段は子どもたちで賑わっている公園が閑散としていた。目を閉じ、気配を探る。
「出てきなさい!隠れんぼではないはずよ‼」
楓の声を合図に、複数の人影が現れた。合計五人。
間髪入れずに懐に入り込み、拳をみぞおちに食い込ませる。背後からバットを持つ男に蹴りを見舞い、勢いに任せて踵落としをする。威力を何十倍にも増幅させたものだから、衝撃は相当だろう。ふたりはあっけなく気絶した。三人目は姿が現れたり消えたりしているので、おそらく長時間の
楓の起源は認意の身体部位、触れた箇所の威力を増幅させる。それは硬質なものをより硬質に、非力な力は怪力に変化させる起源だ。彼女の唯一の生身の武器であり、幹部たり得る要因のひとつ。
四人目に狙いを付ける。しかしそこで奇妙なことが起こった。狙いが付けられなかった。
「――― え?」
素っ頓狂な声が出てしまう。
それもそのはず。確かに手応えはあったはずなのに、今まで交戦していた人たちは綺麗さっぱりいなくなっていた。まるで、はじめから存在していなかったかのように。
夢を見させられているのだろうか。冷や汗が止まらない。
私は一体、だれを相手にしていた?
意識したときには楓は既に後方に飛ばされていた。肉体の強度を上げていたので打撃はそれほどではなく、体勢を立て直しはしたが、いかんせん正体が掴めない。
このまま殺られるわけにはいかない。
捨て身覚悟でオートマチック拳銃を構えた。が―――
「伏せて!」
第三者の声。発煙弾がこちらに向かって投擲される。
経験のたまもので、その場を飛び退いた。明らかに伏せていただけなら楓自身も巻き込まれている。
しかし、声の主の女性は楓を救おうとしてくれる、そんな意向を含んでいると察した。
発煙弾が炸裂する。
白色の煙が一面を覆い尽した。思わず顔を腕で覆おうとすると、その手を掴まれる。
「こっちです!」
少女は言うなり、強引に楓の手を引っ張った。
改めて少女を観察する。自分より年下のまだ子どもだ。発煙筒なんて代物をどこで手に入れたのだろうか。お礼を述べる前にそう考えてしまう自分に嫌気が差しそうになる。いつのまにジオメトリとしてのプライドが染みついてしまったのだろう。
「お姉さん大丈夫?」
公園から十分離れた場所で、少女から無事かどうか問われる。
「・・・・・・ ええ、ありがとう。でも、何で発煙筒なんて持っていたの?」
「え、えと」
言い淀んでいるところを推察するに、出所を教えるわけにはいかない事情があるらしい。
楓は溜息をついた。
「あっ月乃いたー!」
月乃と呼んだ子どもたちが数人、一斉に駆けつける。
「だれ、その人」
彼女の隣に知らない人間がいるとわかり、彼らは完全に警戒していた。
「えーと、ジオメトリって言えば分かるかな?」
そして不運なことに楓は子どもたちに対応する術を持っていなかった。いってしまってから、しまったと毒づく。
子どもたちの顔がみるみるうちに青ざめる。胸がちくりと痛んだ。
大抵の起源所持者でない一般人子どもたち然り大人然り、ジオメトリは畏怖の対象となるのは避けられないものか。
「楓さん!」
「・・・・・・ 遅かったね」
「子ども、ですか」
響希に気を取られている隙に子どもたちは一斉に逃げ帰ってしまった。楓は追うこともせず、ただその背中を見送る。
「ひとりがね、私のことを助けてくれたみたいなんだけど、気になることができちゃった」
データを確認すれば身元の特定は可能だろう。後日、再度事情聴取を行えば問題ないだろうと判断する。
響希はそのことに何の反論もなかったが、一言楓にいいたいことがあった。
「なぜ、話を聞かず俺を置いていったんですか」
「というと?」
「憶測ですが、今回のデモ行進にはジオメトリの大半の人員が投入されています。戦力を分散させて俺たちの起源を判別するのが目的だったとしたら・・・・・・ 」
「その件については、本当にごめん。後先考えずに行動してしまった私の落ち度であることは理解してる」
楓は謝罪を口にした。
実際、正体不明の起源を用いられ、危うい状況に陥った。このためのバディのはずが、機能しないのなら何の意味も持たなくなってしまう。
無線の電源を再度入れ直す。
「まいな、ごめん。連中を取り逃がした」
【了解。どこの班も大体似たような結果よ】
簡潔なやりとりだが、状況は芳しくないようだ。
高らかに宣言されておいて、みすみす逃がす羽目になるとは面目ない。楓は歯をかみしめた。
「楓さん、一旦撤退しましょう。爆破現場はまだ収集がついていないらしいです」
楓は頷き、重い足に鞭を打った。
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