第16話 ささやく本音

 こぢんまりとした研究室に四人の人影がある。三人は男性、一人は女性だ。

 テーブルを囲い、コーヒーを飲みながら談笑している。


「力也、また階段から転げ落ちたんだって?」


 頬杖をつきながら茶化すように話題を振る。


「急用でね、足を踏み外した」


 力也はちらと見やりながら何でもない風に装って応える。すると、「ふふふ」と柔らかい笑い声が聞こえる。


「まあた、かっこつけてー」

「昔からだからな、力也は」


 サジ・アイネンはカップに口をつけながら呆れる。


 前席でくすくすと微笑んでいるのは橙日とうひけやき。研究室のメンバーのひとりだ。


「さすがは幼なじみ」

「茶化すな」


 話のネタを振ってきた元凶の青年は、平然としている。

 彼は瀬魚せな伊弦いづる


 伊弦は《解除》、けやきは《封印》の起源の持ち主。


 四人とも詩内しない教研究室の生徒だ。

 起源の謎に迫るため、四人はフラクタルに所属し研究員の一員として日々活動していた。詩内教室はそのなかのひとつにあたる。


「君達、楽しそうに雑談かい?」


 芯のある凜とした声。しかし、今回は一段と疲労がにじみ出ている。


「先生、戻っていらしたんですね」

「まあね。・・・・・・ 会議が思ったより早くに終了したのさ」


 ふうと二十代後半の女性が近くの椅子に腰を下ろす。いかにも不健康そうな出で立ちが目を引いてしまうのが難点である。しかしそのこと以外は大変優秀な教授であると揶揄されているのが詩内しない美空みそらという人物。

 常時疲れ切った顔をしているが、研究を手伝っている身からするとこの人の視点には舌を巻く。


「君達、今日はもう帰りなさい」

「えっ?でも今日は起源の継承について話し合う予定では・・・・・・ 」


 けやきの言葉に一同が頷く。


 四人の狼狽した様子を一瞥した美空は腕を組み、虚空を睨んだ。


「本日の会議でその実験内容に問題が挙がった。・・・・・・ 安全であることが証明されなければ、私は承認するつもりはない」


それに、と付け加える。


「研究員の卵として私の仕事を手伝ってもらっているわけだが、君達もまがいなりにも起源所持者ということを肝に銘じなさい。いつ、何が起こってもおかしくない」


 皆が頷く。起源は未知のブラックボックスだ。謎を解明するために研究員として国内有数のフラクタルの研究員になったのだ。


「教授は、起源とはどのような存在だとお考えですか」


 黙っていた伊弦がぽつりと疑問を口にした。


 教授は暫く口を閉ざした。指先から火の玉が出現し、もてあそび始める。静まりかえった空気に包み込まれ、時計の音だけが合間を取り持つ。


 やがて、教授は口を開いた。


「――― そうだね。私の思う起源とは、忘れられない記憶。・・・・・・ たとえそれが自分にとって忌々しい存在モノであっても」


 それは弱々しく、教授らしからぬ発言だった。



――― ならばなぜ、教授は起源の研究に関わり続けるのですか――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る