第15話 違和感とタイムリミット

 ぱらぱらと壁が崩れる。


 その跡形もなくなった場所には、無傷の人間が立っていた。


「ほーらホラ、これでお仕舞かい?」


 力也りきやはもう耐えきれないとばかりに高らかに笑い出した。


「そもそも、サーちゃんは何しに来たわけ?」


 ひとしきりの哄笑を終え、今度は相手を値踏みするように問う。


「・・・・・・ フラクタルを潰す」

 

 彼にとっては愚問であろう返答を返す。この行動の意味はきっと理解できている。


「潰す、ね。ただそのやり方はボクの方針とは違う」


 力也は返答を理解していた。


 しかしサジ・アイネンの行動に同意を示すことはない。彼の預かりしれないところで、ある約束をしている。

 だから一緒に、という言葉を突っぱねた。


 サジ・アイネンにとっては目的が一致しているのに、断る原因がてんで解らず困惑しているはずだ。それでいい、と思う。


 これは共有した者のみが背負うべきだ。知らないのなら、そのまま生きていてほし

い。その結果が、今こうして体現されていたとしても。


 力也はフラクタルを恨んでいるのに残留しジオメトリの幹部として従事している。 ――― 恨む側からすれば到底理解のできない所業。


 サジ・アイネンは知りたかった。幼なじみがなぜこのような判然としないことをするのか。


 実際、交戦は初めてではない。

 その度に力也と衝突し、撤退を余儀なくされた。《強化》の起源が行く路を阻む。厄介すぎて反吐が出そうになる。


 体力勝負に持ち込もうとも強靱な精神に敵わない。一体どうすれば屈強な体力がつくのか。


「ところで、違法具現装置リアライズ・ツールについて知っていることは?」


 藪から棒に力也が尋ねる。

「・・・・・・ 違法だと?そんなもの使用したら身に危険が及ぶだろう。仲間にそんな真似させてたまるか」


 意に反して口が先に動いてしまった。


「実はね、先日起きた事件の首謀者が違法具現装置リアライズ・ツールを使用していてね。供給先を問いただしたらミアプラだって言うんだ。でも、サーちゃんはそんなことしない性格でしょ」

「・・・・・・・・・・・・ なに?」

「別の何かが動いてる。気をつけて」


 いちいち神経を逆なでするような気遣いの仕方だった。余計癪に障る。


「――― 嫌みをどうも」


 サジ・アイネンは言い放ち、力也を建物へと弾いた。と、同時に柱を弾いて粉々に弾き飛ばした。


「おいおい・・・・・・ マジか」


 起源や体術での戦闘で敵わないのなら、質量で勝負をするまで。別に今まで人を殺すことを躊躇していたから殺しをしなかったのではない。


 力也の頭上から、四階分の建物の質量が物理的に襲いかかる。


 幼なじみが息をしなくなるさまを見届けよう。

 サジ・アイネンは目を細めた。――― ふと、柔らかな微風が自身を通り抜けたような錯覚があった。


 が、次の瞬間、幼なじみは瓦礫の餌食になり静寂が暗闇を包み込んだ。


 目をつむり、しばしの黙祷。開いた先の光景は無惨な姿だろう――― と静かに見開く。


「―――――― なっ」


 目をむいた。


 彼が見た光景は想像していたのとはかけ離れていた。


 視線の先にはボロボロになりながらも、笑みを絶やさず挑発してくる力也の姿がある。そして隣には覚えのない少女が寄り添っていた。


「いやあ、ゴリ押しはさすがの俺も来るものがあったね。ね。・・・・・・ 間に合って安心したよぉ、かえでちゃん♡」

「私が間に合ってなかったら、どうするつもりだったんですか‼」


 楓と呼ばれた少女はお怒りモードに突入しこちらを蚊帳の外にしている。


 しばらく唖然としていたが、ふと懐かしい気配を感じた。


「・・・・・・ けやき。けやきなのか⁉」


「へっ?」


 突如ものすごい形相で知らない名を呼ばれたものだから、言い合いをしていた楓は気のない声を上げてしまった。


「力也、どういうことだ」


 今までにない剣幕で力也に迫る。


「あらあら、イケメンが台無しだよ~」


 意にも介さずやれやれと首をすくめてはぐらかしてくる。 ――― もどかしい。


 考えを知りたい。力也の行動の意味を理科してあげたい―――――― お前に何があった?


 すべての思いは余すことなく戦闘のたびに伝えた。自分の目的とともに。しかし力也はどうだ?

 一度たりとも本音を言ったためしがない。


 身体を震わせ、やるせのない気持ちをどうにかして押し込む。


「・・・・・・ それに、タイムリミットだ。逃すと逃げ切れなくなる」


 そっと告げられる。いつの間にか側まで来ていた。


 案じるような声。


 落ち着きを無理矢理取り戻させ、素早く現状把握を試みる。


 今このタイミングで退かなければ、捕まる他ない。ミアプラ以外の構成員、つまりジオメトリが集結し始めていた。


 内心舌打ちをしつつ、建物の屋上へと跳ねるように飛び移る。

 すぐさま例の少女が追跡してきたが、起源を発動させていたらいずれは振り切れるだろう。


 本当は彼女と話をしてみたかったが、それどころではない。新入りだった双子は再度拘束されるはず。力也は去り際にそのようなことを匂わせていた。


(早急に立て直さなければ――― )


 ミアプラの今後の体勢について悶々とした気持ちがあることに加えて、頭の隅には響希ひびき・楓のふたりに感じた違和感がサジ・アイネンには膨らむ一方だった。




(・・・・・・ やれやれ)

 

 力也はサジ・アイネンが逃走し、ついでに楓が追跡した方角を眺めた。


 フラクタルに残留した以上、彼からは考えの大本が決定的に異なることは一目瞭然だ。


 予想外だったのは、彼と響希が出会ってしまったことだ。このままだと気付かれかねない。サジ・アイネンは変なところで勘が鋭いのだ。


 しかしこの襲撃は良い転機となるだろう。力也は油が切れて動けなくなった身体を無理矢理起こした。


 この機会を与えてくれたサジ・アイネンに無言の感謝の意を示す。


 ―――ボクは友達との約束を守り続けるために、ここにいるんだ 。

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