第11話 面影

 警戒を強め、慎重に前に進んでいく。拳銃を握りしめる手がいっそう強張る。耳元の無線からは常時ノイズが走っている。耳障りなので一度電源を切ってしまうことにした。通信が回復すれば向こう側からつなげてくれるはずだろう。


 響希ひびきは電源に触れた。


 そのとき―――


【――― き、―――――― 響希!聞こえるか‼】


 聞き慣れた声がした。思わず電源に触れていた右手が耳を包み込むような体勢で応答する。


健太けんたか?通信が復活したのか」

【おうサ!ちょいと時間掛かったけどな‼】


 意気揚々とした声が緊張を和らげてくれる。そういえば彼の起源は《電波》だったと思い出す。起源での対応で時間を要したのならば、敵にも相当な手練れがいるのではないだろうか。


【先方も、似たような起源を所持してる輩がいるらしいゼ】


 健太の言葉で予想が的中した。

 気楽にそんなことを言ってのけてはいるが、苦戦したに違いない。


「位置は把握できているか?」


 響希の問いに健太は【もちろん!】と答えた。


【今いるとことは倉庫街。フラクタル研究物資がメインだけど、町の配送集積所も兼ねてるからだいぶデカい】


 そんなところがあるとは知らなかった。ここはフラクタルの裏敷地に当たる場所なので、用がなければ訪れることはない。皆職務を終えたのか、至る所にトラックが駐車している。倉庫のガレージはほとんどが閉ざされている。


 一応雪也せつやとは別行動をした事の成り行きを説明しつつ、踏査する。


 恐れ入ったことに彼は位置情報を確認した時点で何があったかを察し、雪也に応援を仕向けたそうだ。到着までには時間を食うが、これで雪也の戦況は変わるだろう。


 十字路に差し掛かったところで、誰かの話し声がかすかに耳に触れた。用心深く人の気配のある方をうかがう。


 良く通る声質、長身、――― そして金髪。その男を軸に複数のフードをかぶった仲間たちが規則正しく隊を組んでいる。


「――― 手はず通りにやれ」


 残念ながら会話は終盤だったらしくめぼしい情報は得られなかった。フード集団が一斉に散っていく。長身の男がひとりその場に残される。

そして響希が潜む場所へと視線を向けた。


「盗み聞きとはタチが悪いな」


 目が合った。戦慄が身体を支配する。


(しまっ――― )


 そう思ったが、もう遅い。響希の身体が文字通り吹き飛んだ。


 空中で体勢を整えつつ、起源を発動する。出現した壁を蹴り、間一髪で着地する。


「へぇ、面白い起源だな」

「・・・・・・ どうも」


 油断ない動作で歩み寄ってくる。迷わずオートマチック拳銃を撃ったが、弾道が弾かれた。


「起源は・・・・・・ そう、《生成》といったところか」

「そういうあなたは《反射》ですね、サジ・アイネン」


 目が合った時に確信した。健太が教えてくれたデータに載っていた人物だ。


 金髪が夜風に揺れる。彼の瞳は自信にあふれている。響希のことを敵とすら扱うつもりがない、そう感じてとれる余裕ぶり。


 サジ・アイネンはにやりと目を細めた。そして自分が吹き飛ばしたジオメトリの新米だろう相手を改めて観察した。殺すなら手っ取り早く、だ。


 しかし、サジ・アイネンは目を見開いた。息とともに声が漏れる。


「・・・・・・ 伊弦いづる?」


 思わず漏れてしまった言葉に自ら驚きを隠せない。なぜ、そう思ったのかわからなかった。直感がそう告げていた。


 一瞬の隙が生じる。響希はそれを見逃さなかった。引き金を引き、距離を取る。


「こちら蒲水かまみず、サジ・アイネンと交戦。応援を要請します」


 自分では敵わないとうまく作動しない脳みそでも瞬時に理解できた。健太の応答の声に反応する余裕すらない。持ちこたえられることが、果たして可能だろうか。いや、やるしかないのだが。


 まず、彼の起源の模様が見えなかった。それが響希を焦らせる。


「何が目的かは判断しかねますが、拘束します」


 言い放ち、拘束すべく起源を発動させ―――


 刹那、響希の真横に模様が出現した。波のような模様。


 上下する呼吸さえスローモーションのように感じられた。


 確認したときにはもうガレージが目と鼻の先に迫っている。


 視界が暗転した。

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