第7話 過去を引きずる者たち

 任務を一段落させた響希ひびきは、ラウンジでひとりコーヒーを飲んでいた。


――― 最終的に雪也の独断専行は、彼の一週間の職務停止で幕を閉じた。


 警備の任は二人一組で行動しなければならないため、相棒を一時失った響希にはジオメトリ内の雑用を任された。それは書類整理だったり、ジュリアの補佐だったりと多岐にわたる。


 驚いたのはジュリアの仕事量の莫大さだ。

 ジュリアには後方支援に長けた猛者たちが集まっていた。それはもう響希が補佐をしては足手まといになるのではないかと思うくらいには。


「ヨッ、響希」


 顔を上げると、声の主は向かいの席に座った。

 ジュリア所属のらいこし健太けんただ。


 彼は響希がジオメトリのメンバーになる少し前に他の専門学校からやってきたので、ジュリアの中では新人となる。響希は彼の補佐に回ることが多かった。


 健太は一言で言うと明るい性格だ。気持ちの浮き沈みが激しいが、物事をポジティブに捉えている。同い年だからというのもあるが、気さくに話し掛けてくれる。


 対する響希も健太と気が合い、頻繁に話すようになった。こういう交流を持てるのは良いことだ。


「ッ疲れた~」


 健太は手にしていた炭酸ジュースを一気に飲み干した。そんな彼を見ながら「お疲れ様」とねぎらいの言葉を掛ける。ジュリアの仕事は激務だ。事実上の戦場と言って良い。


「これでもまだマシな方らしいぜ。最近はミアプラに紅檜皮の襲撃がないから後始末しないで済んでるって上司が言ってた」


 ミアプラに紅檜皮。響希はこの二組織について何も知らない。思い切って尋ねてみることにした。


「そのミアプラに紅檜皮って何者なんだ」

「あーそうか。響希のとこにはそういう説明をきちんとしてくれる人、少なそうだもんな」


 健太は腕を組んで考え込んだ。自分も知っている情報はそう多くない。だからではないが、自分の見解を含んだ上でフラクタル創設の時代から大雑把に語ることにする。


「フラクタルが実はさして古参の研究所じゃないってことは知ってるよな。そう、創設されたのは二十年前、田部たべ六連むつらという実業家が起業したのが発端ってことは教科書に載るレベルで有名だ。彼らの功績のお陰で起源の研究に進歩が見られ、今の社会に影響を与えたんだ」


 響希は頷いた。


「はじめはただの研究施設として運営していたことから、ジオメトリのような特殊部隊は存在しておらず、警察が施設の警備に就いていた。

 しかしそんな上昇気流のただ中、フラクタルにある疑惑が持ち上がった・・・・・・ 」


健太は声を潜めた。


「――― 人体実験の疑惑だ」


 響希が真剣に聞き入っているので、緊張をほぐすように健太は手をひらひら振りながら軽口をたたく。


「どこにでもある話だよな」


 健太は話を再開させる。


「当然のことながら、そんな疑惑に対する証拠は一切出てこなかった。だが、疑惑が晴れようとしたそんなとき、事件が起こった」


 そこから先、健太が何を言おうとしているのか、響希は理解した。


「・・・・・・ 十年前の、フラクタル大規模火災だな?」


 響希は単語を口の中で転がした。


 この町に住んでいる者たちなら誰でも知っているはずの事件だ。今のフラクタルはその後に建て直された建物となる。


 事件の真相は明かされていない。

 人体実験の証拠隠滅だという説や、一般人による放火ともいわれているがすべて噂が一人歩きしているだけだ。


「ビンゴ!

 この火災によりフラクタル研究員の人員補充が行われた。当時研究施設で勤めていた人たちの大半が辞職したからな。今でこそかなりの人数が勤務しているフラクタルは元々は小規模の施設だったから、早急な人員補充が求められんだヨ」


 んで、と健太は付け足す。


「この人員補充を行った際に結成されたのが特殊警備部隊――― ジオメトリだ」


 そうしてフラクタルは事業を再開した。 ――― ここまで話したところで健太は息を潜めた。


「実はさ、十年前に研究施設に勤めていた研究員の中にリーダーと麻衣あさぎぬさんがいたらしい」


 初耳だった。

 となると十年前の真相を少なからずとも知っていることになる。


「あの事件をきっかけに辞めた人が大半なのに、残ったってことは余程のことがあったんだろうなあ。でも、当時のことを訊いても、ふたりの口がなんともかたいんヨ」


 健太は伸びをしながら天井を仰ぎみる。それからややあって、本題に入る。


「んで、そのジオメトリに対抗するように表舞台に出てきたのが、ミアプラと紅檜皮なんだ。・・・・・・ 詳しい目的は未だ不明」


 やれやれと大げさな身振り手振りを付け加える。それから思い出したように自分の端末を操作した。


「でも、ミアプラのリーダーは面が割れてるぜ!」


 ずいと響希の目の前に端末を掲げる。


 響希も身を乗り出し、その端末に映し出された人物を見た。 ――― 金髪の、賢そうな顔立ちの男だ。


「名前はサジ・アイネン、起源は《反射》。対面したが最後、重傷か死かのどちらからしい。互角にやり合えるのはリーダーとか幹部の人間に限られる。確か響希の端末にも情報が載ってるはずだぞ」


 どうやら自分はまだあの端末を使いこなせていなかったらしい。――― ところで、

「・・・・・・ 何でミアプラのリーダーは面が割れてるんだ?」


 響希は純粋な疑問をぶつける。


「さあ?詳しく言ってた気がするけど、聞き流した。情報がわかれば良くね?」


 真っ直ぐに返してくる健太を見つめ、しまったそういうやつだったと思い至る。重要な情報をつかんでくるのは嬉しいがいまいちあと一歩が足りない。


 響希は一旦、その情報の閲覧のやり方のレクチャーを受けてから、休憩を終えることにしようと考えた。

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