第2話 初任務ー現状ー

「本日の任務を確認する」


 結局のところ、ジオメトリメンバーの紹介はされなかった。町中及びフラクタルの警備は二十四時間体制で敷かれており、全メンバーの招集は実質不可能と判断された。それ以前の問題として、誰ひとりとしてリーダーの言葉を本気にしいていなかった。もはや慣れきっているのだろう。


 始終残念そうにくよくよしていたリーダーはやがて、夜勤チームとの交代をさせるべく行動を開始した。


 執務室の一角にはロマネスコと一部のジュリアが揃っている。

 この大部屋には人それぞれのデスクが用意されているが、ジュリアのデスクは業務内容が異なるため、また別にある。


 各々がリーダーの指示に耳を傾けている。彼は至って真面目に指揮を執っていた。


 響希は手始めに雰囲気を味わうために、町中の警備の任に就くことになった。

 巡回は通常二人一組のバディで行われることになっている。相手の名前は東雲しののめ雪也せつや、響希と同じくロマネスコ所属だ。


 ただ、顔がわからない。この一角だけでもかなりの数いる。どうしたものか。

 仕方なく誰かに尋ねようとした矢先、ふと、ぽんと肩に手が置かれた。


「よろしく。雪也で構わないよ、響希ひびき


 全身から気怠げな様子が見て取れる、黒縁メガネの神経質そうな面持ちの、響希とあまり歳の変わらなさそうな少年だ。


「メンバー全員の顔と連絡先が載っている」


 雪也は皆に支給されている、端末と無線、オートマチック拳銃を手渡す。無線は耳に装着できる小型使用だ。

 事前にリーダーから呼び出されて直接渡すよう言付かったのだ。新人と話すきっかけを作りやすいように。


―――――― 余計なお世話だ。


 雪也はことあるごとに面倒を見てこようとするリーダーが大嫌いだった。自分のことは自分でできる。ひとりの方が気楽だ。


 響希は無線をしばらく眺め、それから装着した。

 これでジオメトリ全員との即時伝達が可能となる。回線は任務に就いている者が優先的に回される。ジュリアはその根回しをしてくれる、欠かせない存在だ。その他の対処も含め。


 ジュリアはヘッドホン式のまた別の機器を使用している。ジュリア常用の機器は現場に就く者とは違い、局が三十個あり、一局十番まで。つまり三百人と個別に連絡できるようになっている。さらにひとつの番号を皆で使用可能の優れものだ。

 そうした橋渡しをジュリアから取り扱ってもらうことにより、速やかな伝達を可能とする。


 次に端末とオートマチック拳銃を懐中へ。


 雪也はそれを見届けてから背に複雑な幾何学模様が描かれているジャケットを投げ渡す。ジオメトリのトレードマークで、立体にみえれば無限につながっているようにもみえる、不思議な図形だ。


 基本的にジャケットを羽織ってさえいれば、職員・・・・・・ 特に麻衣先輩から注意されることはない。

 ジオメトリの幹部やロマネスコ所属の者は動いての任務が多く、起源を発動する荒事ととなる場合がしばしある。身綺麗にしたところで意味がない。町を守りさえすれば文句ないだろう、というのが本音だ。


 しかし、服装なんてどうでも良いじゃないか、と抗議したとしてお説教が待っているのが目にみえる。


 そこで建前上ジャケットを羽織り、ジャケットの中はセンスが悪くない程度に無難な格好をするのが彼女から逃れられる最善の方法として一部の男たちが活用している。

 かくいう雪也も、普段から動作に支障が出ない程度にラフな格好をしている。


 雪也は響希を一瞥する。彼は整った装いをしているが、いつまでもつか。それが見物だ。

 

 愛用のメガネを押し上げ「行くぞ」と振り返らず執務室を後にした。



・・・・・・ 周囲の刺すような視線が痛い。

 正確には、それだけではない。奇異の目や崇敬の念といった様々な感情が渦巻いている。


「普通の起源所持者とジオメトリに所属している所持者はまた別だからなあ」


 ジオメトリの有能さは世間一般に知れ渡っているほどだ。自然と注目の的となる。


 ジオメトリ所属の証である、視線の洗礼を受けている響希に対して、雪也はゆくゆく人たちのどのような様子にも気にする素振りを見せず、機械的に巡回ルートを視察していく。


「昇級、したいのか」


 昇級はすなわち幹部になることを意味する。幹部になれる人材はほんの一握りだ。

 響希にとって昇級という言葉は馴染みがない。単に興味が湧かないのだ。


「・・・・・・ まあな」


 雪也はふと歩みを止めた。余計なことを口にしたと後悔したが、響希の疑問が純粋なものだと声色でくみ取った。


「響希は?」


 振り返り、響希の顔を見る。雪也はこの時初めて正面から響希と向き合った。

 実のところ、雪也は響希のことが気にくわなかった。


 一年で専門学校とジオメトリ職員になるための訓練過程を卒業した。そう聞いたとき、胡散臭いと思った。人間がなせる技なのか、と。


 一般的に専門学校を卒業するまでに三年間は有するとされている。それに加えジオメトリは体術といった訓練を追加でこなしていることが、所属するための条件だ。それを一年でやってのけるのは無茶だ。それにこなせたとて、所属できるとは限らない。リーダーの最終的な判断がものをいう。あんな人でも、任務は全うする偉大な人だと自覚している。


 雪也は八年かかった。早期に入学したにもかかわらず。

 だから彼の真意に興味を持った。


「お前の目標は?」

 

 今度は響希が返答に窮した。


「まだ・・・・・・ なんとも」


 しかし、その答えは予想に反するものだった。

 

 雪也は響希の曖昧な態度にあっけにとられた。彼は路頭に迷った子猫のような表情をしていたから。


「だったら、オレみたいにはなるな」


 後に引けなくなる前に忠告する。これは過去の自分にいいたかったことだ。


 初めて行動を共にする仲間は今まで全員、雪也の近寄りがたさゆえに距離を取ろうとした。雪也の性格と親の仕事柄、腫れ物扱いをしてくる。


 だが、響希にはそれがない。


 きっとリーダーはそれを理解した上で雪也を響希の新人教育の立場に指名したのだ。ようやく説明がついた。 ―――――― まったく、余計なお世話だ。


 少しだけ張り詰めていた空気に陽光が差す。


 もの言いたげな響希を制し、巡回を再開する。

 

 響希との雑談はまた後ででも構わない。その方が気楽に会話を楽しめる。

 任務中の会話はすべて一時的に保存されてしまう。無線を通して。

 無線は万が一の為に任務中の会話のログが保存される仕組みになっていて、いずれ消去はされるが、プライベートまで話す必要は感じられない。


 この無線の機能は二つある。ひとつは会話のログを保存する機能、もうひとつは別に普段はオフの状態で緊急時に勝手にジュリアから電源が入る機能。もちろん、自分から電源を入れて報告も行う。


「お兄様方」


 角を曲がったところで高齢の女性に呼び止められた。杖をついている。


「あなた方の存在のおかげで、私は今こうして歩けています」


 聞くところによると、この女性は足を悪くし車椅子の状態が続いたが、《治癒》の起源所持者に救われたそう。

 それから起源と呼ばれるこの選ばれた者だけが発動できる能力者を、崇拝できる団体に加入したらしい。

 手を握り「この町をどうかお守りください」と訴えられる。


 雪也は形式だけの礼を述べ、早々とこの場を離れた。

 近々、この手の民間人が増加している。さらに起源肯定派に限らず、否定派の勢いにも拍車がかかっているようなのだ。肯定派はこれらの団体に加えて新手の宗教までもが誕生していると何件か報告を小耳に挟んでいる。


 今回と逆も然りで巡回中に暴言を吐かれたことも一度や二度ではない。内容は起源所持者に職を奪われた、暴力を振るわれた、など例を挙げたらきりがない。


 起源所持者に社会的地位は、たとえるなら左右に揺れる不安定な弥次郎兵衛状態を維持し続けている。

 法整備も不完全なのが現状で、やりたい放題しているやからが次から次へとウジのように湧いてできていて閉口している。起源の扱いについては、社会で議論されているタイムリーな話題なのだ。


 ジオメトリのような特殊警備部隊はまだ一般的ではない。元々研究施設防衛のために設置された部隊が、施設の外でも活躍できると判断された結果、町の警備が職務内容に入っているにすぎないのだ。持ちつ持たれつの関係。起源以外については普通の警察が担当し、それ以外は特殊警備部隊が担うことになっている。というより、普通の警察に介入されて死傷者を無駄に生産されても困る。


 そのために雪也たちは訓練を受けている上に、起源の出力は民間人が使用している具現装置リアライズ・ツールよりも最大に発揮される仕組みになっている。余程のことがない限り、ジオメトリに所属している雪也たちの方が軍配は上だ。しかしその分、扱い方に慣れていないと事故に繋がりやすいのが玉にきずだったりする。


 常に平和であればこの装置ツールの使用頻度が劇的に減るのだが、事はそう都合良くできていない。人


 員補充には厳格な選考が求められる。万が一のことがあっては遅い。対象の経歴などを調べた上で、必要な人材かどうかも選考に含まれる。だからというわけではないが、滅多に人員が補充されることはない。


 それに相反して近頃は否定派の中に起源所持者の部隊がフラクタルを脅かしているのが厄介なのだ。


 否定派の中でも独立した部隊らしく(そもそも否定派と称して良いのかも危うい)、フラクタルだけを執拗に襲撃してくる。しかも二組織。

 リーダーによるとこの二組織はこれまた仲がよろしくないらしい。・・・・・・ 面倒くさい。


「ミアプラ」と「紅檜皮」、そう二組織は名乗っている。


 この話題が挙がると決まってリーダーは「いっその事まとめて掛かってきてくれないモンかねえ」と必ずぼやく。

 響希は知る由もないが、松良力也という人物は見た目と態度は最悪だが超人だったりする。そこに腹が立たなくもない。


【東雲君、蒲水君。郊外で暴動事件発生。現場は―――――― 】


 突如、無線が入った。麻衣先輩からだ。


 響希と頷き合う。初任務で事件とは―――――― 胸が高鳴る。

 雪也は響希と共に目的地まで駆け出した。

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