第1話 ひねくれ者の上司
「信頼の置ける人の元へ預けられるよう頼む」
響希は卯水さんのこの言葉を早くもあてにできずにいた。
―――――― 時は遡り約五分前に戻る――――――
専門学校を無事一年で卒業し、資格を取得した響希はフラクタルの特殊警備部隊ジオメトリの一員として所属する運びとなった。
そして本日から正式に任務を遂行すべく応接室に赴いたのだが、ジオメトリを統制しているリーダーと称される人物が難癖もある人のようである。
結論からいうと、応接室にはリーダーはいなかった。
代わりに応接室の扉が勢いよく開け放たれた。・・・・・・ 威勢の良い声とともに。
「諸君‼フラクタルにようこそ。私はフラクタルの
はい?
響希の思量はその一言で埋め尽くされた。ついでに言わせてもらえば、ひとりで応接室に訪れたので諸君でも何でもない。
「この人は
決めポーズをするリーダー?の背後に控えていたポニーテールの女性が冷静に言葉をつなぐ。
「私は
満面の笑みでその女性は握手を求めてくる――― 目の前にいる上司を押しのけて。
「・・・・・・ マイマイ、君はいつからそんなに俺に厳しくなったん――― 」
「黙っていただけますか今取込み中なので」
バッサリ切り捨てた。
ここは自分がこの空気に終止符を打つべく、前に出る。
「はじめまして、蒲水響希です。・・・・・・ 先程疑問になったのですが、フラクタルのリーダーとなるとこの研究所の所長、ということですか?」
握手を交わしながら麻衣さんに問う。
「訂正しておきますが、彼はジオメトリのリーダーであってフラクタルの所長ではありません」
つまりは警備部隊の総指揮官ということになる――― この人が。
フラクタルの所長であっても問題なのだが、ジオメトリのリーダーはかなりの切れ者だと勝手に印象付けていた。しかしながらこの上司からは威厳もへったくれもなく、ただ頼りないダメ男っぷりが発揮されているようにしか思えない。
「マイマイ~、君は俺のことを見捨てるのかい?君はいつも俺の側にいるじ――― ぐおっ」
なるほど響希が取った行動は悪手だった。終止符を打つつもりだったが、火に油を注いでしまったようだ。
投擲された分厚い書類の角が松良さんの眉間に直撃し、本人は床にのびてしまった。
書類を直撃させた犯人、麻衣さんは無表情で言い放つ。
「好きで秘書をやっていると思うのなら、それは大間違いです」
松良さんは聞いているのかも解らない。恐らく耳に届いていないだろう。
彼女は振り向き、話を続けた。
「蒲水君、ごめんなさい。この後の説明は松良さんからなんとか聞いてもらえると助かるわ。無理矢理スケジュールを変更して同席したものから・・・・・・ 」
申し訳なさそうな、哀れみの視線を向けられる。松良さんの人柄上、挨拶もままならないと判
断したのだろう。それだけ考慮してもらえだけ充分だった。
「了解しました。このまま松良さんが起きるのを待ちます」
響希は苦笑で返答した。
―――――― とまあ、こんな具合に挨拶が進行し、現在に至る。
この人が卯水さんの言う「信頼の置ける人」かどうかは定かではないが、それに近いことは間違いないはずだ・・・・・・多分。
扉が閉まる。
取りあえず、気絶したフリをしている彼に話し掛ける。
静寂。
しかしその静寂は直後破られた。
「・・・・・・ 気付いてたか」
何事もなかったかのようにのそりと上体を起こす。繰り返すが書類の角をまともに食らい、気絶したはずである。もっとも、その理由を響希は説明ができるのだが。
「起源を使いましたね、眉間に食らう半瞬前に。・・・・・・ 特有の模様が一瞬だけ顕れたのを視認しました」
起源は発動した際に特有の模様が一瞬だけ顕れる。本来であればその模様は動体視力が追いつかなければ見極めるのは難しい。普通の人でなら不可能に近い。しかし、響希は専門学校時代にそのスキルを身につけた。特技といっても過言ではない。
その、相手の起源を見破れる一種の才能は、即戦力として期待されている。
松良さんはさっと前髪をかき上げながら(決めポーズをとりながら)、笑顔を向けた。
「さすが。専門学校を優秀な成績かつ一年で卒業し、さらにはジオメトリの訓練過程をを通過しただけあるな。あれがバレるとは予想外だ。誰かさんとは違って才能あるね」
「その誰かさんは存じ上げませんが、褒め言葉として受け取っておきます」
松良さんは少し眉を上げ、それから困った顔をした。
「・・・・・・ 俺のことは『松良さん』ではなく、『リーダー』と呼んでくれ。俺をそう呼ぶのはまいなくらいだ」
「了解です、リーダー」
そう返事はするものの、響希は混乱を隠せずにいた。
先程と今で、彼は全くの別人格のように接してきている。これは異様な変化の仕方だ。表情に陰りが帯び、笑顔の仮面をつけているような印象だ。言い方は悪いが似合わない。ところが彼の態度には、その理由を尋ねても教えるつもりがないだろうという意志が伝わってくる。
「それはそうと、本日から君も任務に加わることになっている。私の
毎度毎度その決めポーズはどこから発想を得たのか気になってしまうあたり、これは現実逃避を始めているのだろうと自覚するくらいには、響希は精神が萎えてしまっていた。
それぐらいリーダーの人格の変化のしように困惑するほかなかったのである。
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