フラクタル・スピリット

石蕗千絢

プロローグ

 うまれてはじめて己を示す模様を知れた、そのときの感動は忘れられない。

 薄暗い部屋。室内の電灯は消されているが、部屋を灯す輝きがひとつ。


 筒状の装置、思考出力装置ソウル・アウトプット・デバイス――通称《出力装置アウトプット・デバイス》の中には幾何学模様が映し出されている。


 今回その装置には、点と線で表現された幾何学模様が映し出されている。模様とはいえ立体的で、煌めきは生き物のように拍動していて不思議な感覚に囚われる。


「――― これが、俺」


 この模様の持ち主、蒲水響希かまみずひびきは溜息を漏らした。


 人は二種類存在する。《起源》を持つ者と持たぬ者。

 前者は『所持者』と呼ばれ自分の個性を生かし、後者は『非所持者』と呼ばれそれ以外の人生を送る。


 別に後者が負け組だと考えたことはない。ただ響希にとって、自身が何者であるのかを示すものがあるのと、ないのとでは生き方が変わる。その違いが重要だと信じてきた。


「お前の起源は《生成》だ」


 響希は親を知らない。五歳の頃に、親戚だと名乗る彼に引き取られた。当然、その頃の記憶は曖昧で覚えていない。


「ありがとうございます、卯水うすいさん」


 初老のこの男性は自らを親と認識することを頑なに拒み続けるような人ではあるが、彼との関係は家族だ。卯水さんは優しい。こうして響希の主張を尊重してくれる。


「本当にこの推薦状を受けるのか?」


 響希が迷いなく「はい」と応えると、一三いちさはしばらく口を閉ざした。考えがまとまるまで何も発さず、思考し続けるのが彼のスタイルだ。


「ワシは起源を持たなかったから何一つアドバイスしてやれん。だから信頼の置ける人のもとへ預けられるよう頼む」


 一三はペンを取り、便箋になにかを書き始めた。

 内容を確認しようと響希が覗き込もうとしたところ「夕食の準備でもしとれ」と軽くあしらわれる。

 口惜しい気はあるが、こうして気遣ってくれる卯水さんに感謝しつつ、リビングへと足を向けた。


 推薦状の送り主は国内有数の起源の研究機関〈フラクタル〉である。フラクタルは研究機関そのものの名称であり、所属している者の中では主に研究員だけがその名を名乗る場合が多い。


 彼らは〈ジオメトリ〉と名乗っている。

 研究機関フラクタル独自の特殊警備部隊の名称がジオメトリ。ちなみに、ジオメトリは特殊警備部隊の総称で、その中でもまた〈ロマネスコ〉と〈ジュリア〉の二つの部隊で編成されており、それぞれ異なる役割が課されている。


 余談だが、ジオメトリはこの二つの総指揮部隊でもあり、有能な人材を集めた少数精鋭の幹部だけの部隊を兼ねているらしい・・・・・・聞いたところによると。


 特にフラクタルは国内有数の研究機関ということも相まって、起源否定派の組織になにかと目を付けられやすく、かなりの頻度で襲撃を受ける。機密性の高い情報が漏洩するのを防ぐために大半はフラクタル防衛人員としての役割を務めることになる。

一方、町中での警備も怠ることはない。いまだ謎が沢山残っているこの能力を持て余す者は数多くいる。


 出力装置アウトプット・デバイスとの相性が良ければ〈具現装置リアライズ・ツール〉の装着を認可される。この腕輪状の具現装置がなければ、起源所持者も能力を発動できない。


 さらに起源を発動させるのにもコツを要する。

 自身の脳内でどのように出現させたいのかを想像イメージすることが要となる。確実に想像イメージしなければ、起源が発動しないあるいはは想像イメージ通りに能力を出現させることができず、人によっては大事故に繋がってしまうこともままある。


 そもそも、起源自体が微弱なため、思うように発動しないことの方が一般的だ。


 その他諸々の事情も含め、起源を一般的に用いるのにもまずは適性検査、次に資格を得るために専門学校に通うなど苦労が待ち受けている。起源所持者だと判明しても自分のものにするためには道のりが長かったりする。

 資格を得る権利があれども、自らその権利を手放す人もいるほどだ。


 響希はひとまずその道筋に乗れたことに安堵した。


 「なんだ、嬉しそうじゃないんだな」


 夕食の準備をしていると、卯水さんが食卓に着きながら尋ねてきた。手紙は書き終えたらしい。


「嬉しいですよ」

「・・・・・・ 相変わらず顔に出ない奴だな」


 個人的には喜んでいるはずなのだが、なぜか卯水さんにはそうは見えないらしい。


「響希、まずは資格を取れ」


少し間をおいてから、一三は手紙を手に掲げながらいった。


「この推薦状は直接お前を勧誘しているが、資格を取り然るべき訓練を積むことが先決だとワシは思う」


 推薦状の詳細は知らされていないが、所属するより先にまずやらなければいけないことが山積みにある。覚悟の上だ。

 響希も席に着き夕食を配膳する。それから二人で「いただきます」をした。今日は卯水さんが好きな煮物を準備しておいた。これはせめてもの感謝の気持ちである。


 最初は卯水さんの手伝いから始まり、次第に自身で料理をするようになった。今では「ワシより上手い」と褒めてもらっているぐらいだ。


「――― もう九年か」


 ふと卯水さんが呟いた。

 響希が引き取られてから、もうすぐ十年になろうとしている。


「もうすぐ十四歳です」



 これは響希がジオメトリに所属する、一年前の話。


 やがて彼らは真実を知る。


 

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