第4話
「でも何で
不思議に思って尋ねると、
「
「ふーん」
私がそう言うと、沙羅は私に言った。
「あと、
「どんなひとなの?」
「うーん、まあ会ってみればわかるよ。すごく変わった人。でもいいひとだよ。私が一時期家出していたとき、かくまってくれた。付き合ったのも、私から彼にものすごく迫って迫って押し切った感じで、向こうは優しいから断れなかったんじゃないかなあ。だってこっちは中学生だし、向こうは大学生だもん。本当なら向こうからは子供すぎて相手にならないよね。付き合ってくれたときも、うんとがんばって迫ってみたけど、結局キスくらいしかしてくれなかった。でも今から考えると、いい人だったな、って思う。ファザコンとブラコンが一緒くたになった子供の愛情欲求につけ込むことはしなかったし」
あっけらかんと笑ってから沙羅は
「あ、今はもう何でもない関係。それに私は陸が一番大切」
私が笑うと沙羅は可愛らしい顔で照れたように微笑んだ。
恋している女の子の顔だなあ。
可愛らしい。
陸め。おまえは幸せ者だな。
なんかそんなこと思ってほのぼのしていたら、沙羅は言った。
「彼はずっと海外にいたんだけれど、一時的にこっちに戻ってきてしばらく実家にいるみたい。その後もまた海外に行ってしまうから、今会わないともうずっと長いこと会いに行けることもなさそうで、会っておきたかったんだ。お世話になったことにちゃんとお礼も言いたいし」
老舗の温泉旅館の重厚な雰囲気にちょっと圧倒されつつ、窓から海が見える広い部屋に通された。しかも露天風呂付きの個室でものすごく豪華だったので、本当に言われた値段でいいのかな、と恐れ入るほどだった。
「荷物解いたら散歩に行こうよ」
うきうきとして沙羅は日焼け止めを塗りながら浜辺を散歩しに行くのを楽しみにしている様子だった。従兄はサーフィンが趣味なので季節に関係なく海に出ているはずだという。
陽射しは
「ああ、いた。やっぱり」
満足そうに言って沙羅は遠目に彼を確認してから、特に彼がこちらに戻ってくるのを待つでもなくまた浜辺を歩いて私をお土産物屋さん兼食堂みたいな場所に連れて行った。
「旅館のごちそうも美味しいんだけど、ここの海鮮丼もすごく美味しいんだよ。明日のお昼はここで食べようよ」
そう言って彼女はお店の中に声をかけた。
「おばちゃーん」
中からふくふくしい年配の女性が出てきたと思ったら、沙羅を見て嬉しそうににっこりした。
「まあ沙羅ちゃん。美人さんになって!!」
沙羅は嬉しそうに私を紹介した。
「お友達の神奈ちゃん」
「初めまして」
「まあこちらも美人さん」
お世辞にちょっと恥かしくなっていたら
「
と沙羅が女性に訊いていた。
「今お使いに出てるけれど、もうじきしたら戻ってくるよ」
「そっか。じゃあここで待とうかな」
沙羅はそう言って私に訊いてきた。
「アイスクリームでも頼もうか?」
「喉が渇いたからフロートみたいなのがあればそれがいいな」
「あるかな?」
メニュー表を見た沙羅に女性は笑って言った。
「いいよ、サービスで出してあげるから。コーラにバニラのアイスでもいい?」
私たちはお礼を言って、特別に作ってもらったそれを頂いた。
「私が家出していた時、ここでもお世話になったの。ここんちの一人娘の瑠偉の部屋にしばらく泊めてもらったりしたんだ」
沙羅がそう言っていたら、ちょうどその噂の彼女が帰ってきた。
「あれー、沙羅、きてたんだ」
少年みたいにベリーショートにしている見るからにロック大好きな感じのファッションの女の子が嬉しそうに声を上げた。
「久しぶり。瑠偉元気だった?」
「うん。そういえば
「そう、それで会いに来たの」
「そっか」
「あ、この子は神奈。神奈、こっちは瑠偉」
沙羅は簡単に私たちを紹介して引き合わせたので、私たちはお互いに
「初めまして」
となんか照れて言い合った。
「ちょっと上がって行きなよ」
そう言って瑠偉ちゃんは私たちを二階の彼女の部屋に通してくれた。
それでアルバムを引っぱり出して来てにやにやしながら
「じゃーん」
少女時代の沙羅のかなりはっちゃけている写真を見せてくれた。
「うわー、今と全然違う!」
瑠偉ちゃんをさらにパワーアップさせたヘヴィメタ大好き少女だったらしい。メイクもスゴイ。
三人でげらげら笑い転げて、瑠衣ちゃんが出してきたメイクセットで三人で当時の沙羅のメイクを再現して、瑠衣ちゃんのクローゼットから色々引っぱり出してヘヴィメタコスプレの写真を撮って遊んでいたら、おやつを持ってきてくれたおばちゃんにものすごい驚かれて大笑いされた。
「下に智ちゃん来てるから、ちょっと降りといで!」
と言われて、ノリで三人で降りて行ったら、沙羅の従兄で元カレの
「何やってんだよ、おまえら!!」
とお腹を抱えて笑い転げていた。
そんなわけで(どんなわけだ)なんかノリで変な初対面になったせいか、彼とはすぐに打ち解けた。
サラ・ルイ・カンナとなんだか三点セット一
「みんなの期待の星の超エリートなはずが、今じゃすっかり変人になってしまったよね」
ものすごく的確で失礼なことを言う沙羅に、瑠偉ちゃんも同意していた。
「ひどいな」
苦笑する彼に
「だいじょうぶ。愛すべき変人だから!」
瑠偉ちゃんがすかさずフォローしていたけれど、あまりフォローになっていないような。でもなんかそれも的確な表現な気がして笑った。
智也さんは瞳がすごくきれいで、本当にきらきら輝いているみたいな眼差しで世界を面白そうに見ている。彼の眼を通して見る世界は、ものすごく面白い世界のようで、どんな酷いことでも角度を変えて見て、何でもジョークにしてからっと笑い飛ばしてしまえるくらいの、どこかものすごく健全で強い優しさとか広やかさに溢れているみたいな人だった。
「不幸とか障害とか問題って人間の価値観や偏見が作るものなんだなって思った。この国にいたら奇形児と呼ばれるだろう七本の指のある子供がいて、その子の親に手術で五本に整形することもできますよ、って言ったら、なんでそんなことするのか、っていうわけ。せっかく神さまが普通の人が五本のところを七本も指を与えてくれたのに、何でわざわざみんなと同じようにするために切らないといけないのか? 確かにそうだよなーって思ったよ。その子自身も、ものすごく
勝手に可哀そうって思うとか、
それぞれに様々な背景をもってみんな生きているけれど、それが社会や共同体の大多数や標準の規格や規定からだいぶかけ離れたものだったり、すごくたいへんそうだったとしても、その当人はその中で一生懸命にただ生きていたり、その中でこそ味わえる楽しさやたいへんさなんかのすごく豊かな経験を満喫しているだけだったりするんだよ。
それを勝手に憐れんだり気の毒がったり可哀そうがったりするから、それが不幸なものになってしまうだけなんじゃないかなーって。
だいたい、自分を
夜も更けて彼の部屋で私たち三人と一緒に旅館のごちそうを囲んでいた時に、何かの話のついでに彼がそんな話をしてくれた。それは私にとってとても印象深い話だった。私が彼の話に惹き付けられたように聴き入っていると、沙羅がにこっとした。
「神奈なら智ちゃんの話、絶対気に入るって思ったんだ」
そして瑠偉ちゃんは沙羅となんか目を合わせてにやにやしながら言った。
「愛すべき変人の仲間だね」
「なにそれ」
「だって、沙羅から変わっててすごく面白い子がいるよって神奈のこと聞かされてたんだもん」
沙羅に目をやると、沙羅は悪気なく笑った。
「褒めてるんだよ!」
智也さんのことを笑った自分にまさかのブーメラン。
「こいつらはまだいい方だよ。俺の大学時代の友人の間では俺はすっかりクレイジー扱いだし。学生時代に付き合った何人かの女性にはあんた宇宙人なんじゃないの、とか言われたし」
智也さんにそう言われて、悪いと思いつつもまた笑ってしまった。
「智ちゃんモテるけど、ふられる率も高いんだよね。向こうから寄って来たのに向こうからフラれる」
沙羅がそう言うと、彼はちょっとむっとしていた。
「そんなの向こうが勝手に何かを俺に期待していただけなのに、期待通りじゃなかったってだけで勝手にカンカンになって怒って去ってくんだぞ。俺のせいじゃない」
「智ちゃん優しいから女性に夢を抱かせちゃうんだよ。期待の星だったし。超エリート医師のお嫁さんドリーム
そう言って、瑠偉ちゃんは笑った。
失礼だとは思いつつ、あまりに想像できてしまい笑ってしまった。
「私は中学生でも智ちゃんの素敵なところをちゃんとわかっていたのに、その人たちが見る眼がなかったんだよ」
つんとして沙羅がそう言うと、智也さんは笑っていた。
「そうか、ありがとう」
「それなのに、大人の女の色気に惑わされてたのも、智ちゃんだしね」
「きついなあ」
苦笑する智也さんに、沙羅は子供みたいに顔をしかめて舌を出していた。
なんか笑ってしまった。
普段はつんと澄ました沙羅が彼の前だと無邪気な子供みたいに手放しで甘えていてなんか可愛いらしかった。
「沙羅も十分魅力的だったけど、手を出すわけにいかないじゃないか。仕方ないだろう」
「そうだった? 魅力的だった?」
機嫌をよくした沙羅に、彼は優しく笑って言った。
「うん、可愛かったよ。何か女性と少女の魅力があったし妖精みたいだった。だからよけいに汚したらいけないって気がしたから手が出せなかった」
沙羅はちょっと赤くなっていた。
うーん、これは確かにもてるの、わかるな。
何となくそう思いながら私は元恋人同士の会話を聞いていた。
「智ちゃん、今誰か付き合っている人はいるの?」
瑠偉ちゃんが興味津々で尋ねて、彼は
「もう長くつき合っている女性がいるんだけど、彼女とは気が合うからこのままずっと続くかも。でも一つ心配なことがあって」
「なになに?」
わくわくして聴き入る瑠偉ちゃんと沙羅に彼はちょっとため息をついた。
「彼女はブラジル人で、すごくセクシーでスタイル抜群の綺麗で情熱的で賢い理想の女性なんだけれど、彼女のお母さんっていう人が、なんというか、すごくいい人で日本で言う肝っ玉母ちゃんみたいな豪快な人なんだよね。
私たちがげらげら笑い転げるなかで彼はけっこう真剣に心配していた。
「それに情熱的なのはいいんだけど、彼女、怒るとすごく怖いんだよね。今からでも形勢不利なのに、将来あんなすごい母ちゃんみたいになったら、俺は絶対に負ける自信がある」
言葉の使い方間違っているよ! と大笑いした沙羅に彼は突っ込まれていた。
明日には帰るという日の夜、私と沙羅は夜の浜辺を智也さんと散歩した。大きな満月が夜空に明るく輝いている明るい月夜だった。瑠偉ちゃんも後から合流してみんなで何だか賑やかにおしゃべりして楽しく過ごしていたら、瑠偉ちゃんがいたずらっ子みたいな顔で
「肝試ししようよ」
と言い出した。
近くにお寺と墓地があるのでそこに行こう、というのだ。幽霊が出ると噂で最近は地元のちょっとしたホットスポットになっているらしい。沙羅と智也さんも乗り気で、私はちょっと内心ビビりつつも好奇心に負けてOKした。
おばけなんてないさーおばけなんてうそさーと鼻歌でメロディーだけ歌いながら歩いていたら、智也さんに笑われた。
先頭は瑠偉ちゃんで、沙羅と私が手をつないで続き、後ろから智也さんがついて来た。最初に遠目に見たお寺は不気味だったけれど、境内に入ったらなんとなく静かだしきれいだし別に怖くなかった。そのまま墓地へ回ったけれど、特に悪寒も何も感じず、むしろ静かだなー落ち着くなーという感じ。そのまま瑠偉ちゃんについてぐるぐる辺りを回ったけれど幽霊には遭遇せず、ちょっと期待外れ(?)でみんなそろそろ帰るか、という感じになっていたとき、茂みの方で何だかがさごそ音がしてちょっとびくっとした。
「たぬきでもいるかな」
瑠偉ちゃんがそう言いながらその音のした方へ行ったら、
「しっ、しっ!」
と声? がして、瑠偉ちゃんが爆笑している声が聞こえた。
「智ちゃんもいるよー!」
とか言って大笑いしている。
しばらくして中学生らしいむすっとした顔の男の子と赤い顔をした可愛い女の子が、瑠偉ちゃんと一緒にこっちに茂みの方から出てきた。
「なんだ女の子ここに連れ込んで悪さしようとしてたのか」
笑いながら智也さんがその男の子に声をかけている。
「これ、智ちゃんの弟の
瑠偉ちゃんが私に言った。
そしてにやにやしながら彼に
「ひとにしっしっなんて犬でも追っ払うみたいに言うからこんなことになるんだよ、ばーか」
とからかうように言っていた。
「瑠偉のあほ。少しは空気読めよ」
「空気読んだから助けたげたんじゃないの。どうせ無理言って連れ込んだんだろう」
確かに女の子の方は、ちょっとホッとしているみたいに見えた。
むすっとしている和也君は女の子の方をちょっと見た。彼女のほうは和也君にすまなそうにしていたので、彼は彼女の手をつないで
「送ってくよ」
とちょっと優しく言っていた。
ほっとしたような彼女に、瑠偉ちゃんは笑いながら言っていた。
「気をつけなよ。こいつばかだから、襲われそうになったら股間蹴っ飛ばしてやんなよ」
彼女は赤くなって頷いていた。
それを見て和也君は少々ショックを受けていた様子。
「ここは隠れたデートスポットだったのか」
智也さんがそう言って沙羅がつまらなそうに言った。
「幽霊の正体もカップルのことだったのかもね」
「せっかくだから祖父ちゃんたちに挨拶に行ってから帰るか」
「そうだね」
そう言って智也さんの家のお墓に寄って挨拶?してから私たちは帰宅の途についた。
「本当にあった怖い話したげようか」
帰り道で智也さんはそう言った。
「してして」
催促する瑠偉ちゃんと沙羅に彼はちょっと笑った。
「俺の友達の家はけっこう大きな旧家でさ、その家の家系では代々入り
「外から来た人が早死にするの?」
私が訊くと、彼はそう、と
「外から来た人だから家系の遺伝ではないでしょう」
「そうだね」
「でも先祖代々連鎖している」
「呪いとか祟りって話になってくるわけ?」
沙羅がそう言うと、彼は言った。
「長い歴史のある大きな家には
それは一昔前であれば業だとか因縁とか先祖の祟りなどと言われていたものだろうけれど、実際にはそれはその共同体に受け継がれてきた関係性の様式(コミュニケーションの様式)にたいてい問題があるのだと思う。
当人が自覚してそれを問題だと認識しない限りそれは変わることはないし、濃縮されてより過酷になっていく可能性すらある。そういう意味で、今の時代にそれを何か先祖の祟り、業、運命、宿命、因縁などと言われてそれを浄化することをすすめられたとしても、本人は自分以外の責任だとしか考えないので、問題を解決することよりもよけいにややこしくさせることが多い。
自分がその問題を引き起こしている、参与している張本人であるにもかかわらず、自分だけが皆のために一生懸命尽くしている、自分は正しいことをしている、こんなに自分は大変な思いをして皆のために尽くしているのになぜ自分に従わないのか、というように思い込んでしまうと始末に負えないから。むしろより厄介な問題になっているんだよね。
俺の友人は幸い、そういう家系にまつわる問題に対して客観的に観察して問題の真相に気づいたから、その家にまつわる関わりから距離をとることを選んだけれど、これって大なり小なりあちこちで見られる問題なんだよね。家族という共同体の問題は外からは隠される分、内部からの腐敗や浸食が
「ちょっとこわいね」
私が言うと
「だから本当にあった怖い話」
「怖すぎだよ」
瑠偉ちゃんが言って
「でも何かわかる気がする」
沙羅が言った。
「目に見えない心にまつわるものを伝達していく関係性に乗って運ばれていく病んだ様式が目に見えないゴーストっていうエネルギーになるのかも」
私がそうつぶやくように言うと、智也さんは
「そう考えると、ゴーストはいるし存在するエネルギーだってことになるから、昔の人々の智慧も間違いではないね。でも対処法は現代に合わせたほうがいいと思うけど」
「そうだね」
私は彼を見上げて尋ねてみた。
「智也さんのお友達のような姿勢でいるには、単に客観的であるだけではだめだよね」
彼は私を見た。
「本当の客観性とは何か、ってことでもあるよね」
「参与しながらの観察、それは自他も含めて客観的に観察するってことで、自分だけ切り離してしまわずに、自分もそこで影響を与え合っている要素として自分のことも含めて客観的にみれるかどうかってこと、そういう意味だよね? 主観も含めての客観性、みたいな?」
「そうそう」
笑って彼は言った。
「今までの客観性のイメージって自分を切り離して自分以外のものを観察することを言っていたでしょう。でもそれではもう既に時代遅れになっていて、今はもうワンステージ上がって、自分も参与している事も含めて観察できる知性が必要になっているんだよね。自分の主観の世界も含めて客観性を保つというか、その姿勢や感性が必要になってきているし、そこからフェアに他者の主観の世界も内包していくと、更に重層的多層的な世界観になっていくでしょう」
「面白いね」
「そう、世界ってものすごく面白いんだよ」
「参加して行動する哲学者って今度から智ちゃんのこと呼ぼうかな」
笑って沙羅が言うと瑠偉ちゃんが言った。
「愛すべき変人よりはかっこいいね」
「実際に自分がそこでどんな反応をするか、それこそが一番面白いんじゃない?」
彼はそう言って笑っていた。
駅まで見送りに来てくれた瑠偉ちゃんと智也さんに見守られて私と沙羅は電車に乗りこんだ。乗車口に立ってそこでしばらく
「智ちゃん、いろいろありがとうございました。瑠偉も、ありがとう。ずっとちゃんとお礼を言わないとって思っていたの。本当にありがとうございました。お世話になりました」
「どうしたの」
瑠偉ちゃんがびっくりしていたけれど、沙羅は笑った。
「これは今回だけのことじゃなくて、以前お世話になった分も含めてのお礼」
智也さんは沙羅をじっと見ていた。
「沙羅、元気そうでよかった。会えてよかったよ」
「私も」
智也さんは私に向かって微笑んで言った。
「沙羅のことをよろしく」
「まかせて」
私は笑って言った。
発車のメロディーが流れて、私たちはそれぞれに少し後ろに下がった。
「智也さん、瑠偉ちゃん、お世話になりました。ありがとうございました」
私も慌てて二人にお礼を言って、智也さんと瑠偉ちゃんは笑顔で手を振ってくれた。
閉じたドアのガラス窓から手を振って、流れ去る景色と一緒に遠くなる二人を沙羅と一緒に窓から見送った。
「何か淋しくなっちゃったね」
「そうだね」
しんみりしている沙羅と一緒に座席に移動して、
「帰ったら陸が待っているよ」
と励ますように言うと、
「うん、そうだね。お土産渡してあげないと」
笑って言いながらも窓の外をなんとなく淋しそうに眺めていた。
「旅の仲間って不思議だよね。数日一緒に過ごしただけなんだけど、すごくなじんだ気がして別れる時ものすごく淋しい」
「ほんと。なんかすごく淋しくなってしまった」
そう言ってから沙羅は私に
「神奈、付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ。楽しかったよ」
沙羅は私にちょっと微笑んだ。
それから淡々と話しだした。
「私が家出していたとき、智ちゃんと瑠偉の二人がいなかったら私はどうなっていたかわからない。今はもう落ち着いたけれど、当時は本当にめちゃくちゃ自分の気持ちが荒れていてどうしようもない状態だったの。
智ちゃんが言っていたように、古くから続く家ってなんかどうしようもない
私の家もそうだった。今は家族が離散したみたいに解体されているけれど、本当にそうなってよかったって思う。一家離散みたいなのって悲劇みたいに思うかもしれないけど、うちに関してはそれが正解だった。父は再婚して幸せそうだし、私も家を出て一人で生活しながら大学に通って好きに過ごしている。当時家族で住んでいた家も土地も全部手放して再出発した父の決断は正しかったな、って思う。
父は入り婿で地主の娘である母と結婚して私と妹の四人家族で暮らしていた。幼い頃から何でかうちは争いが絶えない家で父は私にすごく厳しかった。父は怒るとすごく厳しくて怖かった。過酷と言ってもいいくらいの厳しさだった。母は父の極端な態度や性格についてよく愚痴をこぼしていた。そういう人だから仕方ないって。だからずっとそういうものなのかと思っていた。苦労している母がかわいそうだと幼い頃は思っていた。
でも、実は違ったの。成長するうちにわかってきた。母は父に私を攻撃させるように仕向けていたし、本当は母が私に対して行いたいことを父のせいにして、そうして自分は私の味方のように振る舞っていたの。本当の黒幕は母だった。私を痛めつけることで喜んでいたのも面白がっていたのも母自身だったの。
それだけではなく、わざと私が罠にかかるようにけしかけておいて、それを鬼の首を獲ったかのように得意気にみんなの目の前で見せしめのように
妹はそれを見ていたので、同様に私を扱った。陰湿な攻撃でいびって面白がりながらも、私からの思いやりや優しさを無理やりにでも
母という人は、私にとっては、味方のような顔をして私の生命力や人生を弄び、いつでも攻撃して楽しんでいるくせに、私の同情を買おうとしたり使いものにするために利用したりするようなとんでもない人間だったし、妹もそのミニチュア版といったところだった。そして年を経るにつれて妹の方がより
家族という人間関係の縮図から私が学んだのは、こういう種類の人間を自分と同様の良心や感情がある人間として扱ってはいけない、ということだったの。
様々な感情言語を駆使して同情を買ったり、正義仕立てやおためごかしに自分の都合のよい論理を押しつけてきたり、周囲を取り込んで圧力をかけてきたり、自分の都合よく物事や人を動かすためになら平気で主語や述語を入れ替えて自分に都合よく話を作り変えてしまう
こんなに自分はみんなのためを思って尽くしてきたとか何とか、全て自分のためにしてきたこと、そしてそれによって本来不用な余計な問題を引き起こして周囲を巻き込んできたというのに、絶対にそれを認めない。マッチポンプって言うの? マッチを
一見まともそうに見える変質者、そうとしか言えないような人格に問題がある人間は実際にいる、ということを私は家族という牢獄から身を持って学んだの。
結局父も被害者だった。母のそういう奇妙な関係の持ち方に
何故母が私にあそこまで陰湿な攻撃性を向けていたのか、本当の理由は母にしかわからないけれど、自分のお気に入りの子供である妹が実は父の子供ではなかったことが関係していたのかもしれない。妹は母の不倫相手の子供で、しかもその相手とは親戚関係にあった。彼女が一体何をどうしたかったのか、今となってはわからないけれど、私はもう理解しようとはしないことにした。どんな背景や事情があったとしても、もう私には関係ない人たちだと自分で決めたの。理解しようとしたり感情移入をしようとしたら、相手の問題を自分の中に入れてしまうだけだと気づいたから。妹に関しても同じ。もう理解したいとは一切思わない。
その道を通らなければ本当に心や身体の奥底から理解できないことってある。納得できないことってある。自分を哀れんでしまったら、それこそ相手を何度でも殺してやりたいくらいの
世の中にはいろんな人がいるよ。私の初期設定はかなりきつくて最悪だったけれど、だけど、智ちゃんや瑠偉みたいな人たちもいる。他にも助けてくれた人たちはいたし、今では陸や海さんや神奈もいるし。
私はどんなにきつい状況にあってもそういう本当に素敵でいいもの、楽しいもの、面白いものを見失いたくなかったの。もっとそういうものがたくさん見たかったの。
自分自身っていったい何なのか、どうなりたいのか、どんな人たちや仲間を求め、関わりたいのか、自分の時間をどのように使って、誰と分ち合いたいのか、それって自分で決めたり選べることでしょう。義理やしがらみにいつまでも自分を縛らせているよりも、自分からそこを思い切って脱け出して、自分で自分の人生を自由に描いていくことに本当は誰にも遠慮なんていらないんだ、って思ったの。だって誰かが私の人生に責任をとってくれるわけじゃないもの。私の人生に責任があるのは私だし、自分の幸不幸を決めるのも私次第なんだもの。これはそれに気づくためのチャンスなんだって思うことにしたの」
沙羅のことをよろしく──何となく智也さんの顔が浮かんだ。
「それって陸は知っているの?」
「うん、ちょっとだけ話したことあるよ」
「そうか」
何となく私は智也さんが話してくれた話を思い出していた。
むしろ神様からの贈り物、恩寵くらいの感覚なんだよね──
「沙羅が沙羅自身になるためのギフトみたいなものだって思うことにしたんだね」
「そうそう、そんな感じ!」
笑って沙羅は言った。
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