ウソツキ地底人と正直者の天空人

里場むすび

ウソツキ地底人と正直者の天空人

 ご承諾、ありがとう。

 それじゃあさっそくだけど、あなたたちにはこれから、直観ゲームをしてもらうわ。

 そう、推理ゲームではなく直観ゲーム。直感ではなく、直観。

 ただ、真理をその目で直接に観ることのみをゲームマスターあなたたちプレイヤーに要求するわ。


 といっても、難しいことは考えないで頂戴。頭を使うことは、ここでは求められていないのだから。


 率直に、観てくれればいいの。


 俯瞰してくれれば、いいの。


 あなたたちが真相を直観できたら、あなたたちの勝ち。さもなくば、負け。分かりやすいルールでしょう?


 さあ、それでは始めましょう。

 これより語られるは、ウソツキ地底人と正直者の天空人のお話。

 むかしむかし、ここではないどこか遠くの星でのことです。

 その星には、地底と天空に人が住んでいました。間にある地上は聖域とされ、まったくの無人。その星の人々は、地底人と天空人の二種類にはっきりと分かれていたのです。


 地底人はウソをこよなく愛し、隙あらばウソをつきます。

 一方で、天空人はウソを蛇蝎のごとく嫌い、本当のことしか話そうとしません。


 まったく主張の異なる両者がいがみ合うのは、必然だったと言えるでしょう。

 地底と天空の間は幾度となく戦争の舞台となり、永きにわたって数多の血が流れました。

 しかし、いつまでも戦争をしているわけにはいきません。なにより、地上は聖域。戦火で穢されることなど、あって良いものでしょうか。

 というわけで、彼らは話し合いの場を設けることになりました。間を取り持つのはあなたたち、プレイヤーの扮する異星人ということにしておきましょう。この戦争の勝敗、正義の在処を彼らはあなたたちに決めてもらおうとしたのです。


 聖域の神殿の中には、地底人の代表者3名と天空人の代表者3名、そしてあなたたち異星人が……ひぃふぅ、みぃ……3名。


 全部で9名が、その場にいました。話し合いは3日3晩かけて行われる予定で、初日は顔合わせだけして終わることとなっていました。

 ですが、いざ顔合わせを始めてみたら一人足りないのです。時間になっても、8人しか来ていない。そうして周辺を調べてみたら、行方不明になっていた一人が遺体で発見されました。しかも、胸をナイフで一突きされた状態で。

 さて、これは大変なことです。聖域の、それも戦争の勝敗を決する場において殺人が起きたのですから。


「殺されたのは地底人だな」


 天空人の一人——名前がないと不便なので、適当に名前を割り振りましょう。そうね、とりあえずアンドレで——アンドレが言いました。彼に同調するように、別の天空人……ベリアルが言います。


「我々、天空人の使節は互いの顔を知っている。殺された人物の顔に見覚えがない以上、アンドレの言う通りであろう」


「おやおや。それはおかしいなァ」


 挑発するように割り込んだのは地底人の男——チャールズです。


「地底からの使者は、ちゃんと3人いるんだがなあ」

「どうせそれも下らないウソだろうが」

「そちらと同じで、こっちも仲間の顔くらい把握してるさ。地底からの使者は挙手ー」


 すると、ちゃんと2つの手が挙がりました。


「……では、そうだとするとこの遺体は……」

「調停に来た連中のお仲間だろうさ」


 ですが、その遺体は、あなたたちにも見覚えがなかったのです。


 さあさあ、これは一体どうしたことでしょう。この遺体の正体は、果たしてなんなのでしょうか。


 この件について、地底人2名と天空人2名からのコメントを紹介します。


チャールズ(地底人)「いやしかし、こいつは面白いことになったモンだ。こんなことがあっちゃあ、話し合いどころじゃあねえな?」

ダグラス(地底人)「こんな事件を起こして、話し合いを中断させて得するのは天空人に決まってる」


アンドレ(天空人)「調停の方々にも見覚えがないとなれば、十中八九、地底人の仲間だろう……だが、だとするとなぜ……」

ベリアル(天空人)「しかし、地底人を殺した犯人の動機も謎だ。この聖域、それも神殿で殺人など……怖いもの知らずか?」


 このままでは、戦争の決着もままならないわ。

 だから、あなたたちにはこの事件を早々に解決してほしいの。推理ではなく、直観によってね。


 さあ、あなたたちならどうする?


 ◆◆◆


○CASE1:枚方ひらかたツカサの場合


「天空人はウソをつかない。地底人はウソをつく。なら、話は簡単。殺されたのは地底人。動機は話し合いを中断させるため。以上」


○CASE2:鴻池こうのいけマキの場合


「天空人はウソを嫌うだけで、ウソをつかないわけじゃない。地底人も、ウソを好むだけで本当のことを言えないわけじゃない。つまり、本当にあの遺体は地底人のものじゃあない。天空人よ。動機は、仲間割れってところでしょう」


○CASE3:三門みかどアラタの場合


「そもそも、第一に優先すべき事項は話し合いを無事に終わらせること。ならば、遺体が誰か。殺したのが誰か。そんなことをはどうでもいい。幸いにも両者とも、被害者が自分の陣営の者だとは主張していない。ならば、被害者は調停者。犯人も調停者。そういうことにしておけば、全て丸く収まる」


 ◆◆◆


 クス、と和服の女性は小さく笑った。


「なるほど。三門アラタ……と言ったかしら? 面白いことを言うのね」


 袴姿の青年、三門アラタは眉間の皺を深くして女性に問う。


「して、このゲームの勝敗を聞かせてもらおうか。我々は勝ったのか、負けたのか。どちらだ」


「……負け。私の負けよ。あなたは見事な答えを聞かせてくれた。ええ。そう。きっと、私はそうするべきだったんだわ。丸く収まるように、それを優先するべきだった……犯人探しなんて、するべきではなかったのね」


 和服の女性の身体が消えていく。存在感が薄れていき、透明になっていく。


 その様子を見て、三門は取り出しかけた術符を仕舞う。もうそんなものがなくとも、彼女は成仏できるはずだ。


 女性は満足げに笑い、そして言った。


「ねえ、三門さん。一体どんなふうに生きたら、あなたのような直観を得られるのかしら」

「……直観とは経験によって獲得されるものだ。直観が試されるような場に身を置き続けるしか、ないのではないかな」


 嘆息し、三門が顔を上げると、もうそこに女性の姿はなかった。果たして、無事に三途の川を渡れているだろうか。無意味ではあるが、少しだけ、彼は思いを馳せた。


 ◆◆◆


「……三門さん。なんでアンタ、あの幽霊が満足いく解答を出せたんですか?」


 学ランを着た少年、枚方ツカサは納得がいかない様子だった。


「あ。それ私も聞きたい。普通、あの状況設定なら犯人探し、被害者の特定を優先すると思うの。なのにどうして、それらすべてをどうでもいいって切り捨てられたのかって、不思議で」


 ブレザー姿の少女、鴻池マキが続ける。


 三門は前髪の生え際をカリカリとかくと、「あーそれはだな……」背後の洋館——今しがた、彼らが出てきた廃墟を指差した。


「お前たち、事前の調査をしていたのなら知っているよな? ここがどんな場所かってことぐらい」

「幽霊屋敷っすよね? 有名な。謎かけをする女の幽霊が出るってネットで噂の」

「浅いッ! 情報の深度があまりに浅い!」


 ピリっとあたり一帯を震わせるような声で、三門は枚方に喝を入れた。


「鴻池!」

「はっはひっ」

「……まさかお前も、枚方と同程度の情報しか仕入れて来なかったのではあるまいな」

「………………インスタのフォロワーから話を聞いたくらいで、そのう」

「有益な情報は、何一つ手にしてなかった?」

「……はい」


 はあーっと、三門は深いため息をついた。


「では教えてやろう。我々が今し方出てきたあの屋敷はな、惨劇の舞台だったんだよ。——通称、玲鳴館事件。蓮見家、杉内家、陸稲家、この3家が一同に会して、長年続いた争いの決着をしようとしていた。たしか、会社の経営権を巡ってのものだったかな。争っているのは主に蓮見と陸稲だけで、杉内家はこの件の調停のために呼ばれただけだ。間に杉内の者を挟むことで、話し合いをスムーズに進めようという魂胆だったのだろう。だが、話し合いの初日に殺人事件が起きた。それをきっかけに、まるでドミノ倒しが如く、事件は続いた。その果てに、生き残ったのはたった一人。杉内家の一人娘だけとなったそうだ」


「それって、まさか……」

「ああ。我々の前に現れた、彼女だろうよ。杉内の娘は事件後、警察に保護されたようだが……そこから先、どうなったかは不明だ。ただ、彼女にとって玲鳴館事件がどうしようもないほどの傷となったのは間違いあるまい。ゆえ、彼女は死後、あの館に囚われ、人々に答えを求め続ける存在となった——」

「ん。ちょっと待って下さい。つーことは、アンタ、まさかあの答えは予め用意してきたモンだったんですか?」

「まあな」

「直観じゃなくて推理で答えたんすか!? ひっでぇー!」

「前提条件を履き違えるな。馬鹿者。……我々の最優先事項は、直観で答えを導くことではない。あの女性、玲鳴館の幽霊を祓うことだ。そもそも、彼女にしたところで推理か直観かなんてのは些事であったのだろうよ」

「今までの流れの前提をブチ壊すこと言いましたね……三門さん。まあ、らしいっちゃらしいですけど」

「君達の前提を勝手に私に押しつけてくれるな」


 朝焼けの光の中、洋館を背にして、三門アラタはすたすたと歩く。目をつむり、瞼の裏に描くは不審な死体とその周囲で言い争う人々の姿。


(直観であることを要求したのは、きっと、彼女も本当は分かっていたからなんだろうさ。あの場において求められるのが犯人探しなんかじゃないってことくらい)


 推理なんかしたって、誰も幸せにはならない。だから、直観を求めた。


 そうして考えてみて、三門は直観する。きっと、彼女は心優しい人物だったのだろうと。本来、地縛霊になるような人では、なかったのだろうと。


(了)

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