過ぎ去りし時7

 気がついた時、私は寝ていた。まだ眠くて頭もぼーっとしてる。

 それでも抵抗を押し切り瞼を開くとそこには見慣れた天井があった。いつもの家じゃなくて毎年来る祖父母の家の天井だ。

 私は昨日遊び疲れてまだ眠り足りないといった感じのまま寝ぼけ眼を擦り起き上がる。

 それは真口様や寿々木さんの事も昨日のまでの出来事も何も覚えてない毎年味わう特別な、でもそれに慣れ始めた朝だった。まるで同棲や結婚生活が馴染み始めた特別が日常に溶け出したそんな朝。


「乃蒼!」


 するとそんな日常には今までなかった驚きと喜びの混ざった母の声が聞こえ私は何だろうと顔を動かす。

 母の方を向くと同時に私は強く、だか優しく体を包み込まれた。胸に埋まる顔、しっかり背と頭に回り抱き寄せる手。母は私を溢れんばかりの愛情と共に抱擁してくれていた。なぜ突然そんな事をするのか分からなかったけど、私は心地好くて理由なんかどうでもよくてただただ幸せに包み込まれていた。

 母の腕の中は優しくて温かくて安心感と心地好さがあり、そしてお日様のような香り――。

 でも私はそれが今実際に体験しているものとは違う、記憶の中の香りだという事に、いつものほんのり甘い花のような母の香りを嗅いで気が付いた。

 そして私の頭の中には白紙が彩られ絵が完成していくみたいにある光景が浮かび上がる。それは千代さんに抱き締められていたあの瞬間。安らぎと幸せに包み込まれていたあの光景だ。

 そこから芋蔓式にこの島で体験した不思議な経験を思い出していった。真口様という封じられた神様や自分の奪われた力を求める寿々木さんという邪神。真口様と遊んだ日々に鍵を探し箱を開けた事。その二人の戦い。

 全てが走馬灯のように脳裏で再生された。

 そして神社での最後の記憶。


「行かないと!」


 私は母の腕から離れると一直線に部屋を出ようと襖へと駆けた。


「乃蒼?」


 後ろから聞こえた母の声など気にも留めず。

 だが私が手を伸ばしたタイミング丁度で先に襖が開き、向こうには父が立っていた。父は私の姿を見ると安堵の笑みを浮かべその場でしゃがむと母と同じように抱擁してくれた。


「良かった。何ともないか?」

「うん」

「乃蒼」


 その間に私の後を追い母が横へ並んだ。目線が同じ高さまで降りてくると両肩に手が伸びる。


「どこに行くの?」

「――神社」

「神社? 何でそんなことろ」

「行くの! お願いママ」

「駄目。今日はちゃんと寝てなさい」


 怒ったとは違う少し強い言い付ける声。

 でも私は一歩も引かない。


「ヤダ! 絶対行くの!」

「我が儘言わないの」


 真っすぐ見つめる母の目は一向に許してはくれなそうだった。

 だけど私はどうしても行かないといけなかった。


「少しでいいから! お願い! ママ!」

「はぁー。乃蒼――」

「なぁ、もしかして昨日もそこにいたのか?」


 すると母を遮り父がそんな質問をしてきた。私は一瞬、真口様の事もあり迷ったが正直に答えた。


「うん」

「今まで何回も行った?」

「うん」


 私の答えを聞いた父は少しだけ考える素振りを見せた。

 そして視線を私から母へと移す。


「一緒に行くなら少しぐらいいいんじゃないか?」

「えっ? 何言ってるの?」


 呆気に取られたような表情の母を他所に父はまた私の方を見た。


「その代わり帰ってきたら今日はちゃんと休むんだぞ? 約束できるか?」

「うん! 約束する!」


 父は先に小指を差し出し私もその大きな小指に自分のを絡み合わせた。


「ちょっと勝手に……」


 そんな母を私と父はまだ指を切らず同時に見つめた。何も言わず母に視線を送る。

 すると母は溜息と「全く……」と言う小声を零すと私たちの指切りに加わった。

 そして私は両親と約束を交わし、父の運転する車で神社へと向かった。

 その途中、車内から眺めた町並みは昨日までとは違っていた。いくつかの瓦が欠けた屋根、倒れた木々、至る所に溜まった水、道路やその脇や辺りには落ち葉や色々なモノが散乱している。それは嵐が去った後のような光景。

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